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ある侯爵夫人の死 

救いがなさすぎると言うご意見に、自分でもそうだなぁと思い、もう少しだけ展開を加えてみました。イメージが崩れたら、ごめんなさい。


3/14 13時 誤字報告、ありがとうございます。

大変助かります(*^^*)


7/17 誤字報告ありがとうございます。

大変助かります(*^^*)

闇夜の森で冷たい満月が、一つの馬車を照らす。



「あり、がと、やくそく、まもってくれ………て」






私は私を殺した暗殺者の腕に抱かれて、静かに目を閉じた。

こんなに穏やかに、最期を迎えられるとは思わなかった。



『ありがとう、シュリジア。私は幸せだから泣かないで』




私を殺した暗殺者シュリジアは、目に涙を溜めて声を殺して泣いていたが、堪えきれず呻き声をあげた。

「あぁああ、ダリア、ダリア……………」



馭者と従者は気絶させられて、地面に横たわっている。

暗殺者は主の依頼通り、彼女が教会へ持っていく筈の寄付金の入った鞄を持ち去りその場を離れた。


教会へ行ったまま帰ってこない彼女を探していた、夫のアザランと侯爵家の騎士・使用人が、馬車で死亡している妻のダリアを発見した。


「ああっ、何てことだ。誰がこんなことを! ダリア、目を開けておくれ、うわぁあああ」





彼女を抱き締めて、アザランは泣きわめいた。

従者達もその姿に悲しみを隠さず俯いている。

彼女の生気のない顔から、絶命していることは確かだった。


でも………そこに違和感を感じた。

心臓を一突きされかなりの苦痛を伴った筈なのに、彼女は微笑んでいたからだ。


まるでやっと解放されたかのように。





彼女の葬儀には、たくさんの人が訪れた。

夫のアザラン、アザランの父母の前イーブッセ侯爵夫妻、侯爵の親戚縁者。

そしてダリアの父母のアコス公爵夫妻、ダリアの妹ラナンキュ。アコス公爵夫人アーニャは、ダリアが5才の時に実母を亡くしてからアコス公爵ユリダスが娶った後妻である。再婚後にラナンキュが産まれたので、ダリアは異母姉にあたる。


そしてダリアの母方の祖父母マダカル子爵家とその縁者達。


イーブッセ侯爵とアコス公爵の家門に連なる人達が、200名を越え参列した。

定期的に訪れる教会への道で強盗にあったことで、周辺に住む貴族や森を通過する人々は戦々恐々で、警備する騎士達も犯人の捜索や森の警備に人員を増員した。



代々の侯爵家の墓に埋葬した葬儀の終わりには、アザランが妻を愛する言葉を悲痛な面持ちで述べて、弔問者の涙を誘った。そして参列者への感謝を述べて厳かに式は終了したのだ。



5才違いの異母妹ラナンキュは、悲しむアザランを見て悔しさを滲ませた。

(アザラン様はお姉様なんて嫌いだったのではないの? あの悲しみ方は愛していたとでも言うの?)


ラナンキュは、ダリアが嫌いだった。いや、憎んでいたと言っても過言ではない。

前妻の娘ダリアは美しく優しく賢い、非の打ち所がない令嬢だった。

金の髪に黄緑の輝く瞳、均整のとれた穏やかな顔やプロポーション、控えめながらも洗練されたマナーは淑女の憧れで、好ましく思う殿方も多かった。


幼い時は自慢の姉も、過ぎれば妬ましくなる。


物心がつき姉に嫉妬心が芽生えてからは、姉の持てる全てのものを奪っていった。


彼女の侍女、メイド、アクセサリー、ドレス、彼女の母の形見の宝石や衣装までも。


それでも彼女は寂しく笑って、全てを異母妹に差し出したのだ。

父ユリダスの愛もアーニャとラナンキュのもの。


ダリアの母エルダとユリダスは、周囲の反対を押しきり結ばれた侯爵家と子爵家の身分を越えた大恋愛だった。しかし流行り病でエルダが儚くなってからは、彼女に似ているダリアを辛くて遠ざけた。目に入らぬように仕事に熱中し、帰宅も遅くなっていく。


そこからダリアは寂しさを埋める為、時間の殆どを使用人達と過ごしていた。


その生活の中、猛烈な勢いでユリダスにアピールし再婚したアーニャは、有力伯爵家の愛娘だった。


再婚後はダリアと仲良くしていたアーニャも、娘を産み、その娘(ラナンキュ)が嫉妬心を隠せなくなった頃から敵に回った。生家の伯爵家の力を借りてダリアの悪い噂を撒いた。ラナンキュがダリアに苛められているというものから、我が儘で使用人を虐げているという根も葉もないものまで。


ダリアの母エルダの生家はそんなことはないと憤ったも、子爵家では力のある伯爵家に力及ばず、噂を止めることはできなかった。




最初の頃こそ傷付いたダリアだが、読んでいた本の一節に心を慰められる。

『人生は長さではなく内容だ』という哲学者の言葉。


ダリアは激しく感銘を受けた。

自分が欲しかった救いの言葉だったから。


幼い時に母の死に顔を見て、死にたくないと思って生きてきた。何故そう思ったのかは解らない。

母と父との楽しかった思い出さえ、もう擦りきれてしまった寂しい日々なのに。


でもこの時から、死の恐怖よりも、なるべく自分らしく生きていきたいと思ったのだ。







 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(アコス公爵邸)


イーブッセ侯爵から、嫡男のアザランとの婚約の打診が来たのは、ダリア・アコス公爵令嬢が17歳になった年。


義母と異母妹達が流す噂から、既にダリアの評判はかなり悪いものになっていた。ダリアの母エルダの友人であった令嬢達(今は夫人達)は、彼女の心配をしていたが、公爵夫人であるアーニャに意見もできず悔しい思いをしていた。辛うじて手紙のやり取りはできたが、それ以上は夫の立場にも影響を受ける可能性があり、行動にも移せなかった。


それでもダリアには、どんなにか心を慰められた。

それは母方の祖父母や従姉からの(手紙)も、同様だった。


アーニャは、義娘の関係者を邸に入れることを好まず、ダリアの体調が悪いと訪問を断っていたので、顔を会わせられない期間が続いていた。



そこに来た実際の彼女を知らない、イーブッセ侯爵からの婚約の打診。


アザランは濃紺の髪と金瞳の美丈夫で、誰にも礼儀正しいラナンキュの憧れの人でもあった。


「なんで、選りにも選ってお姉様なの。悪い噂しかない女なのに………」


この時、彼女(ラナンキュ)は12歳、アザランは20歳で年齢差もあるし、ダリアは美しい淑女である。だが、そこを納得できないのがラナンキュである。



まだ婚約を受けた訳でもないのに、ダリアの部屋へ訪れ罵りの言葉をぶつける。


「お姉様みたいな悪い女に、アザラン様は不釣り合いよ。絶対嫌だと言って断ってね。それがお姉様の為なんだから。婚約なんてすれば、皆に笑われるわよ!」


「………………」



噂の元凶である異母妹が、当然のように言い放っていくが、婚約を自ら断ること等できはしないのに。



その頃のラナンキュは、無性にイライラして部屋の物を破壊していた。

「バリーン、ガチャン、ドガッ」

部屋をメチャクチャにする音が、部屋の外にまで聞こえる。



当主の父、ユリダスの耳にも入るが、彼はラナンキュに何も言わなかった。

ただ執事に「メイドに部屋を片付けさせろ。どうにかならんのか、あの愚かな娘は」とだけ呟き、一瞬渋面となるもすぐ書類へと目を戻した。



執事は一礼して、指示を出すために部屋を後にした。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(イーブッセ侯爵邸)


婚約を打診してきたイーブッセ侯爵は、ダリアのことを調査してから婚約を申し込んだのではなかった。アザランには重大な瑕疵があり、悪い噂があるも公爵令嬢であるダリアが標的になっただけだった。アザランには市井に平民の愛人アスカと娘チャペルがいる。


子供が、アザラン1人しかいないイーブッセ侯爵夫妻は、息子を溺愛していた。それはもう、幼子の時と同じように、目に入れても痛くないと言えるほどに。


アザランもそれをわかっていて、好き放題していたのだ。


侯爵夫妻は、息子(アザラン)がそこまで愛人アスカが好きならば、娘チャペルを養子に迎えて、ダリアをお飾り妻にしても良いと考えていた。


ダリアに領地の仕事と社交をさせ、アスカと愛する家庭を持てば良いと。


息子のこと以外は良識のある侯爵だったが、愛する妻が産んだ愛し子を溺愛し過ぎて、それらの判断は正常にできていなかった。


妻ユリスタも、難産の影響なのかその後に子を授かれず、1人息子に全ての期待を注いでしまった。



―――――本来、他人がすれば諌める行為を、自分達は例外と考えてしまっていた。



『実の父にも愛されていない娘ならば、お飾り妻でも文句は言わないだろう』と。





そんな考えの下、アザランとダリアは婚約し結婚した。

そして当然のごとく、初夜の晩にアザランは言うのだ。


『ダリア、私には愛する人が他にいる。君にはお飾りの妻として過ごしてもらう。君は仕事と社交だけを熟してくれれば良い。人前では仲の良い姿を演じてくれれば、侯爵夫人として、不自由のない生活を約束しよう』


