第2話
「うーん、あいつらが魔法使いなら魔力反応が残ってるはずなんだがな……」
リオと合流した匡がぽつりと呟き頭を掻く。
「……やっぱり魔法使いじゃないんですかね?さっきの守衛を眠らせてたのはどう見ても魔法に見えましたが……」
「ああ、あれは間違いなく魔法だった。となると、やっぱりもうここには居ない可能性が高いな。ま、せっかく潜入したことだし、話聞くために1年B組行くか」
匡の提案にリオが頷く。
「そうですね、昼休みも短いですし」
二人は怪しい人物の捜索を切り上げ、生徒から話を聞くことにした。
事件現場となった1年B組の教室は、捜査のため立ち入りに制限がかかっているようだ。
1年B組の生徒達は一時的に空き教室を使用しているらしい。
匡とリオはその臨時の教室へと向かった。
「すみませーん!ちょっとお話を聞きたいのですが……」
リオが教室前方の入口から声をかけると、昼食を食べていた生徒達が少し驚いたような顔をした。
「あんな可愛い子うちの学校にいたっけ?」
「やべえ……マジ可愛い……」
「でもなんか声低くね?」
数人の男子が顔を見合わせてヒソヒソと話し合っている。
「おいリオ、みんな驚いてるじゃねえか。あんま目立つマネすんなよ」
後から来た匡がリオの耳元で囁く。
「や、やだ!匡様ったらイキナリ耳元で囁くなんて反則ですよッ!」
照れながら小声で返してくるリオを無視し、今度は匡が尋ねる。
「すまないが、少し聞きたいことがあるんだ。この間消えた小高のことなんだが……」
今度は女子生徒達がザワつく。
「あの人すっごいイケメンじゃない!?」
「上級生かな?あんな大人っぽい先輩いたっけ?カッコ良すぎる……!!」
女子の反応にリオが焦り出す。
もし下心を持って匡に近づく女がいたら威嚇してやろう。そう思って身構えていると
「小高先生の話を聞きたいんですか?」
黒縁眼鏡をかけた、ややふくよかな女子生徒が二人に近づいてきた。日焼け防止のためなのか、この暑い中長袖セーラーを着ている。
「あ、いきなりすみません!私、学級委員の野口といいます。一応クラスを代表して、私が事件の話をすることになってまして……」
野口という名らしい女子生徒は、驚くほど深々と頭を下げるとニコリと微笑んだ。
匡とリオも慌てて頭を下げる。
「えっと、このクラスで授業をしている最中に小高先生が消えたという事なので、その時の詳しい状況を教えてほしいんです。一応、新聞やネットニュースには一通り目を通したんですけど……」
リオの話に相槌を打ちながら、野口は申し訳なさそうに顔を上げた。
「すみません、詳しくと言っても……新聞に書かれている事と同じような事しか話せないんです。本当に突然、まるで最初からそこに居なかったかのように消えてしまったので」
「小高が消える直前に何か変わったことは無かったか?変な光が見えたとか、怪しい人物が校内にいたとか、本当に些細なことでもいいんだ。いつもと違うことは無かったか?」
匡の問いに、野口は少し考えてからフルフルと首を横に振った。
「……多分無かったと思います。本当にいつも通りでした。恥ずかしい話ですが、うちのクラスの生徒は小高先生の授業を真面目に受けていなかったので……直前に何か起こっていたとしても、気づけた人がいたかどうか」
野口の話によると、小高は可愛い女子や人気のある男子など、いわゆる“一軍”の生徒のみを贔屓していたため、大半の生徒から嫌われていたのだという。
特に1年B組では小高に不満を持つ生徒が多く、一時期は半数以上の生徒が授業をサボるほどになっていたらしい。
「私もついつい隣の席の子と喋っちゃったりしてて……あ、ノートはちゃんと取ってたんですけどね。正直、小高先生って授業わかりづらくないですか?」
突然話を振られ、匡は咄嗟に
「えっ、ああ、確かに……わかりづらいよな。俺も何言ってるのかさっぱりわかんなくて寝てるもん、ハハ」
と誤魔化す。
「ですよね!それなのに、わからないところがあって質問しに行くと、お前そんなこともわからないのか!って怒鳴ってくるし、教えてくれないし……だから、うちのクラスでは小高先生の評判ものすごく悪いです。授業まともに聞いてる人なんて多分いませんでした」
「なるほど……じゃあ、小高が消えた瞬間ってのはみんなチョークの落ちる音で気づいたりしたわけで、その直前に小高が何をしていたか見てた奴はいないんだな?」
「はい……お役に立てず、すみません……」
野口が再び頭を深々と下げる。
「いやいや、いいですよ!直接話が聞けただけでありがたいですから」
リオが礼を言うと、野口は再び申し訳なさそうに頭を下げた。
「ちなみにもうひとつ確認なんだが、これまでに校内やこの周辺で変な二人組を見かけたことはあるか?白い服と黒い服の、なんかとにかく怪しい二人組なんだが……」
匡の質問に、野口は首を傾げた。
「多分、そういう変質者みたいなのは見てないですね……」
「そっか、ありがとう」
匡は礼を言うと、リオと目配せして教室から離れることにした。
「すみません、お時間いただきありがとうございました!」
リオが明るく挨拶をしたその時。
「お二人は……」
ぽつりと野口が言った。
「ん?なんだ?」
匡が聞き返すと、野口は慌てて首を横に振り、ぺこぺこと頭を下げた。
「い、いえ!なんでもないです!……また何かあったら、いつでも来てくださいね。何か進展があればお話できると思うので」
そう言って、いそいそと教室に引き返していった。
