第1話 クローバー
私は矢尾 花菜。一人が嫌いなただの女子高生。
私、小さい頃、両親とはぐれて誘拐されそうになったことがある。
小学校の時、みんなから無視され続けたことがある。
中学の時大切だった友達を亡くしたことがある。
だから一人が嫌い。独りが、嫌い。
そういう訳で高校に入ってすぐに私がやったことは、私に懐いてくれそうな子を見つけること。私が一方的に隣にいたところで相手も同じ気持ちじゃなきゃ長続きしないからね。
「花菜ちゃんおはよ!って言ってももう放課後だけどね。」
ぼんやりと考え事をしていた意識が、私の名前を呼ぶ声で引き戻される。
「おはよう兎美。」
肩につくくらいの髪をハーフアップでまとめた髪型に、私の目線より頭2個程身長が高い彼女、久留里 兎美は私の話し相手。私が独りにならないために選んだ女の子。
周りに対して平等に優しく、人懐っこい。いい意味で距離が近く、人のテリトリーにするりと入り込んで気づけば心を開かせる。
「花菜ちゃん?」
「んあ、ごめん考え事してた。」
しまった、兎美のことそっちのけにしてた。変に思うだろうか?
「何考えてたの?」
だが、そんな心配を他所に、兎美の言葉と声音は変わらない調子で告げられた。
よかった。なんとも思ってないみたい。
「えっとね、兎美のこと。」
でも念の為、アフターケアも兼ねて乙女ゲームのような彼女が喜びそうなことを言っておく。
「本当?でも、ちょっとうれしい!」
満面の笑みでそう返してくる。照れてるのか少し頬が赤い。
そこまで喜んでくれるとは思ってなかったので私も笑いをこぼしていると、彼女は不意に何かを思い出したような表情を見せ、口を開いた。
「そうだ、花菜ちゃんは歌うのとか好き?」
「まぁ。めちゃめちゃに上手ってわけじゃないけど。」
兎美の質問に返事を返しながら考える。この質問、もしかしてアレに誘われるのだろうか。
期待しすぎないように心を押さえつけながら彼女の言葉を待つ。
「じゃあ、今度の休み、二人でカラオケ行こ!」
彼女から予想通りのお誘い。仲良しイベント日常編その1。「カラオケデート」
相手が歌った曲の傾向から好きなジャンル・曲調・歌手等がわかるし、そこに当てはまる曲を探しておすすめすれば『私の好きそうな曲たくさん教えてくれる人』って言って今以上に私と一緒にいてくれるようになるかもしれない。
何より、休日も独りにならずに済むのがありがたい。というわけで、私の返事は決まっているも同然だった。
「もちろん。兎美とのカラオケ、楽しみにしてるね。」
「やったー!!!」
さっき以上に兎美が喜ぶ。
「そんなに喜ぶの?」
「だって緊張してたんだもん。自分から誰かを遊びに誘うのなんて初めてだったから。」
「え?」
驚いた。てっきり遊びなれてるものだとばかり。
「意外って思ってそうだね。」
「・・・正直にいえば。兎美って友達沢山いるからそういうお誘い、やりなれてると思ってたよ。」
「わたしから何か言う前にみんなが『〇〇行かない?』『いいね!』って話し始めちゃってさ。自分から提案しなくても休日友達と遊ぶって予定が入るからわざわざ言う必要性がなかったんだよね。」
なるほど。なんだか友達が多いゆえのって感じがした。
「ってわたしの話は良いの!それよりも花菜ちゃんの話がしたい!」
「そこまで言うなら良いけど」
これ以上話を掘り下げると好感度が下がる気配を感じた私は兎美のやりたいことを肯定する。
「やった、それじゃあ早速。花菜ちゃんって今までカラオケに行ったことってある?」
「うーん、行ったこと無いかも。」
記憶をたどって慎重に返すと兎美は驚いた表情を見せた
「行ったことないの?中学校の時も?」
「うん。私、」
そこまで声に出して止まる。友達を亡くしたってことは言っても良いのだろうか。
兎美は深追いしてこないだろうけど今ここで話しても空気が重くなるだけでは?
そうなったら絶対気を使わせるしそれで距離が開いてしまうのは嫌だ。
ただの世間話でそうなるのは絶対嫌だ。
「花菜ちゃん?」
まずい選択時間がもう無い、ここは安全策を取って。
「私、の、友達ね。歌とかあまり得意じゃない娘だったからカラオケに行きたがらなかったんだよね。」
考えうる限り当たり障りの無いことを言えた。よし。
「そうなんだ。じゃあ普段どこに遊びに出かけてたの?」
一難去ってまた一難、とはきっとこういうことなのかもしれない。さっきごまかしちゃったから『友達がいないからどこにも行かずにずっと家にいたよ』なんて選択肢が使えない。
どうやらさっきの安全策は茨の道への入口だったみたいだ。
「え〜っと、イマドキ女子が行きそうなところだよ。」
焦ってわけのわからないことを口走ってしまう。
「ソレを『どこなの?』って聞いてるんだよ?」
こっちが聞きたい。イマドキ女子ってどこに行くの?
あっ、カラオケか。
「・・・もしかして花菜ちゃん嘘ついてる?」
「つ、ついてないよ!」
兎美が私を訝しみ始めた、やばいもう取り繕え無い。
「ねぇ花菜ちゃん。」
「は、はい。」
「本当のこと教えて?わたしは花菜ちゃんを知りたいの。だから嘘つかないで。」
腹をくくって本当のことを言う。
「ごめん兎美嘘つこうとして。私本当はね、友達がいないの。最初はいたんだけど事故で亡くしちゃって。だから休日とかも出かけたことなんてほぼ無いし、イマドキ女子が行くようなところもカラオケしか思いつきません。」
「え!?そうだったの、ごめん無理に聞き出すようなことして。」
兎美が勢いよく謝罪する。
違う、私は謝罪がほしいんじゃないの。
「気にしないで兎美。元はと言えば嘘つこうとした私が...」
「わたしが、花菜ちゃんの隙間埋めるから!」
私の言葉を遮って兎美が叫ぶ。
「な、何を言って。」
「変なこと言ってる自覚はあるよ。でもその話をしてるときの花菜ちゃんの目がすごい寂しそうだし。わたしで良かったら、花菜ちゃんの隣にいるから。」
まっすぐに、兎美が、私を見つめる。言葉ごと彼女の瞳に吸い込まれそうだった。
「・・・私も兎美が良い。」
なんとかひねり出した言葉は兎美に届かないようにこぼした。