言いたいことを述べると、踵を返すアザラン。

きっと別邸にいると聞いた、愛する家族(本当の妻と娘)の元へ帰ったのだろう。



ダリアはがっかりした。

悪い噂があっても婚約を申し込んでくれた、美しいアザランと穏やかに暮らせると思っていたのに。

やはり、そんな夢のようなことは起きないのねと。


結婚後に当主となったアザランがこの扱いだ。

当然使用人達も、表面には出さずとも『身分が高くても所詮はお飾り妻』と、侮る態度となる。



公爵家で暮らしていた頃、自分(ダリア)に味方する使用人は義母アーニャに折檻を受けたり、給金を下げられたり、仕事を辞めさせられたりしていた。

使用人達はお嬢様のせいではないですと、辞めて邸を出ていく際に挨拶をしてくれた。この時、折檻をしていたこと等は知らなかったが、ある時偶然耳にしたのだ。


「あんな女に味方をするから、(わたくし)に鞭打たれるのよ。あの女の味方を止めて、私に忠誠を誓いなさい」

ラナンキュの部屋から聞こえてきた声と、開けられたままの扉から折檻の現場を見てしまったダリア。アーニャの姿を見たラナンキュも、真似をして使用人を虐げていたのだ。


その酷いありさまに涙を流しながら、彼女は鞭を受ける使用人の前に立った。

「やめて! ラナンキュ」


勢いそのままに、鞭はダリアの頬に直撃した。

「痛っ」

衝撃で、思わず頬に手を当てていた。


「ああ、お嬢様になんて酷いことを! 私の為に申し訳ありません」

「良いのよ、貴女は仕事に戻って」

「そんなの! だめです」

「良いから」

「ありがとうございます」


頭を深く下げて、使用人は足早に退室していく。

更に言い募ろうとする彼女(ラナンキュ)を目で静止し、使用人を逃がしたダリア。


「良い人ぶって、気持ち良いですか? 貴女に良くする使用人は、全員追い出してやるから」

酷く歪んだ顔で、ダリアに怒声を浴びせるラナンキュ。

自分(ラナンキュ)にも、何故ここまでイライラするかわからなかった。


そして頭を下げ、ラナンキュに懇願するダリア。

「もう使用人とは仲良くしないわ。だから酷いことはしないで。みんな昔から仕えてくれてる良い人ばかりよ、これ以上勝手をすれば、いくらお父様でもお怒りになるわ」



自分の意見を聞くことはなくとも、父を出せば何とかできるのではないかと考えた。それがラナンキュを苛立たせるとわかっていても。


「そうね。わかりましたわ、お姉様。私を脅してまで、使用人を守るのですね。でも……約束したからには、絶対仲良くしないでくださいね」


薄く笑うラナンキュは当時まだ6歳だったのに、11歳になる義姉に凄みを利かせた。

でもダリアも退かなかった。

ダリアの幼い心を守ってくれたのは、使用人達だけだったから。

アーニャ達に逆らって辞めたとなれば、公爵家の圧力で仕事にも事欠くだろう。ダリアはそれを防ぐ為に、身を退いたのだ。





その日から、身の回りのことは1人で行うようになったダリア。使用人達は仕えようとするが、大丈夫と言って断るのだった。

当主の父は、変わらず仕事で帰りは遅い。実質的に家を仕切っているのは、義母アーニャだ。

彼女は、愛娘ラナンキュのことを優先にして動く。

刺激しないように静かにしていれば、溜飲も下がるだろう。


「私は大丈夫。貴女達がここ(公爵家)からいなくなる方が辛いわ。この家にいてくれるだけで、とっても心強いから。ね、お願い」


そう言われてしまえば、逆らうことはできなかった。

表面上は関わらないようにし、アーニャやラナンキュが出掛ける時だけが関われる時間だった。


洗顔の水や浴槽の湯は使用人が準備するが、体や髪を洗ったり服を着せることは通常しない。社交や教会へ出掛ける時だけは、外聞がある為に準備が許された。


そうしていくことで、使用人への虐待は殆どなくなった。

安堵すると共に、お手入れが不十分で髪や肌の艶が失われていた。数人がかりで行っていたことを、ダリア1人でできる筈がない。


それを見てほくそ笑むラナンキュだったが、ダリアの様子をたまたま目に入れたユリダスは、公爵家で既に使っている物よりも高級な洗髪料やボディークリーム等を、商人に持参させた。


「以前の物(洗髪料等)は、ダリアにあっていなかったようだ。艶がなく、みすぼらしいままでは外に出せん。以前と違う、体に優しい物を頼む」


そう言われた商人は、張り切って高級品をダリアに届け、使用方法等を使用人に説明していく。

それを近くで聞いていたダリアは、頑張ってそれらを使用していく。そうして以前の状態に戻っていったのだ。


如何せん最初の頃は、1人で行うと時間が掛かり、入浴後疲れきってしまっていた。だが、次第に慣れ手早くなっていく。


洗髪料も高級品で、とても良い香りがした。

それを悔しがるラナンキュ達は、また悪い噂を流す。

『1人だけ最高級品を使う、贅沢者だ』と言って。



そんな中、ダリアは父に1つだけお願いをした。

家庭教師をつけることだ。

幼い時から教えてくれていた家庭教師は、ラナンキュにも教育を行っていた。しかし、「ダリア様のように、素敵な淑女になりましょうね」との声がけが良くなかったようで、姉と比べられバカにされたと怒ったラナンキュ。アーニャの独断で辞めさせられてしまったのだ。


そんなラナンキュには、アーニャの生家である伯爵派閥の優しい教師が付いた。しかしダリアへの教育は行ってはくれなかった。


父に依頼し、来てくれたのが母エルダの友人だったミズーリ子爵夫人。元伯爵令嬢だった方だ。義母アーニャとも面識があり、公爵家の使用人のような虐げ行為はなかった。


「お姉様のような不真面目な生徒に教えに来るなんて、たいしたことない家門なのでしょうね。悪いことは言わないわ、さっさっと辞めたら?」


ラナンキュは構わずに難癖をつけてきたが、ラナンキュにはラナンキュの教師がいるので其れほど接点もない。


以前の教師アンは未亡人で生活の為に働いていたが、ミズーリ夫人はダリアだから来てくれた人だ。以前からアンと交流があり、ずっとダリアを心配し、関われる機会を待っていたのだ。因みにアンは優秀な教師なので、引く手数多である。


ダリアは、人と関わりが少なく寂しい生活の中、母の話等を交えながら学ばせてくれるミズーリ夫人に感謝していた。そんな時間は、夢のように楽しく過ぎていく。ミズーリ夫人は、母のように優しく導いてくれたのだった。



この時代、男尊女卑傾向がまだ強く、女性で学園に通う人は少ない。

王族や公爵の令嬢等は、男子に交ざって学園へ通うこともあったが、それ以外の身分だとあからさまに見下されていた。

その為、多くの令嬢が家庭教師を付けて自宅で学ぶ。

ダリアは将来の為に学園に通いたかったが、アーニャの反対を受けて行くことは叶わなかった。

悪い噂もダリアが外に出れば、嘘だとばれてしまうから。

ラナンキュは別の意味(おバカ過ぎ)で、学園に通うことはなかったが。



この家には男子がいないので、恐らくダリアが婿を取り継ぐと思われていた。ダリアもそう考え、懸命にたくさんのことを学んでいたのだった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(ユリダス公爵)


自分が家を継ぐと思い学んでいたダリアに、優しい面差しの侯爵家からの婚約が舞い込んだ。イーブッセ侯爵夫妻は、ユリダスも知る人格者だ。以前噂に聞いた、息子と平民女性の交際も、彼らはなくなったと言う。それならば、この家で窮屈に過ごすよりダリアは幸せになれるのではないか。


ユリダスは、関わりこそ少なかったが、ダリアを愛していた。

不器用な男親は、関わり方がわからなかっただけ。

エルダのことで落ち込んだ時、意識的に避けてしまったが後悔した。仲直りするタイミングが見つけられなかったのだ。


アーニャとは、同一の国王派の派閥からの推薦された再婚だった。

「幼いダリア嬢には、母が必要だぞ」と言われ、断れなかった。


最初は上手くいっていたようだった。

でもラナンキュが生まれ、姉への対抗心が出る頃には、ダリアは孤立していた。執事に聞いてだいたいのことは把握していたが、アーニャに言っても改善は見られなかったようだ。


ユリダスの仕事も、後妻がいれば大丈夫だろうと言われ、ますます仕事をまわされ多忙を極めた。丁度隣国の隣の国で、内戦が起きて援助に奔走していたから。まあ、かなり言い訳の部分もある。それで家を構わない理由にしていた。


この時期から、さらに家庭をかえりみなくなったことで、一番弱い立場の(ダリア)に甘えて我慢をさせてしまった。だめな父親だ。


だから償いの意味でも、今度こそ侯爵家で幸せになって欲しいと思ったんだ。


例え傍にいなくても。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(アーニャ公爵夫人)



ユリダス様のことが、ずっと好きだった。

それなのに、まさか子爵家の女と結婚するなんて、信じられなかった。悔しくて可笑しくなりそうだった。

優しい声音に憂いのある美しい(かんばせ)は、あの女が死んでも変わらず美しかった。いや、まるで私達が結婚する為に、あの女は死ぬ運命だったんじゃないかとも思えた。


全てが順調だった。

あの女の子供とも仲良くしたのよ。

でもだめ、やっぱり我が子が一番可愛いわ。

でもユリダス様は、その頃(ラナンキュが生まれて)からさらに帰りが遅くなってしまった。

家のことも領地のことも(アーニャ)に丸投げで、口では隣国の隣の国の内戦による、傷付いた人達への支援で忙しいと言うけど、本当かしら。



ゴタゴタしているうちに、ラナンキュが荒れだして。

『ユリダス様にも子育てに関心を持って欲しい』と思っていたのに、執務室から漏れでた言葉に硬直した。


「国王派宰相の勧めで再婚したが、やはりエルダを愛したままですべきではなかった。結局、ダリアにも辛い思いをさせているし。それに、今後も優秀な使用人達に何かするなら、あちら有責で離婚すべきかもしれないな」



「御止めしません、ユリダス様。わたくしめも、それが良いかと」

静かな廊下に溶けるように、その声は流れてきた。



一瞬、言葉の意味が解らなかったが、それがアーニャへの評価なのだと理解が追い付いた。


『ユリダス様が、私と離婚すると言うの?』


どうして?