匡とリオは教室を出ると廊下を歩き出した。
匡を見て頬を染める女子と、リオを見て興奮する男子。二人は校内で相当目立っているようだ。
「うーん……思ったより情報が少ないからなんとも言えませんね……まあ消えた状況が状況なので仕方ないですが」
がっくり肩を落としながら歩くリオを励ますように、匡がリオの肩を叩く。
「ま、いいじゃねーか。生徒の感想なんてみんなあんなモンだよ。とりあえず部外者だと疑われずに話を聞けただけでも上出来だ」
匡に笑顔を向けられ、リオが頬を染める。
「匡様……」
その時。
「まただー!!また先生が消えたぞ!!」
どこかのクラスから叫び声が上がった。
急いで声のした方へ駆けていく。
今度は1年C組だ。
「すまない、ちょっと通してくれ!」
野次馬を押し退けて現場となった教室に入る。何人かの女子は固まって震えており、男子は興奮しきっている。
中には動画を撮影しながら「またうちの学校の先生が消えました!」などと言っている生徒もいる。
動画の生配信をしているようだ。
「すみません、何があったのかお尋ねしても?」
近くにいた坊主頭の男子生徒にリオが声を掛ける。
「何があったっていうか……今、うちのクラスの担任の関根が教室に入ってきて、そしたらいきなり消えて……」
「あなたは消えた瞬間を見たんですか!?」
「み、見たよ。でもほんとに、なんと言ったらいいのか……テレビを消す時みたいな、そこにあったものが一瞬で無くなるような感じで消えたんだ」
匡とリオは生徒の波を掻き分け、急いで関根が立っていたらしい教卓付近へ向かった。教科書とファイルが床に散らばっている。
匡は咄嗟にしゃがみ込んで床に手を当てたが、そこに魔法の痕跡は残っていなかった。
(どういうことなんだ。人間ひとり消すほどの魔法を使えばそれなりにデカい魔力反応があるはずだ。何故俺もリオも気づけなかった……?)
周囲が騒がしくなってきたところで、匡とリオは教室を抜け出した。
廊下にもスマートフォンを持った生徒が溢れ、騒ぎを聞いて駆けつけた教師が「お前達!騒ぐな!各クラスに戻りなさーい!」と叫んでいる。
しかし皆、思ったよりも怖がっている様子がない。むしろこの騒ぎを祭りのように楽しんでいるようだ。
この様子を見ると、おそらく関根という教師もあまり評判が良くなかったのだろう。
「しかし驚きましたね。まさか僕らが学校に来たタイミングで二人目の先生が消えてしまうだなんて……」
リオが不安そうな表情で匡を見上げる。
「この様子では早々に次の被害者が出る可能性がある。早いとこ解決したいが、これは俺達でどうにかできる問題なのか……?そもそも誰がどこでこんなことをしているのか全く見当がつかない。やはりさっきの怪しい二人組を意地でも追うべきだったか……?」
その時、誰かが背後から匡とリオの肩をポンと叩いた。
「君たち、どこのクラスの生徒かな?」
匡とリオが慌てて振り向く。
そこに立っていたのは白髪混じりの髪をオールバックにした初老の男性だった。
首から下げられた名札には『浦郷』と書かれている。
浦郷は引きつった表情のまま固まる二人をジッと見つめると、匡の服装を指差した。
「君、ちょっと制服の着方がだらしなくないか?ボタンも開けすぎだし、髪型も……」
浦郷がくどくどと匡のダメな所を指摘する。
「いや、あのですね、俺は」
匡はなんとか言い訳をしようとしているが、そもそも浦郷は匡の話に耳を傾ける様子がない。ただ延々と指摘をしている。
「ちょっと!これ以上匡様をいじめないでくださいよ!」
リオが間に入ると、今度は浦郷の視線がリオへと移った。
「う〜ん、君はまず頭髪が校則違反だよね。そんな金色に染めて、よく堂々と学校に来れたものだね。よく見たらカラーコンタクトも入れてるじゃないか。それにスカートも短すぎる」
リオはムッとして反抗する。
「これは地毛です!目の色も元々この色でカラコンなんてしてませんっ!スカートは……僕の可愛さを最大限引き出すのがこの長さなんですよっ!!」
「お前何言ってんだ!!」
匡が反射的にリオの襟を掴む。
浦郷は胸ポケットからメモ帳のようなものを取り出すと、カチカチとペンを鳴らしながら二人を睨んだ。
「そういうのは一応、親に連絡を入れて確認しないといけないんだよね。まず家の電話番号と学年、クラス、番号、名前を言いなさい」
匡とリオは平常を装おうと必死になるが、頭の中は混乱していた。
(やべーよ!生徒に変装がバレなかったからって油断してたぜ!)
(くっ……僕と匡様のラブラブ校内デートを邪魔しやがって!)
「聞いてる?学年、クラス、番号、名前と家の電話番号を教えてくれないかって言ってるんだけど」
浦郷が鋭い視線で二人を睨みつける。
「いやあの、えっと……」
二人の額から汗が流れる。
大人しく正体を明かせばいいのだが、超能力便利屋という肩書きを信じてもらえるかもわからない。最悪の場合、教師が消えた瞬間に居合わせていた怪しい人物として警察に突き出される可能性もあるわけだ。
(クソッ、不本意だがここは魔法で解決するしかないか……!?しかし魔法といっても俺とリオは時間を操る魔法は使えない。テレポートもできない。何か……ここで役に立ちそうな魔法は……いや、でもここで魔法を使うのはあまりにもリスクが大きい。……こうなってしまったら仕方がない。正体を明かそう)
「すみません、実は俺達……」
匡が言いかけたその時。
「あれっ?二人とも何してんの?」
陽気な青年の声が廊下に響いた。




