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五十六話

「ヴラド殿、戦況が不利にございまする。ここは…撤退を」


「フン…」


小生は後退し始めた自軍の様子を大将代理に進言する。


しかし返ってきたのは不機嫌そうに鼻を鳴らす音だった。


此方の軍勢は少数精鋭の百、対して向こうは…五百と言ったところか。


突然光に包まれたジャンヌ殿は一言残して消えてしまった。


『マスターに呼ばれた。ソウザン、行ってくるね。』と…


殿の元に居るのならば致し方ない。


もしかしたら殿の身に何かが起きたのかも知れない…


嫌な胸騒ぎはするが此処は小生も前線に出るしかあるまい。


現状最大戦力であるヴラド殿に代理をお願いし、小生は愛用している大鎌を手に取った。



「〈穿て、穿て、穿て、血に飢えし槍よ血嵐穿槍(ヴラッディストーム)〉」


手を伸ばし劣勢に思われる左翼の敵を地面から数多に生えた槍で一瞬にして串刺しにした。


これがヴラド・ツェペリ…


串刺し公の実力だというのか。


敵にするのは恐ろしいが、味方であればこれ程頼もしい事はない。


(かたじけ)ない…今が好機ぞ!攻め潰せぇッ!」


『ウオオォォォオアア!』


士気が上がった、何とか持ち堪えられそうか?そんな時ふと背中を叩かれる。


振り返ると軍装に身を包んだ男装の麗人がニヤニヤとした面を引っ提げ小生の後ろに立っていた。



「よぉッ!ソウザンっちィ!頑張ってるか~い?」


「ナポレオン殿、作戦行動中ですよ?どちらに行かれてたんですか?」


ジャンヌ殿が居なくなる少し前、忽然と消えたナポレオン殿が姿を表した。


軽薄そうな笑みを浮かべつつもその眼差しは真剣そのものだった。


「へへッ…わりぃわりぃ!ちょいと野暮用でねぇ…っとォ、そろそろ俺っちが何をしてたのか分かるぜ?」


ドゴォォオンと腹の底に響く重低音が鳴る。数秒後には敵後方の城門が黒煙を上げ崩れ落ちるのが見て取れた。


まさか爆薬を仕掛けて破壊したのか?それをあの五分足らずで?


飄々とした態度でケラケラと笑いながら隠密行動で破壊工作を行った男装の麗人を見て戦慄を覚える。


階位が高ければそんな事も平然とやってのけるのか…と。


「ーー…あれをナポレオン殿が?」


「そーそー。まぁ自慢じゃねえけど、俺っちそーゆーの得意なのさー。惚れ直しちった?」


「ーーも、元々、ほ、ほ、惚れてなどおりませんッ!」


地味な小生の何処が気に入ったのか、ナポレオン殿は顔を合わせる度に、こうして何かと小生をからかってくる。


顔が熱くなるのを感じる…同じ女同士なのにどうして?


小生は困惑した。


「あはは、赤くなってかーわーいーいー!ねえねえ、俺っちがカッコいいとこ見せたら付き合ってよ!それかご飯行こ!」


「しょ、小生の身は殿の物ゆえ渡せませぬ!」


「しょぼーん」


しょぼーん、って…


少し可哀想に思えて小生はナポレオン殿に同情してしまう。


ーーしかしここまでがナポレオン殿の策略だったとはこの時小生は知らなかった。



「で…ですが、この窮地を何とか出来るのならば…しょ、食事くらいなら共にしてーーも?」


「うおっしゃあ!現地貰ったぜぇ?銃撃制圧(ガンズコントロール)!!」


何処から呼び出したのか、ナポレオン殿の後ろには二百を越える火縄銃?を持つ軍勢。


それぞれが銃口を構え、激しい音を奏でる。


その音が鳴り響くと共にばたばたと倒れていく敵兵。

ナポレオン殿をちらと見ると石火矢?を持ち上げ…て?


「どりゃー!死に晒せやー!!」


ドゴォォオンと大きな音を立て敵陣のど真ん中に鉄塊が降り注ぐ。


その一撃が致命打となったのか此方が盛り返し、ヴラド殿の活躍もあり制圧まであっという間に終わった。


「へっへーん!どうよ、俺っちの能力は?敵陣に攻め込むのは得意なんだぜぇ?」


「お見逸れしました。ナポレオン殿はもう少し真剣に物事に取り組むべきかと…」


「あはは、まぁソウザンっちの云う通りなんだろうけどねー。俺っちのモットーは、人生面白おかしく、ふざける時はとことんふざけて真面目な時は本気で取り組むって感じだからさー!まぁ殆どヴラドっちのお陰だし、このくらいじゃ劣勢にはならないさ!」


ズルい人だ。ーー小生はそう感じた。


と、同時に戦慄した。


これまでの奇天烈な言動がもしも小生を落とすための策略だとしたら?


ふざけた態度を取りながらも決めるときはきっちりと決める。


そして味方の活躍を褒め称え自分の功績をそこまでひけらかさない。


小生は、初めてナポレオン殿を意識し始めた。



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