私は頑張ったのよ。

邸のことも、領地の仕事も、社交も、結婚後にきちんと熟なしてきたのよ。


それでも、だめなの?

後継者の男児は産めなかったけれど、美しいラナンキュを産んだわ。それに、邸に遅くにしか戻ってこないユリダス様と、閨の行為もないのだから、これ以上子をなすことはできないし。


ああ、そうだ。

ダリアが、家からいなくなれば良いのよ。

そうすればラナンキュが後を継ぎ、私とも離縁できないわ。

そうよ、そうすれば良いわ。ふふふっ。


そして、ダリアを引き取ってくれそうなイーブッセ侯爵へ、アーニャが接触を図ることになるのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(暗殺者シュリジア)


「イーブッセ侯爵夫人、ダリア様の暗殺依頼だ。頼めるか?」


暗殺者ギルドのギルド長イブキから、直々に指名依頼が来た。


貴族の暗殺は、危険度が格段に高い。

何でも金で解決できると思っている依頼者は、何でもないように依頼してくるが、護衛の着いていない平民とは訳が違う。


自宅にも移動中にも複数の護衛がおり、その護衛がグルでない限り抵抗するだろう。それにより、こちらの負傷や死亡の可能性もでる。下手に捕まれば、死罪は免れない。



その場の空気は重々しく、ギルド長の執務室はイブキと俺1人だ。だが、ギルド長の覇気と言うか圧は強く、とても断れない雰囲気だった。


生に執着はないと思っているシュリジアでも、直ぐにでも殺されそうな雰囲気には息を呑んだ。元より話をされた時点で、誰にも断ることは許されはしないのだけど。


『ああ、俺も用済み要員に入ったんだな』


俺が了解の合図として頷くと、イブキは満足そうに詳細を話し出す。


詳しい話は省くが、依頼主は夫のイーブッセ侯爵だと言う。

胸くそ悪い話だが、ダリア夫人が死んだ後には、平民の愛人が後妻に入ることに決まっているらしい。愛人が養女になる貴族家さえもだ。


普通に離縁すれば良いんじゃないか?

何で大金を払ってまで殺す必要があるんだ?



こんな仕事をしていると、時々理不尽を感じる。

赤ん坊の時にイブキに拾われて、ずっと暗殺者をしている。

同じように拾われた奴らは、訓練中に殆どが死んだ。


生き残ったのは、1割くらいだろう。


生き残れた時は、死ななくて良かったと思った。

とにかく死にたくなかった。



でも…………長くこの仕事をしていると思う。

誰かを殺す前に、死んでいた方が良かったのではないかと。


先に逝ったあいつらは、きっと天国の門を潜った筈だが、俺は同じ所には行けないだろう。


そんな俺だが、昔は容赦なく皆殺しをしていた。

女も子供も、関係なく。


でも世間のことを少し解った最近は、子供は殺せなくなった。

だって、悪いのは大人だけだ。

こいつら(ガキ)は、まだ何もしていない。

良いことも悪いことも。


それがイブキや依頼者には、面白くなかったんだろう。

普段ならこんなヤバイ依頼、精鋭数人で行う案件だ。


それが俺1人。

……………そう言うことなんだろう。



俺はイブキのことを親のように思っていたが、イブキはそうではなかったと言うこと。

悲しくはない…………。

…………いや少しだけ、ほんの少しだけ、胸がチクンと痛んだ。



《依頼内容》一つはダリア侯爵夫人を教会へ向かう途中で殺すこと。

なるべく痛くないように、心臓を一突きでと。


何だろう、痛みがないようになんて、まるで労っているようじゃないか?



そしてもう一つ。

彼女を殺そうとする暗殺者が、他にもいるらしい。

俺はそれを阻止しつつ、必ず教会での道程で彼女を殺す。


それで任務完了となるらしい。


なるほど、護衛をしつつ彼女を殺すのか。

まあ、他の組織に出し抜かれれば醜聞になるしな、そんな所だろう。


明日から、彼女(ダリア)の護衛をしつつ、3日後の教会へ行く前に彼女を優しく殺し、寄付金を持ち出して戻るか。



「それとこれを」

イブキは、封をされた封筒を俺に渡し、任務終了後に開けろと言う。


「長生きしろよ。俺はここから動けない。俺の弟子が多すぎるから。お前はここの奴らに似てない」


威圧が解けたイブキは、口の端を僅かに上げて笑ったみたいに見えた。


「必ず、成功させろ」


部屋を出ていく俺に、いつもより優しげな声が背中に届く。


俺は振り向かずに、右手を挙げて答えた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(ダリア侯爵夫人)


その日彼女は、護衛と共に孤児院へ訪れていた。

小高い森の先にある、風情のある(もとい、かなりボロボロな)建物だ。

夫人自ら作ったと言う、シナモンと砂糖がたくさん入ったクッキーを大量に持参して。日持ちがかなりするらしい。


その他にも、大量の絵本と子供達の肌着と衣類も箱に詰められ、護衛が肩に担いでシスターに手渡していた。寄付金はいつもの倍の額だった。


いつも穏やかなダリア夫人だが、今日は目を細めて子供達を見ていた。そしてシスターはその違和感に気付いた。


『もしかしたら、離縁をしてここを去るのでは?』

口には出せず、いつも通りに接していく。


そこに現れた男の子が1人。

「美味しいお菓子をありがとうございます」


微笑みながらお礼を言う彼は、黒髪で黒い瞳の10代前半くらいで、可愛らしいがここらでは珍しい髪色をしていた。それが理由で捨てられたのだろうか?


「ええ、たくさん食べてね」

ダリアも微笑んで答え、絵本を幼子達に読み始めた。



その間にも、孤児院の周囲には不穏な気配があった。


「見てみろよ、なんて綺麗な女なんだ」

「まだ21歳になったばかりらしい」

「旦那に相手されず、まだ純潔らしいぞ」

「へえ、高く売れそうだな」

「それより、先に俺たちで楽しもうぜ」

「成功報酬はガッポリだし、前金だってすげえだろ」

「ああ、そうだな。楽しんでから売れば良いか」

「うわあ、興奮する」

「たぶん、もうすぐ帰る筈だ。護衛1人だけだ。そいつを後ろからぶっ叩けば、馭者は爺だ。すぐに拐える」

「楽勝っすね」

「まったくだ」

「どうせ姿が見えなければ、殺したと言っても信じるだろ」

「ああ、いくら貴族の愛人になっても、しょせん平民だ。文句を言ってきても黙らせられる」

「あまり煩いなら、チャペルが俺の子だとばらすと言うよ」

「無理矢理付き合わせておいて、酷い男だな」

「あいつはこっち側の人間なのに、1人で幸せになろうとするのが悪いんだ。俺の方が捨てられたんだぜ」

「未だにたかってる癖に、質が悪いな」

ハハハッと、下卑て笑う5人の男達。


他の者には姿も声も聞こえないだろう。でも、その少年には丸見えに等しい。


「なんだあいつら? あんな隙だらけで、冗談だろ? あいつらは暗殺者なんかじゃない」


黒髪の少年は、ボール遊びに見せかけて森に近づき、潜む男達へ懐に潜ませていた吹き矢を首元に吹き刺した。1分ほどの間に急激に眠気を催し、全員が地面に臥していた。


「まあ1日で目覚めるだろ? 死にはしないさ。ただ森の獣が、夜に現れるかもな。その前に起きれると良いな」



彼は何事もないように、夫人の元に戻り一緒に絵本を読んでいた。ダリアは微笑んで、黒髪の男の子の頬をハンカチで撫でた。


「土が付いているわ」

黒髪の男の子は慌てた。


「ごめんなさい、こんな綺麗なハンカチで。汚れちゃうよ」

すると、ダリアは何でもないように首を振る。


「ハンカチは汚れを拭くためにあるのよ。気にしないで。それより貴方の名前を教えて」


気が動転して、本当の名を告げてしまった。

「ああ、俺はシュリジア」

「そうなの、綺麗な名前ね。私はダリアよ、よろしくね」

「ああ、よろしく」


ぶっきらぼうに答えるシュリジアにも、ダリアはニコニコしている。

「私は、結婚しても子が出来なかったから。貴方が息子なら楽しかったわね」

「ええ、俺は平民だよ」

「そんなの関係ないわ。可愛い黒い目ね」


この国では忌避される色なのに、本当に優しく見詰めてくれていた。

『俺だって、あんたみたいな親が欲しかった』



僅かな時間だか、穏やかな接触が図れたシュリジアだった。





後にその日の夜の森に、数名の絶叫が聞こえたと噂がたった。

この辺に住む者なら、夜の森には近寄らない。

もし襲われたとしても、ならず者だったのだろうと話は終わる。

そもそも近くに孤児院があるのに、誰も悲鳴を聞いていない。

その夜は、全員熟睡していたのだ。

夜間に建物を巡回する、シスターや用心棒役の用務員さえも。


確か夕食を作ったのは、シュリジアだった。

そしてその子は、隣町の叔父が引き取ると手紙が来て、翌朝には孤児院(ここ)を去って行った。


「叔父様が、良き人でありますように」

「ありがとうございます。きっと、大丈夫です。

シスターもお元気で」


身元も知れない俺さえもすぐに受け入れる、貧しいけど優しい孤児院に幸あれと思うシュリジアだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(ラナンキュ公爵令嬢)



あれから、殺し屋から連絡が来ない。

と言うか、侯爵家から何も連絡がないと言うことは、あの女は生きているんだわ。


なんで!

