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第1話

私立街華(まちはな)学園高校の男性教師が消えた。

それは7月に入って一週間ほど経った頃の出来事だった。


埼玉県入間市の某所に、レトロモダンな白い一軒家がある。

閑静な住宅街の中、生い茂った生垣に囲まれたその建物は一見ただの民家、或いはとっくに廃業した近代建築の診療所のようにも見えるが、そこでは二人の魔法使いが正体を隠して“超能力便利屋”を営んでいる。

目立たない場所にある上に建物も小さく、積極的に宣伝をしているわけでもない。そのため客は滅多に来ないのだが、この便利屋のオーナーであるきょうの元には、自ら情報収集をせずとも不可思議な現象や怪しい事件の話がいくらでも舞い込んでくる。


「男性教師が授業中にいきなり消えた……?」


紅茶を啜りながら匡が振り向いた。

寝癖がついたままの黒髪に寝起きのパジャマ姿。どこかだらしない印象を与えるが、すれ違う女性が皆振り向いて頬を染めるほどの端正な顔立ちの持ち主である。何より特徴的なのは、空をそのまま閉じ込めたような淡いターコイズブルーの瞳だ。少々目付きが悪いのが玉に瑕ではあるが、その目元は涼し気ながらやや幼さも残り、それが彼の美しい瞳をより一層際立たせていた。


「らしいですよ。さっきポストを見に行ったら、こんなものが入っていたんです」

そう言いながら大きな茶封筒を差し出したのは匡の弟子のリオだ。


リオは丈の短いメイド服を普段着として着用している。黒いワンピースに白いフリルエプロン、そして襟には緑色のリボン。エプロンのフリルの端には緑のラインが入っており、伝統的なメイド服というよりもアニメのコスプレのような印象を受ける衣装だ。

腰に届くほどの金色の長い髪は横髪を残し、緑色の大きなリボンでポニーテールにまとめている。

その瞳も宝石のような鮮やかな緑色だ。

誰もが美少女だと口を揃えるであろう可愛らしい外見だが、こう見えてリオの性別は“男”である。初対面で見破れた人間は今のところいない。


リオが持ってきた茶封筒に差出人名はなく、ただ表に『超能力便利屋 匡様』とだけ大きく書かれている。

匡はその封筒を面倒臭そうに受け取ると乱暴に手を突っ込み、中身を取り出した。

入っていたのは数日前の新聞の切り抜きと、一筆箋に書かれた短い手紙のみ。

新聞には『私立高校の男性教師 授業中に失踪』と大きく書かれており、同封された白い一筆箋には達筆な手書きの文字で

『あなたに会える日を楽しみにしています』

とだけ書かれている。


「なんだ、よくある失踪事件じゃねえか。どうせ急にサボりたくなって教室抜け出しただけとかじゃねえの?この手書きのメモも単なる悪戯っぽいし、捨てといていいぞ」

匡は新聞と一筆箋を封筒ごとテーブルに投げ置くとティーポットに手を伸ばし、空になったティーカップに紅茶を注いだ。

もくもくと湯気が上がり、ディンブラの茶葉の香りが二人を包み込む。

「そんな、ただのサボりで新聞に載るわけないでしょう!」

リオが呆れ顔でスマートフォンを操作し、眠たそうな匡にニュースのトップページを見せ付ける。

「ネットニュースにも載ってたんですけど、教室から出たきり帰ってこないとかそういうことじゃないんですよ!授業の最中に、33人の生徒の目の前で、それこそ煙みたいに急に消えてしまったらしいんです!」


