ツルニチニチソウ
「兎美と、カラオケ・・・」
自室のカレンダーに予定を書き込む。どうしよ、ハチャメチャに楽しみ過ぎる。
「何着ていけば良いかな。いや待てよそもそも人前に出れるような服持ってたっけ?いやないことはないだろうけど・・・多分タンスの奥の方に埋まってるよね。・・・ワンチャン手の届く範囲におしゃれな服入ってないかな」
タンスの中を漁りだす。
とは言えもはやどんな服があるかも覚えていないので実質私服単発ガチャ。
リザルトは、まぁ案の定ろくなものは出てこなかった。白の無地のシャツ✕3と黒ズボン。
これはちょっと酷くない?友達と出かけなくなって鈍ってしまったが、私だってイマドキ女子だ。この組み合わせがダサいことくらいわかる。
「もうちょっと漁ってみるか。」
追加で私服ガチャを引く。今度は10連。
「あれ、なにこれ。」
無地のシャツとズボンに紛れて一着だけ、スカートが出てくる。
薄い青をベースに紺、白、水色の大小様々な線が交わるチェック柄のスカート。
制服っぽいが私が通った小中高どの学校も指定のスカートはこの柄ではなかった。
『これ、花菜に似合うんじゃない?』
どういう経緯でここにあるのか、記憶をたどっていると懐かしい声が頭に流れる。
「これ、蒼夏ちゃんと初めて出かけたときに買ったスカート。」
蒼夏ちゃんは私が中学のときの大切な友達。事故で亡くしてしまった友達。
「待ち合わせ場所について早々、急に言われたんだっけ?『今日の予定は変更!花菜の服買いに行くよ』って。」
蒼夏ちゃんは可愛い服を一式揃えるつもりだったみたいだけど、私のその日の所持金があんまりにも少なかったから、『とりあえずスカートだけ買って家にあるものと組み合わせて見よう』って話になった記憶がある。
「それで確かあの後、二人で私の家で一緒にコーディネートを考えて、」
記憶の糸をたぐりながら、服を組み合わせて着てみる。シャツは制服の白シャツを、白地に黒のラインが入った靴下に履き替えて、首元には明るい青色のリボンをつける。
いわゆる制服コーデってやつ。
「・・・もしかして、めちゃめちゃ似合ってる?可愛くなっちゃってる?私。」
久しぶりに着てみたこのコーデは、少しの懐かしさが漂いながらも思っていた以上に自分にぴったりで。蒼夏ちゃんのおしゃれ力ってすごかったんだなと感じる。
「とりあえず、当日はこれで行くとしてあと何かやらなきゃいけないことってあったっけ?」
ペンを片手にメモ帳に書き出し、何回も確認しながら、気づけば私は完全に浮かれきってしまっていた。
ーカラオケデート当日ー
「兎美も、予約してなかったんだね。」
「うう、ごめん花菜ちゃん。いつも他の子に任せっきりだったから予約の概念すっかり忘れてた。」
兎美がしゅんとした様子で謝るので少し慰めながら次のことを考える。
私達は今、全室満員となったカラオケの前に佇んでいる。
「服も決めて、道も覚えて、歌の練習だって少しはしたし、お金も必要分よりも少し多めに用意した。これだけ準備しててもうまくいかないことがあるんだね。」
「ほんとにねぇ〜。・・・どうする花菜ちゃん?今日は諦めてお開きにするとか」
「それは絶対嫌!」
なにもせずにこのまま帰るなんて絶対嫌だ。あれだけ準備したものを、無駄にしたくない。何より、学校の外での貴重な兎美との時間。そう簡単に手放したくない。
「そうだ。」
考えあぐねていると兎美が声をこぼす。
「ん?どうしたの兎美。」
「たしか近くにさ、ゲームセンターあったよね、そこに行くのはどう?」
「確かに、いい考えだね!」
流石、友達とよく出かけているだけはある。私がそう感心していると兎美は私の腕を引っ張ってゲームセンターに向かった。