なんで!

なんで!


早く死んでくれなければ、(ラナンキュ)がアザラン様に嫁げないじゃない。

1年は喪に服すでしょ?

婚約期間は1年は見ないと。


私は今16歳。ぎりぎり18歳の結婚になるわ。


お父様は冷たくはないけど、あまりこちらに関わって来ない。

早くアザラン様と婚約しなければ、他の貴族に嫁がされてしまうわ。

え、アコス公爵家を継ぐんだろうって?


そう思っていたけど、私の知力では公爵家を継がせられないとお父様が言うのよ。酷いと思わない?


それで、公爵家の分家から養子を取ることになったの。

お母様は、その男と私が結婚して公爵家を継げば良いと言うけど、その男はお姉様が憧れで私には興味がないと言ったのよ。


分家の伯爵家の三男が、なんて生意気な!

でもまあ、これで何の心配もなく、私はアザラン様に嫁げるのよ。

アザラン様は、どう思ってるかって?

そんなの受け入れるに決まっているじゃない。

金髪碧眼にナイスプロポーションの私よ、告白すれば必ず叶うわ。


だから早く、あの女を殺してよ。

大金払ったんだからね。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(アザラン侯爵)


何にも文句を言わず、邸と領地の経営をするダリア。

社交も穏やかに恙無く熟なしている。

最愛の妻アスカと愛娘チャペルは大事だが、20歳を越えてますます美しくなるダリア。


このまま3年間の白い結婚が認められれば、婚姻無効となってしまう。そんなことになれば、今は噂が払拭されて評判も良く、領地の経営もできるダリアを手放すことになる。何より彼女は美しい。いやいや元々、綺麗だったよ。でも、あの時はアスカに夢中だったし、一途に彼女を思っていた。


それに優秀過ぎて、私よりも両親達に頼られているのも、領民達に好かれているのも気にいらない。俺だって頑張っているのに。


だから、領地の仕事を丸投げしてやった。

俺には城勤めの仕事もあるからな。

それでも嫌な顔せずに、楽しそうに領地へ視察に行ったり、収入も増やしているダリア。


そう、俺は憧れていた。

今となっては愛情の裏返しで、放置してきたと言っても良い。

俺に愛をくれと、仕事は無理だと縋って欲しいと思っていた。

でも軽く熟し、いつも微笑むダリア。

その笑顔を、愛していると言っても良い。

俺の伴侶に相応しい女だ。


だから、出ていくことなど許さない。

領地の領民だって、我が侯爵家だって、そう思っている筈だ。

今さら俺の両親も、優秀なダリアを手放せないだろう。

それに白い結婚なんて、アコス公爵に知られれば絶対揉める未来しかない。


「だから、ダリアを抱こうと思うんだ」


愛なんてなくて打算だと、偽りの言葉を語りアスカを説得した。

彼女は「私だけって言ったのに」と、泣いて俺の胸をぽかぽか殴る。力が弱くて本当に可愛らしい。

でも最終的には認めてくれた。さすが俺の最愛。


だから俺は知らなかった。

アスカが暗殺者ギルドに、ダリアの殺害依頼をしていたことを。




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(アーニャ公爵夫人)


あの子は何を言っているのかしら?

義姉が死んだら、その夫に嫁ぐなんて!

そして暗殺者ギルドに依頼をするなんて!

もし暗殺者から、ユリダス様にばれたら私達はお仕舞いよ。


そうね、そう。

絶対ばれないように、高額の暗殺者ギルドに頼めば良いんだわ。

そして、ラナンキュの頼んだ暗殺者が失敗したら、口封じもして貰えば良いわ。

ほほほっ、完璧ね。



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(ダリア侯爵夫人)


翌日、買い物で市井の商店街に来ていたダリア。

勿論護衛も付いてきている。


その陰に潜む暗殺者が2人。

今回は気配も抑えて、手練れのようである。


ダリアは、アコス公爵の誕生日プレゼントに、懐へ仕舞えるナイフを贈る予定で武具屋に入った。そこで選んでいる時に、お使いで街にきたと言うシュリジアに会った。勿論、後を付けていた訳だが。


「どんな物が良いのかしら」

「すみません、奥さま。私には解りません。ナイフを買ったことがなくて」

「そうですか、残念です」

いろいろ悩んで物色していれば、そこに現れたシュリジア。


「あれ? ダリア侯爵夫人ですよね。お買い物ですか?」

偶然を装って声を掛けると、優しく返答がくる。


「あら、こんにちは。そうなのよ、どれが良いかしら? なんて、少年に聞くことではないわね」

微笑んでいるダリアだが、シュリジアは的確に答える。


「そうですね、普段使用しない護身用なら、小さいものが良いでしょう。うちポケットに潜ませられるような物なら、邪魔になりませんから。大きくて重いと持ち運ぶのも苦痛ですしね。後は夫人が好きなデザインの物を選べば良いかもです」


「まあ」「おおー」

ダリアと護衛から、同時に声があがる。


「詳しいですね」

「えーと、えーと。良く猟師の手伝いに行くので、あっと、狩った獣を運んでくる手伝いなんですが。その時によくナイフを見るんですよ。はははっ」

「猟師の手伝いなんて、たいしたもんだ」

「ええ、すごいです」

「いや、荷物持ちなので。でも、ナイフは便利だから好きです。よくデザインや使い方も見てます。いつか自分のナイフを持ちたいです」


そんな感じで3人でいろいろ見ていると、後ろから僅かな殺気が感じられた。ナイフや剣の棚を見ながら、怪しい2人が近付いてくる。懐に光る物を見逃さないシュリジアは、体のバランスを崩した振りをして、自身の細剣(レイピア)を袖に隠したまま2人の手の甲部分に当てた。


「痛っ」

「何だ、ちくっとしたぞ」


2人は僅かに痛みを感じるが、シュリジアを疑うことはない。


「おじさん達、ごめんなさい」

そう謝れば、2人は目立たぬように姿を消していく。

仕切り直すんだろう。


あの細剣(レイピア)には、痺れ薬が塗ってある。

蜂に刺されたように、右手甲は次第に腫れてくるはず。

2、3日は痺れが取れない。

それが治まるまでは、暗殺は控えるだろう。

計画にはそれで十分だ。



最終的にダリアは、父へのナイフを1つ選ぶ。

それはダリアの名と同じ花が、ナイフの鞘に彫られている物だった。


「良いですね」

「見る度にお嬢様を思い出しますね」

「ふふっ、そうね。そうなら良いわね」


「きっと喜んでくれますよ」と伝えれば、「ありがとう」と寂しく笑っていたダリア様。何故そんな顔をするんだろう?



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(ユリダス公爵)


嫁に行った娘から、誕生日プレゼントにナイフが贈られてきた。

いつもは花などの消え物が多いのに、珍しい。


メッセージには

『お父様を守ってくれますように


           ダリアより』


鞘にダリアが彫ってあり、持ち運びしやすい重さだ。

きっと、考えながら購入してくれたんだろう。


「ありがとう、ダリア」


いつか心を割って、話が出来るだろうか。

気の小さい父親で済まない。

お前は今、幸せかい?



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(シュリジアとダリア)



その日ダリアは、片付けていた部屋を見渡す。

宝石類は鏡台に纏めて置き、衣装は既に全て売却して孤児院の寄付と通帳に半分ずつ移していた。


領地の仕事もできる分は纏め、急ぐ仕事もない。


「さあ、行きますか」


そう声を出し、侯爵家の夫人に支給される費用から、教会への寄付金を鞄に入れて馬車に乗る。


「教会に行って参ります」


いつものように、護衛1人と馭者1人のでの移動だ。




ーーーーーー

早朝に侯爵家の馬車の車輪に細工をする男を発見した。

馬車の事故に見せかけて殺すつもりなのだろうか?