消えたのは小高おだかという名の40代の男性教師だという。

小高はその日、1年B組の数学の授業を担当していた。

昼休み直後の授業ということもあり、授業を聞いているフリをしつつも大半の生徒が居眠りをしていた。

起きている生徒も隣の席の人にちょっかいを出したりゲームをしていたりと、まともに授業を聞いている生徒はほぼ居なかったらしい。

そしてその授業の最中に、チョークが床に落ちる音と共に小高は姿を消した。


悲鳴を上げる女子、驚きで声も出せない男子、咄嗟にカメラを向ける生徒達……

たちまち学校中に話が広がり、警察を呼ぶも無駄に終わってしまったという。

もちろん小高は学校にも自宅にもおらず、近隣の防犯カメラにも映っていない。

つまり教室から一歩も出ることなく、その場から姿を消してしまったのだ。


「それで僕、詳しい話をその場にいた生徒に直接聞きに行きたいんですよ!だってありえないじゃないですか、こんな風に人が消えるなんて……!」

ここ最近ろくに依頼が無かったせいか、リオはやる気に満ちているようだ。緑色の大きな瞳を目一杯輝かせ、匡の顔を見つめている。

しかし匡はどうも気乗りせず、テーブルに置いた新聞の切り抜きにちらりと視線をやり、小さくため息をついた。


「確かに奇妙な事件ではあるが、探偵ならまだしも、たかが便利屋が首突っ込む案件じゃねーだろ。どうせ行ったところで冷やかしだと思われて終わりだ。俺らには何もできん」

そう言って、皿に並べられたレモンスライスをひとつ、小さなフォークで器用に持ち上げて紅茶に浮かべる。

「……でも僕、この事件にはどうも魔法使いが関わってるんじゃないかと思ってしまって……。それに、この封筒をポストに入れたのが誰なのかもわからないので、なんだか気持ち悪いんですよ。この手紙の意図もよくわかりませんし……」

不安そうなリオの言葉に匡もピクリと反応する。確かに、魔法使いが関わっているとしたらかなり厄介だ。

ポストに入れられた新聞とメモも、ただの悪戯だと片付けるのは簡単だ。しかし、それがもし匡達への宣戦布告のつもりなのだとしたら、このまま放っておくわけにもいかない。


「しかし人が消える魔法……あるにはあるが、こんな大勢の目の前で呪文も発さず魔法光も出さずに消すことなんて可能なのか?」

「そこは僕も気になるんですよね。でも、やっぱり魔法絡みじゃないとおかしいですよ」


もしもこの事件が魔法使いの仕業だった場合、それは決してまともな魔法使いではないだろう。闇の魔法に手を染めている可能性もある。人間界で暮らす魔法使いとしても、そんな外道な魔法使いを野放しにしておくことはできない。


「……しゃーねえな、話だけでも聞きに行くか!」

紅茶を飲み干し、匡が立ち上がった。

「やったあ!さすが匡様!!早速行きましょう!!」

リオは喜んで飛び跳ねている。


外は雲一つない晴天。

蝉の声がうるさいほどに響いていた。


***


「すみませんが、お引き取りください」


街華学園高校に到着して早々、二人は校門で守衛に止められてしまった。

「せめて!せめてお話だけでも聞かせてもらえませんか!!」

匡が頭を下げるが、やはり駄目だった。

「便利屋だかなんだか知りませんけども、迷惑なんですよ、興味本位で来られても。ただでさえ動画配信者だとかなんとかチューバーだとかが押しかけてきて面倒なんで、ホント余計な仕事増やさないでください」