ーゲームセンター内ー
「音でっか・・・」
「思ったよりうるさかったね。花菜ちゃん、気分悪くなったりとかは大丈夫?」
「うん大丈夫。」
自動ドアが開くと色んな音が私達の耳に注がれる。
「ねぇ花菜ちゃん、なにかやってみたいゲームはある?」
「う〜ん...。何があるのかわからないし、とりあえず兎美のおすすめで。」
「わかった!」
そう言って彼女は私を連れて、太鼓みたいなものがついてるものの前に来た。これって、なんだっけ。リズムに合わせて太鼓を叩くやつだっけ?名前は確か
「やっぱゲームセンターといえば太鼓の達zi」
「ストップ兎美。あんまり大きな声で言わないほうが良いと思う。」
「なんで?」
「なんでも。」
言えない。『名前を出したら著作権に引っかかる気がした。』なんて。
不思議そうな顔をしている彼女に気にしないでと伝え、ゲーム台に百円を投入する。曲、何が良いかな?Jpopとか兎美好きなのかな?意外とボカロとか?そんな私の期待を裏切り、兎美が選んだのはこのゲームのオリジナル曲だった。
「わたし、この曲が好きなんだ。曲そのものに迫力があるのもそうなんだけど譜面が叩いてて楽しいんだよね。」
「ソ、ソウナンダ。」
ここで私の中に一つのひらめき。もしこの曲の最高難易度をフルコンボでクリアできたら兎美にかっこいいって思ってもらえるのでは?幸いなことに私もリズムゲーには多少腕に覚えがある。初見の曲ではあるが、きっとクリアできるはず。
「よし。見てて兎美、この曲の最高難易度フルコンボしてみせるから。」
「ほんと!?じゃあわたしも負けてられないね!」
そう言うと彼女は太鼓を叩いて曲を選びゲームが始まる。最初の5秒ほどは譜面を見れば余裕で叩けていたのだが、一瞬の静寂のあと私は地獄を見ることになる。
「なっ、はぁ?何この物量?!」
「まだまだここからだよ花菜ちゃん!」
譜面の流れる速度と量に圧倒されミスが少しずつ増えていく私とは対象的に、兎美は楽しそうに太鼓を叩き続ける。気づけば、スコアもコンボも天と地ほどの差ができてしまっていた。
『クリア失敗...』
『フルコンボだドン!』
演奏終了後のリザルト画面で兎美の太鼓のキャラクターは嬉しそうに喜んでいる。一方の私の方は横たわった上に雨に降られている。ごめんね和◯かつ、私がクリア出来なかったせいで。
ところで、リズムゲーにはただ叩くだけでなくどれくらい各ノーツのタイミングが合っていたかも重要なのはご存知だろうか?私達がやったこの太鼓のゲームは、タイミングを『良・可・不可』の3段階で評価する。良が多ければスコアも高くなるしそれだけすごいと言うことになる。
そして、私がどうしてこの注釈をいれたのか。だって兎美は、
「全良・・・!?」
「どう?すごいでしょ!」
「すごすぎるよ、ノーミスクリアでさえめちゃくちゃ難しい曲なのに、ノーツを叩くタイミングが全くズレなかったってことでしょ?」
全部の判定が良だった兎美はドヤ顔で満足そうにいる。
あ〜かっこよくなかったなぁ、私。
「落ち込んでるの花菜ちゃん?」
「まぁ少しね。出来るって思ってたから。」
あっ、しまったつい本音が。慌てて訂正しようとしたところで兎美は遮るように言う。
「じゃあ、また一緒にやろうよ!出来るようになるまでも、なってからも。」
あまりにも真っ直ぐな言葉につい考えすぎてしまう。兎美のことだ。きっと言葉以上の意味は含まれていないはず。
「そう、だね。今度は負けないよ兎美。」
「えへへ、勝負じゃないんだけどなぁ。あっ、後ろにお客さんいるみたいだし他のゲームやりに行こっか。」
「うん。」
また兎美は私の腕を引っ張っていく。少し彼女の耳が赤い気がしたのは気のせいだろうか。