もし生きていれば、弱ったところを殺るつもりなんだろう。

一番怪しまれない手だが、俺が相手で運が悪い。

あんたには馬小屋で寝てて貰おう。

意識がないまま厩舎に入れれば、怯えた馬がお前を2、3発蹴るだろう。

異変を察した使用人が、お前を見つけてくれる筈。

酷い怪我をしなければ良いがな。


そう思いながら、気配を消して背後に回り後頚を強打した。

そしてダリアが出発してから、眠り薬を嗅がせていた暗殺者を厩舎に放り込んだ。

きっと、馬泥棒だと思われるだろう。

暗殺者のプライドもズタズタだな。

ーーーーーー




この先の森を抜けた所に、教会と民家がある。


教会には土日に行く人が多く、他の曜日は侯爵家から馬車が通るくらいで人気がない。道が細い為、商人の使う大型馬車もここは通らない。所謂私道のようなものだ。その為、今まで盗賊が出たことはない。



「カラン、カラン、カラン、カラン」と、馬車の車輪の音だけが周囲に響く。


暖かで風もない、静寂の時間だった。

馬車からは、いろんな色の小さな野花が咲き乱れ、蝶や蜂も蜜を運んで忙しい。


急ぐこともない、いつも通る田舎道。


そこで馬車が止まる。

後ろを歩く護衛が、様子を見てきますと前に行く。


護衛は戻ってこない。


ダリアは鞄を握りしめた。


するとカチャッと扉が開き、黒髪の男の子が澄ました様子で顔を覗かす。

「ダリア夫人、こんにちは。馭者と護衛の人が寝てますよ」


「え、大丈夫ですかしら? 怪我でもしてない?」

「怪我はないみたいです」

「そう、良かったわ」


ダリアは心底安心した顔を見せた。

こんな所に突然現れたシュリジアにも、ダリアは驚きもしない。


「シュリジア、私ね、心臓が悪くてもう死ぬのよ。それなのに、アザランの、えーと、夫の愛人さんがね、私を殺す相談をしていたのよ。酷いでしょ? 庭を散歩していたら、別邸の外で話しているんだもの。呆れちゃった」


そんなあっけらかんと、何でもないように話すダリア。


「だからね、侯爵夫人に支給されるお金で、暗殺者ギルドに依頼したの。殺される前に、私を殺して欲しいとね。イブキさんには夫が頼んだことにして貰ったけど」


「えっ」


「だからね、知ってたの、シュリジアのこと。黙っててごめんね」


理解の追い付かないシュリジアは、暗殺前にあろうことか呆然としていた。


ふふふっと、楽しそうに笑うダリア。


彼女の病気を知る者は、町医者しかいないそうだ。

侯爵家の主治医にもかからないダリアは、本当に侯爵家を信頼していないらしい。

彼女からすれば、少し動くと息が切れたそうで、彼女を少しでも見ていれば気付いた筈だと。

なるほど、そう言われると彼女は殆ど動いていなかった。

孤児院でも武具屋でも、直前まで馬車を使っていた。

話す程度の動きは今は問題ないらしいが、疲労感や息苦しさは1日毎に増しているそうだ。


「貴方が殺してくれるなんて、なんて運が良いのかしら。こんな可愛い死神さんで、嬉しいわ」


こんなことを言ってはダメなのに、何故かはしゃぐ彼女に脱力して、出てしまう疑問。

「なあ、生家に戻ったらダメなのか? ナイフ渡した親父さんとこに」


すると、ダリアは寂しそうに笑う。

「お父様とは、そんなに上手くいってないのよ。それに死にに帰るのもね、気を使うと言うかね。もう疲れちゃったみたい」


ああ、そうだよな。

帰れるなら、とっくに帰ってるよな。

余計なことを言ってしまったな。


そんなことを考えていると、心配してくれてありがとうと声が掛かる。


「私ね、ずっと寂しかったみたい。時々孤児院で話したり、社交で貴婦人達と話すくらいで、侯爵家でまともな会話なんてなかったから。だからね、シュリジアと過ごせて楽しかった。夢にも出たくらいよ」


嬉しそうに話すダリア。

こんなに綺麗なのに、不幸にも気付かない振りで生きてきたんだね。


「このまま長生きするより、シュリジアに看取られて逝くんだもの。神様っているのね。たくさん祈っていて良かったわ」


何が良かったんだよ、何で笑ってるんだよ。


「イブキさんに相談したら、シュリジアが一番優しく殺してくれるって。腕が最高なんだって。でも、怒られても子供は殺さないまともな奴だって。俺達は殺しに麻痺してしまったけど、あいつはまだ大丈夫だから、表の人間として生きて欲しいって言ってたよ。このお金はシュリジアの逃走資金なんだって。イブキさんに、何故私に教えてくれるのって聞いたら、死人になるから良いだろだって。イブキさんはきっと、シュリジアに言わないだろうから、私がばらしちゃうの。ああ、楽しいわ、シュリジアの驚いた顔も見れたし。覚悟はできたわ」


そう言って、胸を開いてシュリジアを見るダリア。

目を瞑り、頷く。


俺は覚悟を決めた。

相手が覚悟したんだ、それを焦らせば辛くなる。

苦しまないように、骨と骨の間をすり抜けて心臓を一突きする。


「うぐっ」


さすがに痛みは走るだろう。

ごめんな、俺じゃああんたを助けられない。

俺はダリアを抱き締めてから、意識が亡くなるまで膝枕していた。


ダリアは俺の頬を撫でて、

「泣かないで、私の分まで幸せになって」と言う。


「なんで、なんで……………………」

殺した相手に、こんなに優しく微笑まれている俺は可笑しい。


けど、そんなこと気にもできないほど悲しい。

涙が止まらないんだ。


彼女は開いていた目を瞑り、撫でていた手も下に降りた。

完全に呼吸が止まり、彼女は天国に行った。


明るい太陽はとっくに沈み、もう外は暗く闇に包まれていた。


遠くから、ダリアを呼ぶ声が聞こえる。

捜索者が来たのだろう。

この闇でもすぐに人が来るなら、馭者達も獣に襲われない筈だ。きっと使用人が傷つくのは、ダリアは嫌がるだろうから。


馭者と護衛には責任を問われるだろうが、俺じゃなくともダリアは暗殺か誘拐をされたと思うから、怪我がないだけましと思って欲しい。


「他でもなく、自分の依頼で死んだんだ。意趣返しできたな、ダリア」

これ以上泣くより笑った方が良い気がして、笑って空を見上げた。


ダリアが空へ戻った合図みたいに、満月が雲間に隠れ、暗闇となった夜空にたくさんの流れ星が煌めいた。

「最高の葬送だな、綺麗なダリアに似合ってるよ」



そして俺はそこを去った。

イブキの手紙も、ダリアの言ったことと似かよっていた。

暗殺者ギルドの構成員は、俺と同じような境遇で拾われた者の集まりらしい。

もう会いに行けないけど、俺は大事に思ってくれる人がいて幸せだと思った。


それからお金を持って、いろいろ旅をした。

その中で一番貧しい村で孤児院を開き、俺は院長になった。

俺はダリアから貰った鞄のお金と通帳のお金で、たくさんの孤児を養育し教育も施した。


貧しい村にはならず者もいたが、俺の体術に敵う奴なんていない。集団で来たって薬で黙らせた。殺しはしなくても、敵わないと思ってくれたらしい。

そいつらを孤児の養育や用心棒、畑の開墾などの仕事で雇ったら、すごく真面目に働いてくれた。根は良い奴だったみたいだ。


今では孤児にも慕われて、その孤児もちゃんと大人になって仕事について、その地域は少しだけ豊かになったんだ。


ちゃんと出来てるかは解らない、けど、幸せになった子もいるよ。これからもきっと、増える筈だ。


「全部全部、ダリアのお陰だよ。ありがとう」


孤児院の隣に立てた教会の女神像は、ダリアそっくりに作って貰った。俺達は、毎朝そこでお祈りをしている。


文字通りダリアを拝んでいる図だ。間違ってはいないよな。



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ダリアが死んでユリダス公爵と使用人達、エルダの友人達、ダリアの友人達、ダリアの母方の子爵家は、酷く悲しんだ。


「お嬢様は、立派な方でした」

「いつも自分を犠牲にして、私達を庇ってくれた」

「俺達にもっと勇気があれば」

「お嬢様……………」

「こんな死に方をする人じゃない…………」

「何でこんなに良い子が…………酷すぎる」

「あんなに頑張ってきたのに、これから幸せになるべき()なのに………」

「ああっ……どうして、こんなことに?」


皆、彼女の死を悼み、涙を隠さない。

父のユリダスさえも、力入らず踞る程に。

「ダリア、ダリアぁ………………………」


死の真相を探る調査で、アーニャとラナンキュ、アザランの愛人から殺害を依頼した証拠が出てきた。


ユリダスはアーニャと離婚し、ラナンキュと共に伯爵家に戻した。本来罪に問いたい所だが、ダリアの醜聞になることを避けて公にしなかったのだ。ただアーニャの父母、伯爵夫妻には、何があったのかを伝え監視を頼んだ。そして二度とユリダスの前に出ないことを誓わせたのだ。それが慰謝料代わりと伝えて。



当然アーニャは拒むも、犯罪者になるよりましだろうと父母に言い含められた。だが、駄目だとわかっていても何度も会いに行こうとした為に、部屋に軟禁されてしまう。今ではユリダスに会えないことで衰弱し、寝たきりである。本当に愛していたことは父母にも伝わり、ユリダスに会いに来てくれないかと手紙を出すも、返事は来なかった。


ラナンキュはアザランと結婚すると言い、ストーカーと化していた。いくら注意しても妄言を叫び付きまとう為、何度も騎士団に逮捕されている。もう、まともに彼女と結婚する者も、友人になりたい者もいないだろう。貴族令嬢としては絶望的である。



アザランは愛人のアスカと再婚した。再婚直後にダリアの殺害依頼をした事実を、ユリダス公爵から話され公爵家とは絶縁となった。アスカはアザランに縋りつき謝罪した。魔が差したのだと言って。

チャペルは侯爵令嬢になったと言って、喜んで社交界に赴くもマナーが覚えられず爪弾きにされた。すっかり意気消沈したチャペルは、平民の商人と結婚し案外上手くいっている。身の程を弁えられて、幸せを掴めたようだ。チャペルがアザランの子でないことは、アスカ以外誰も知らない。