守衛の男性はそう言うと、渋る匡とリオをシッシッと手で追い払った。


二人は仕方なく校門を離れ、学校のすぐ隣の小さな公園へ移動した。公園の中央には東屋のような屋根付きのベンチがある。

二人でベンチに腰掛けると、すぐ側のケヤキの木にくっついていたアブラゼミが一匹、ジジッと鳴きながら羽ばたき二人の前を飛んでいった。

「やっぱりやめとこう。これは首を突っ込むなっていう神のお告げだろ」

自動販売機で買ったペットボトルの烏龍茶を飲みながら呟く匡に、リオが傍に抱えていた大きな紙袋を見せる。

「しょうがないですね……匡様、次の作戦いきますよ!こんな事もあろうかと、ある物を持ってきているので!!」

「ある物ってなんだよ」

リオが紙袋から取り出したのは、街華学園高校の男女の学生服だった。もちろん本物ではなく、精巧なレプリカである。

「これを着て、生徒のフリをして潜入しましょう!」

「お前なんでそんなもん持ってんだよ!」

「うふふ、いつか匡様と制服でテーマパークに行くために買っておいたんです。まさかこんな形で役に立つとは思いませんでしたが」

「いやいや、お前は16歳だからちょうどいいかもしれないが、俺はもう24だし高校生になりきるのは無理があるだろ!」

匡は渡されたワイシャツとズボンをリオに突き返した。が、リオは間髪入れずにそれを再び匡に押し付ける。

「大丈夫ですよ!匡様の外見なら全然いけます!匡様が男子高校生、僕が女子高校生に変装すれば、側から見ればきっと高校生カップルに見えますよ!!」

リオが目を輝かせながら匡に近寄る。

「なんで俺がお前とカップルにならなきゃいけないんだよ!!断る!!」

「なんでそんなこと言うんですか〜!僕はこんなにも匡様を愛しているのに!!」


制服を押し付け合いながら二人で騒いでいると、誰かが公園の横の歩道を歩いていくのが見えた。

柵越しに見えたのは、ややゆとりのあるノースリーブの白いワンピースのような服。その下には袴のような幅の広いズボンを履いている。腰には麻のような紐を巻いており、黒髪を後ろでひとつに結んでいる。細身だが適度に筋肉質な体型で、男なのか女なのかもわからない。

その異様な雰囲気に、匡は思わずその人物を目で追った。

(随分と変わった服装だな。なんか宗教とかの関係者みたいな……)


白い服の人物は途中で立ち止まり、辺りをキョロキョロ見回している。誰かが来るのを待っているような雰囲気だ。

「匡様、あの人なんか怪しくないですか?」

リオが小声で耳打ちしたその時。


「上手くいきそうか?」

黒いフード付きのロングコートを着た人物が白い服の人物に近づいて話しかけた。

「ええ、準備は整っていますよ」

「流石だな。後は時を待つのみだ」


二人は何やら話しながら去っていった。

ロングコートの人物は、顔こそ見えないが低い声と広い肩幅、そしてその背の高さからしておそらく男だろう。そしてこの真夏に黒いロングコートとは怪しいにも程がある。

匡とリオはそっと公園の出口に近づき、二人の行く先を目で追った。二人は街華学園高校の校門に近づいていく。そして、おそらく追い返そうとしているであろう守衛と何やら話している。

(交渉か?)

匡がしばらく観察していると、白い服の人物が守衛の額に人差し指を当てた。

その途端、守衛がまるで糸の切れた操り人形のようにふらりと後ろに倒れた。

「!!?」

思わず目を見張る。

白い服の人物と黒い服の人物は、倒れた守衛をそのままにして校内へと入っていった。

倒れた守衛は数秒後にのそりと起き上がったが、自分の身に何が起こったのか理解していないようで、周囲をキョロキョロ見回し欠伸をした。


「匡様、今の……見ました?」

「ああ、ばっちり見たぜ。あれは魔法だ」

守衛を眠らせて校内に侵入した怪しい二人組。教師が消えた事件と無関係だとはとても思えない。


「仕方ない……リオ、制服貸せ!潜入して奴らを追うぞ!!」

「どうぞ匡様!」

匡はリオから制服を受け取ると、着ていた服を乱暴に脱ぎ捨てて素早くワイシャツを羽織った。リオはその一連の動作を、セーラー服に着替えながらチラチラと観察している。

「匡様の生着替え……間近で見るとドキドキしちゃいますね……」

「お前、気が散るからあっち向いてろ!」

匡に怒られてしぶしぶ反対方向を見る。昼休みが始まったからだろうか、制服姿の男女が手を繋いで歩いているのが見えた。

(いいなあ……僕も匡様と手を繋いで歩きたいなあ。制服デートって憧れる……)

制服姿の匡と手を繋いで歩くところを妄想しながら笑っていると、匡がリオの頭を軽く叩いた。

「おい、聞いてんのか?着替え終わったぞ」

寝癖を直して前髪を右分けすると、先程までのだらしなさが消え、爽やかな男子高校生が出来上がった。

リオは思わず両手で顔を覆う。

「匡様、それはちょっとカッコ良すぎですよ……直視できません……」

「はあ?何言ってんだ。とりあえず行くぞ!」

匡は照れるリオを引っ張って街華学園高校の校門へと向かった。

守衛はまだ頭が正常に働いていないのだろう。校門をくぐる匡とリオをちらりと見たが、先程の不審者と同一人物だとは気づいていない様子で、ただ眠たそうに大きな欠伸をしていた。


匡とリオは校舎に入るや否や、二手に分かれて先程の怪しい二人組の行方を追った。

しかし既に学校を出てしまったのか、或いはどこかに身を隠しているのか、とうとう見つけ出すことはできなかった。



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