アザランは、暗殺者を雇ったアスカを恐怖に感じた。

『いつか俺も殺されるかも』と。

疑心暗鬼のアザランはアスカを外に出さなくなり、金品も取りあげた。それが換金されて暗殺の依頼料にならぬように。

アスカは、「愛してるから信じて欲しい」と縋るも、信頼などはもうないのだ。愛は既になく、報復を恐れて離婚しないだけだった。




アザランの領地は、ダリアが手を放した途端に情勢が悪化した。

「こんな不作の年に、税を下げるどころか上げるなんて」

「俺たちを殺す気か?」

「ダリア夫人なら、税を下げたり食料の援助をしてくれたぞ」

「私達はこんなところで暮らせん。家畜じゃないんだぞ!」


アスカの醜聞や愛娘が平民と早々に結婚したことで、理想の家庭が崩壊したアザランは、ギャンブルに逃げた。その負け分を支払う為に、何も考えず増税したのだ。


話し合いをして治めてきた領地は、一方的に増税するアザランに嫌気がさして領民は離れていき、荒れだした領地に盗賊が住み着き更に治安が悪化した。

国王は憂い、イーブッセ侯爵家を子爵へ降爵させ、土地を取り上げた。一気に財政は逼迫し貧しくなったアザランは、両親に責められて過ごすことになる。溺愛されてきたアザランにとって、打ちのめされた思いだった。

「酷いよ、父上も母上も」

「お前がこんなに愚かだと思わなかった、馬鹿息子が!」

「この、恥さらしが!」


どうやら降爵したことで、他の貴族に見下されプライドが傷ついたらしい。安い矜持に、脆い愛情である。




ユリダスは、アザランとの白い結婚や愛人がいた生活で辛い日々を送ったダリアを悲しみ、残りの生涯をダリアの冥福を祈り過ごした。当然爵位は分家に譲り、国の役職からも退いた。優秀な部下を失った宰相や他の大臣達は、彼に押し付けていた仕事もまわり、残業の日々である。それでも終わりが見えないと言う。如何にユリダスが優秀だったか知ることになる。自業自得である。



ユリダスは教会で自分の失敗を話すことで、同じ過ちを繰り返さないように諭しているらしい。

『死んでしまったら、何も伝えられない』と。



この言葉をダリアが聞いているかどうかは、誰にも解らない。

ただ、ダリアが知らない所で、たくさんの人に愛されていたのは事実だ。












気がつくとダリアは、月の光に導かれ天へと昇っていた。

その途中、懐かしい声が耳に届く。


「ダリア、良く頑張ったわね。神様から貴女のことは聞いていましたよ」

それは幼い時に亡くなった、母エルダだった。


「お母様、迎えに来てくださったのですね。ありがとうございます」

ダリアは会いたくて焦がれていた母に褒められて、心の底から嬉しくて堪らなかった。既に貴族の身分から解き放たれた彼女は、屈託なく笑う。



そんな彼女を抱きしめて、エルダは背中を撫で続けた。

そして迷ったように彼女に問う。


「ダリア、貴女が死んだことで、多くの人が悲しんだわ」

エルダは悲痛な面持ちで、彼女を見つめる。

そして問うのだ。


「貴女が亡くなった後、皆がどうしているか気にならない?」


ダリアは迷った。

彼女を愛してくれたのは、エルダの友人だったミズーリ子爵夫人と、エルダの両親であるマダカル子爵夫妻である祖父母だけだ。孤児院のシスターや孤児達、暗殺者のシュリジアのことは気にはなるが、今の自分にはもう何もしてあげられない。



それでも母の質問の意図が気になる。

どうしてそんなことを言うのだろうと。


それを見越したように、エルダは言葉を続ける。

神様が、ダリアへ死後を見てくる許可をくれたらしい。

「頑張った貴女の為に、神様がご褒美をくださったの。本当は未練となるからできないことなのだけど、貴女なら大丈夫だろうって」

でもね、とエルダは言葉を止める。


「貴女の傷ついた心で、再び嫌な人間を目に入れることは残酷だと思ったの。貴女はどう思う? 貴女が悲しい思いをすると思うなら止めても良いのよ」


ダリアは迷った。

たくさんの辛いことや悲しいことを経験した。

でもだからこそ、人の愛情や配慮に気づけたのだ。


決意して母に告げる。

「お母様、私行ってみたい。声は届かなくても、きちんとお礼がしたい方もいるの。何も言わず死んでしまったから」


その言葉に頷くエルダ。

「じゃあ、行ってみましょう。でもねダリア、天国に来るのは一瞬のようなものだけど、天国から地上へ行くのは時間がかかるわ。今戻れば、1年くらいの時間は経っていると思うわ。それでも良い?」


「はい、構いません」


「じゃあ、行きましょう」


そう言うと、しっかりと手を繋ぎ2人で地上を目指す。

他愛ないお喋りをしながら、会えなかった時間を埋めるように微笑みあう。

ダリアは、可愛い暗殺者のことも話題にした。


「あの可愛いシュリジアは、ちゃんと逃げられたのかしら」

「さあ、どうかしら? 自分で確かめなくてはね」


エルダは知っているようだが、教えてはくれない。


美味しいケーキや好きな動物のこと等、お互いのことを知っていく喜び。

こうして母と過ごすだけで、ダリアの心は幸せが満ちてくるようだった。


そして漸く地上に到着する。


エルダは尋ねる。

「さて、何処から行こうかしら?」


ダリアは知っていた。

母が父ユリダスに会いたがっていることを。

共に過ごす時間で、どれほど心を残しているかを。


「じゃあ、お父様に会いたいです」


「良いの? だってあの人、貴女を大事にしなかったのでしょ?」


「大事にされたかと聞かれると何とも言えませんが、でもお仕事は頑張っていました。国を守る立派なお仕事なので、忙しくて手一杯だったと考えれば納得できる部分もあります」


そう言うと、エルダは「本当に仕方のない人ね。死んだ後まで子供に庇われるなんて」と、呟いていた。


「ユリダスはね、お父様は弱い人だったの。外見は頼りがいがありそうだけど、大事なことがなかなか言い出せない意気地無し。私との結婚の時も、はっきりしないなら他に嫁に行くって言ったの。どうせ身分の違いもあるし、迷っているくらいなら身を退こうと思ってね。そうしたら急に、貴女を誰にも渡さないって押し倒してきて、ってあれ、何言ってるの私は」


墓穴を掘った母は慌てふためいている。

大恋愛って本当だったのね。

幸せそうで良かったと私は微笑むが、母の表情は曇る。


「でも愛してくれたことで、(エルダ)が亡くなる時は取り乱していたわ。死なないでくれ、死んだら俺も死ぬって。だから言ったの、私にそっくりなダリアはどうするの? 1人にする気なのって。そしたら、泣きながら大事に育てるって約束したのにね」



ああ、そうなのね。

きっと、お母様に似ている私を見るのが辛かったのね。

私がいなかったら、後を追っていたのかもしれないわ。



そんな話をしながらアコス公爵邸に到着したが、父の姿が見当たらない。


周囲を見て回ると、邸から少し離れた小高い丘の上に、使用人とスーツを着た男性がいた。たしか公爵家の分家で、伯爵家のグリール様だったと思う。

そこは代々の公爵家の人間の眠る墓地になっている。


「君が亡くなってもう2年が経ったね。結局、君が誰の手で亡くなったのか未だに解らないんだ。解ったところで君は戻らないのにね。君のような優しい人が悪意のある噂の犠牲になって、イーブッセ侯爵家に嫁がなければ、今頃生きて会えたのだろうね」

寂しそうに懐かしそうに、彼は墓石に話しかける。


(ダリア)と伴侶になりたかったと、ぽそりと呟きながら。


使用人もそれに答えている。

「お嬢様は優しくてお強い人でした。我々使用人は、全員お嬢様に感謝しております。そしてどうして子供であるお嬢様に、庇われたままでいたのか。保身に走った卑しい私達を、いつも気にかけてくれていたのに。でもこれからは、お嬢様のように人を庇える人間になります。逃げません」

まるで決意のように告げていた。


ダリアの死後ユリダスが、アーニャ・ラナンキュ・アスカが暗殺者を雇ったことを調べたらしい。ただ、誰が殺したかは未だ定かになっていない。公にはされていないが、アコス公爵家では知らない者はいないそうだ。


そんな侯爵家の墓所ではダリアは休めないからと、亡骸はここに移されてた。エルダの隣でダリアは眠っているのだ。



そして公爵家はグリールが継ぎ、ユリダスはここには居ないそうだ。

お義父様(ユリダス様)は、教会の隣に家を建てて毎日ダリアの冥福を祈っています。ここには月1回しか来ませんが、いつも貴女を思っていますよ」


(ダリア)とお母様は、それを聞いてグリールの言う教会に急いだ。


そこには、幼い孤児へ本を読んでいる父の姿があった。

ダリアが寄付をした絵本を、膝に乗せた幼児達に優しく語りかけている。

「お姫様は、王子様と幸せに暮らしましたとさ」


聞き終わり、幼児が手を叩いて「おひめさま、よかったねぇ」と喜ぶ。

そして次の遊びをする為に、走っていった。



「俺のお姫様は幸せになれなかったなぁ」

そう言うと、涙ぐんでハンカチを目に押し当てる。


シスターが寄り添い、「天国で幸せにしていますよ。今はきっとエルダ様と楽しくされている筈です。泣いてばかりでは笑われますよ」と囁く。

ユリダスの父母はもう亡くなっている。

シスターは丁度、ユリダスの亡き母と同じくらいの年齢で、母のようにユリダスを嗜めた。すると、ユリダスは赤面して頷くのだ。


「あいつらに笑われないように、が、頑張らなきゃですね」


お姫様の話で、毎回泣きのスイッチが入るユリダス。

辛いなら読まなければ良いのだが、子供達にせがまれれば断れない。子供に優しいユリダスは、父親のように慕われていた。



「ああ、お父様が泣いてる。私の為に泣いているのね」


「そうよ、ダリア。貴女のことがとても大事だったのよ。死んでからじゃ遅いのにね、もう」


「私、お父様に避けられていると思っていました。………私は愛されていたんですね」


「そうよ。ずっと愛してたと思うわ」



霊体のダリアから涙はでない。

でも嬉しさで、涙が溢れそうな気持ちだった。



今でこそ穏やかになったユリダスだが、ダリアの死の真相(暗殺者のことや愛されない結婚のこと)を知った時は荒れた。


悲しみと怒りで、関係者全員切り捨てようとしていた。


「止めるな、お前達。俺はエルダが残してくれた、愛しいダリアを地獄に落としたようなものだ。あいつらを殺して俺も死ぬんだ!」



使用人が止めても振り切ろうと、怒声をあげる。

連絡を受けた、ミズーリ子爵夫人が駆けつけた。


「ユリダス様。そんなことをして、ダリアが喜ぶと思っているのですか? 彼女は使用人も領民も大切にする貴族の鏡でしたわ。その父である貴方が、それを無に帰すのですか。どんな理由があろうと貴方が貴族を殺せば、お家断絶で一族郎党、勿論使用人や領民だって生活に困窮します。それをお望みなのですか?」


ダリアの傍で彼女を一番可愛がってくれた人の言葉が、ユリダスに突き刺さる。


「ああ、だって、もう。これくらいしかしてやれないんだ………もう、あの娘は死んでしまった。死んだんだからぁ、あああっ」

膝から崩れ、背中を丸くして泣きじゃくる。


ミズーリ子爵夫人は、いつまでもいつまでも傍に寄り添い、共に泣き濡れた。もう涙が枯れるのではないかと思えるほどに。


その後冷静になってから、イーブッセ侯爵やアーニャの両親へ今回の顛末を伝え対応に走った。暗殺の話が漏れてダリアの醜聞とならぬように、怒りも極力顔に出さず淡々と。


怒りも制御不能となれば、死者が出かねない。


向こうの言い分もあろうが、こちらは死人も出ているのだ。

それも最愛の娘ダリアの。

折れる訳にはいかない。



特にアーニャは離婚を渋ったが、両親へ犯罪者にしても良いのかと問えば受け入れた。向こうは離婚しないまま捕まれば、夫のユリダスの責任も問われると考えたようだ。だが、死のうとした(ユリダス)がそんなことを気にする筈がない。公爵家としても責任を取るが、その際は死罪を覚悟しろと言えば黙るしかない。


アーニャが俺に執着しているのは解っていた。

国王派閥の宰相(直属の上司)からの縁談も、アーニャからの懇願だったと言う。アーニャの両親は宰相と親しかったし、財力もあり断る理由が見つけられなかった。妻を愛していることが理由では断れない状況だった。


でも今なら、仕事を捨てても断っただろう。



だから妻に迎え、ラナンキュも生まれた。

最低限の尊重はしたつもりだったのに、アーニャとラナンキュはダリアを虐め殺害まで企てた。


ラナンキュとは血の繋がりはあるが、赦せるものではない。

寧ろ余計に腹立たしい。

何故義姉を殺そうとしたのか?

ダリアに我慢させてまで、自由にさせていたのに。


だから、ラナンキュとも縁を切った………………



本来ラナンキュには、自由よりも父親との関わりが必要だった。

父性不足が、姉への嫉妬に拍車をかけた。

どうしてもダリアとラナンキュの関わりで、差がついてしまっていたユリダス。関わりが少なくともユリダスの視線や態度で、それに気づいていたのだろう。

だからと言って、ダリアへの行為は赦せるものではないけれど。


ラナンキュの苛立ちの原因は誰にも気づかれず、本人も自覚できずに過ぎてしまった。二人はこれに、気づける日が来るのだろうか?


今、懸命に子供達と関わることで、ユリダスの父性は成長を遂げつつある。たぶんラナンキュの心に寄り添えるのは、彼しかいないだろう。

アーニャはユリダスのことが中心だった為、ラナンキュに十分に愛情を伝えられずにいた。既に衰弱が激しいアーニャには、今後もラナンキュへ愛を伝える術は期待できそうにない。


今はまだ、気づく余裕さえないユリダス。

もう一人の娘は、今も殻の中にいる。

だが生きていれば、やり直すことは可能なのだ。

例え彼女が、貴族の世界には戻れなくても。




誰もいなくなった夜間に、孤児院の隣に立つ小さな教会の礼拝堂でユリダスは祈る。

今日は何故か今までの出来事を振り返り、声を出して赦しを乞うていた。


なんとなく、ダリアとエルダがいるような気持ちになったからだ。



懺悔を終えて振り返ると、そこはキラキラと光輝いているように見えた。


「まさか、な。こんな、俺の所になんか来ないよな。でももし居たのなら聞いてくれ、お前を愛しているよ、ダリア」

慈愛に満ちたユリダスが、ダリアの方を向いて微笑んでいる。


(不思議だけど、ダリアとエルダのいる気配を感じるんだ)


もしいるなら、愛していると少しでも伝わっただろうか?

「こんな父親でごめんな。天国では幸せになれよ」


「伝わりましたわ、お父様。お元気でいてくださいね」

「泣いてばかりでは格好悪いわよ、あなた」


「エルダも、いるのか? そうだったら良いのにな。会いたいなぁ」


寂しく微笑む父に礼をして、私達は教会を後にした。

「お父様に会えて良かったです」

「そうね。良かったわね。…………それに、少し強くなったように見えた。悲しみを乗り越えたのね。さすが私の選んだ人だわ」


孤児院は、ダリアとユリダスの資金で建て直しをした。

その隣に小さな教会も立てた。

今のユリダスは、ボランティアで孤児を教育している。

グリールから、1人暮らしでは多すぎるお金が毎月送られて来るらしく、その資金も孤児院に入れているらしい。

若いシスターも雇え、初老のシスターも安心して引退できるそうだ。


シスターと仲良くしていた孤児達にも、声をかけていく。

「お世話になりました。いつも優しくしてくれて、ありがとうございました。シスター、いつまでもお元気で」

「たくさん食べて、たくさん遊んで、勉強も頑張ってね。みんな元気に育ってね」




そこを去って、翌日はミズーリ子爵夫人へ挨拶に向かう。

彼女はまだ教師を続けていた。

ダリアのような、優しい女の子を増やしたいそうだ。


「頑張って学べば、素敵な淑女になれるわ。素質は十分にあるもの。そう、その調子よ。良くできてる」

微笑んで生徒を褒めると、生徒も微笑んで、さらに学習を進めていく。

「ありがとうございます。ミズーリ子爵夫人」



「さすがですね、もう1人のお母様。今まで私を支えてくださり、ありがとうございました」

「え、ダリア? まさかね」


気配に気づいてくれたようだ。

私はカーテシーをし、お元気でいてくださいと言ってその場を去った。お母様も、「娘を大事にしてくれて感謝します。さすが我が友」と微笑んでいた。



エルダお母様の両親、私の祖父母の所へ。

お母様は亡くなった時より老けた2人へ、懐かしそうに優しく微笑んでいた。


「ダリアもエルダも、先に逝ってしまったわね」

「ああ、でもお前は俺より長生きしてくれよ。俺は寂しいのは嫌だからな」

「あら、でも。私がこれ以上老けたら、あなたは天国で私を見つけられないわよ。そんなの嫌だわ、やっぱりあなたが長生きしてください」

「大丈夫だ。どんな姿でもきっと見つけるから、絶対に!」

「あらあら、本当かしら。ふふっ」


夫婦仲は健在である。

(ダリア)は、カーテシーをしてお元気でと伝えた。

エルダも長生きしてくださいねと、笑顔でカーテシーをした。





ダリアの幼い時から文通していた友人(従姉妹)達と、教会の神父さんへも挨拶を終えた。使用人や領民全員には会えないから、その方向へ向かって礼をした。

「お元気でいてください。良い人生をおくれますように」



そして最後に、シュリジアの元に向かった。

一生懸命に生き生きとしている彼には、なかなかお別れの挨拶ができずに居座って様子を眺めていた。


彼は住んでいる国を旅して、最後に一番貧困と言われるジャンガジェに到着した。鉱山が取りつくされ残った、他に産業のない噂通りの貧しい地域だった。


畑も土地もあるが、田舎過ぎる山村は人がいつかず、そこにいるのは瑕疵のある流れ者ばかりだった。その流れ者の子も貧しく、山賊や盗みで生計を立てる者ばかり。


弱い子供は、死ぬばかりだった。


そこにシュリジアは訪れた。

村の真ん中に孤児院と教会を立てる為に。


一応顔役の厳つい男ガルマがシュリジアの前に現れて、何が目的だと威嚇する。ここに住む者は、誰かに騙されたり陥れられて傷ついた者ばかりだ。よそ者等信じない。


シュリジアはそれでも言葉を尽くす。

「受けた恩を返すために、ここに来たんだ。手伝って欲しい」とガルマに頭を下げる。


ガルマは一応納得を見せた。

そして土地代として相場の倍額をシュリジアに要求し、シュリジアは金を渡す。


「じゃあ、よろしくな。ガルマ」



翌日、そこに簡単な小屋を作り、シュリジアは住み出した。

近くの村から、大工を数人連れて建物を建てていく。

木材は山村にあり、ガルマが仕入れてくれるので、大工は次々に組み立てていく。

食料も大工が持って来てくれるのを購入していた。


治安が悪い土地に来たがる大工は少ない。

それでも、シュリジアの熱意に負けて来てくれた。

5名の屈強な体の者が集まった。

シュリジアも危険手当てと言うことで、金を上乗せして支払う。


そして危険が少ないように、明るいうちに帰ってもらうようにした。


今は木材を購入したり、孤児院を建てている最中だ。

金が村に入るうちは安全と考えても良いだろうが、油断は禁物だ。


そうこうしているうちに孤児院と教会が完成し、その日にガルマ達が俺達に襲いかかって来た。


「命が惜しければ、有り金置いて出ていけ」と。


約束が違うと言えば、信じる方が悪いとにやけた。


俺は大工達を後ろに退かせ、余っていた廃材でガルマ達7名を叩きのめした。勿論殺してはいないが、骨くらいは折れただろう。


「覚えていろ」と、捨て台詞で去るガルマ。


俺は孤児院と教会に鍵をかけて、大工達を送っていく。

「あんた大丈夫か? あんな危険な場所で孤児院なんて」


心配してくれる良い奴らだ。

だから安心させるように俺も言う。


「ああ、大丈夫。俺は元傭兵だ。ここに来たのは、命の恩人に恩を返す為なんだ。子供達を助けてやって欲しいってさ。だから俺は、絶対に負けないさ」


「そうか、わかったよ。何かあれば力になる。俺はタクローだ」

「おれはシュリジアだ。よろしくな」


俺の決意を理解し、食料や衣類の配達を冒険者ギルドに依頼してくれると約束してくれた。正直、店がない場所だから、それが一番助かる。


「ありがとうな」

「おうよ、良いってこった。あんたは金払いも良いし、危険からも守ってくれたからな」



そして俺は山村に1人で戻り、翌日に食料や布団とかを運んで貰ってから孤児院を開始した。

開始と言っても、行き倒れとかひもじそうにしている子供を、次々連れて来て孤児院で飯を食わせるだけだ。


最初は警戒していた子供も、飯を食って風呂に入って布団で寝たら懐いてきた。


もっと警戒しろと言ったら、殴らないでご飯くれるのは良い人だと言って聞かない。後で聞いたら照れ隠しだったらしい。

解りづらいよ。



それからも子供を拾ったり自分から来たりと、それなりに子供は増えた。山で薪を拾って、畑を耕し種を植える。時々山に行き、サクッと猪を狩って食事に出す。


子供にはできる手伝いをして貰った。

年長者は、自然と年下の子の面倒を見るようになった。


きちんと食事をしているせいか、みんな成長が早い。

以前の面影もなく表情も良くなった。


そんな子供に目をつけて、悪事に巻き込んだり売ろうと近づく奴らもでてきた。俺は食料を運んでくる者に、冒険者ギルドから2名を依頼して来て貰うことにした。


折角育てても、拐われたら困るからだ。

もうこいつらは、俺の家族なんだ。家族は死んでも守るさ。

大事な人を守れないのは、とても辛いことだから。



そうして、傭兵経験者の夫婦が来てくれた。

女の子供も1人いて、俺のやっていることに賛同してくれた。


「親のない子は辛い。俺達も親がいなくて、死ぬ気で傭兵をやっていた。きっとあんたもだろう」と。


だいたい同じようなものなので頷く。

暗殺者だけどね。



そして案の定、子を拐いに来た男達を返り討ちにしていく。

最初はギルドでの依頼だったが、仕事でなくここに住んでくれると言う。俺は何もないとこなのに良いのかと聞く。


「子供も畑もあるだろ? 山の獣も狩り放題だし」

気を使わせないように、茶化して言ってくれた。

20歳にもならない俺が、ここで1人なのを心配してくれたんだろう。


俺は泣かないように、「ありがとう」と答えた。

夫婦とそれにつられた娘も、うんうんと頷いてくれた。



この親切な親子を不幸にしない為、俺はガルマの所に乗り込んだ。勿論傭兵夫婦には内緒で。

元は鉱山関係者が住んでいた薄汚れた古い建物に、30人くらい奴の仲間がいた。


「取りあえず俺は、あんた達より強い。今までの鬱積もあるからまずは倒させて貰う」


「馬鹿言うな」

「殺すぞ」

「いや、可愛い顔してやがる。男娼にでも売ろう」

「そりゃあ、良いな」


一斉に襲いかかるならず者達。

俺は痺れ薬や飛び道具等も使い、急所を打ちのめしながら前に進んでいく。

肌で強さを感じた奴らは、後退するも関係ない。

全員満遍なく、1、2箇所折っておいた。すぐに報復に来られても面倒だ。


そんな阿鼻叫喚の中、リーダーのガルマが声をあげた。

「それだけの腕があって、なぜ殺さねぇんだ。生かす方が難しいことは、俺にだって解る」


その問いに俺は答える。

「俺はある人に、人として生かされた。それからは殺さないと決めたんだ。まあ、時と場合によっては仕方ないけどな」


なんか恥ずかしくなって、にやけてしまった。

あつく語って恥ずかしい。でも本心だから偽れない。


「あんたはすごい。死線を潜った無駄のない動きだった。本気なら既に俺は死んでる。そんな奴に挑んだ俺は大バカ野郎だ」


思わぬ人物からの賛辞に狼狽える。

「解ってくれた? じゃあ、もうちょっかい出すなよ」

「それは絶対に誓う。こいつらも解ってると思う。…………なあ、俺もあんたに協力させてくれないか?」

「おっ、おお。頼むぜ!」


まさかの逆協力要請。

人手はいくらでも欲しい。

まあ、任せてみるか。駄目なら打ちのめすだけだし。


そんなこんなで、畑の開墾はガルマ達に任せた。


あの場所にいた奴はガルマ派と、別のもっと邪悪な派閥があったみたいで、場所だけ共有してたらしい。


邪悪派はめげずにかかってきたが、それをガルマ達が打ちのめしてくれた。それからは邪悪派は見ていない。もうガルマは自分達に協力しないと思ったからだろうか? 他にも何かあったんだろうか? 俺には解らない。けど、そこから治安は少し良くなったんだ。


最初は警戒していた子供達も傭兵家族も、畑を真面目に耕し作物が実った頃、何とか和解したのだ。



山村に収入源ができたことで、教師を雇い、商店ができ、やっと普通の村に近づいてきた。小さかった孤児も5年もたてば成人になった。俺とあんまり変わらない年だったんだなと驚く。まあ、出会った時は死にそうだったしな。年下に見えても仕方ないよな。今ではガルマと一緒に、町へ野菜を運んで商店に卸している(山村の商店は生活雑貨を扱っている)。


そんな時、川に女性が流れ着いた。

最初は息が無くて、胸を圧迫して頬を叩いたら咳き込んで生き返った。

「ごほっ、ごほっ」

起き上がろうとするけど、力が入らないようだ。


「無理すんな、まだ寝とけ」

俺はその人(女性)を膝枕し、まだ安静にしてろと声をかけた。


「それよりどっから来たんだ。こんな辺鄙なとこに」

「ええと、この村で教師をする為に山道を歩いて向かっていたら、山賊に追いかけられて崖から落ちてしまって」

「よく生きてたな。運がいい」

「ええ、まあ。ふふっ」

 

「後、その山賊に会った場所教えてくれ。きっちり絞めなきゃならないから」

そう言うと、ちょっと悪い顔になるシュリジア。


「解りましたわ。頑張ってください」

「?」

(ああ。だめよ、私。余計なこと言っちゃ。不思議そうにしているじゃない)

 



シュリジアから離れない霊体のダリアに、エルダは神様からの提案を伝えた。

本当はこの話をせず、挨拶をしたら一緒に天国に戻ろうとしていたから。


ダリアは最悪の状況だったとは言え、自殺のようなものだ。

だからすぐに生まれ変わるのではなく、数百年神様の手伝いをする必要がある。それでも天国は良い環境だ。あっという間に時間は経つ。


もう一つは亡くなりそうな人に入り、その寿命を生きる。文字通り天寿の全うである。


エルダは死にかけの人に入ることは、賛成しなかった。

一度死んだダリアに、苦しい思いをさせたくなかったからだ。


でもここから離れないなら、一応話しておくべきだと考え伝えた直後にこの状況だった。


「お母様ごめんなさい。私、シュリジアの傍で生きてみたい」

ダリアの表情は輝いていた。


それを止める術はない。


「行きなさい。幸せになるのよ」

「はい、ありがとうございます。大好きです、お母様」

「私もよ。愛してるわダリア」


その後、溺れて亡くなった女性に憑依したのだった。

途中から別の魂が入る際、すぐまた死なないように蘇生処置で回復魔法が作動するそうだ。そうでなければ生き返れないしね。



「そうだ、あんた名前は?」

「私はダリア。ダリアです」


シュリジアは、一瞬目を瞬く。

そして、良い名前だと微笑んで呟いた。

ダリアは生前の記憶を持って、ここにいる。

それにシュリジアは気づくだろうか?


シュリジアの感覚は、人より優れているけど。

どうかな?



ガルマは、グレる前は腕の良い彫物師だったそうだ(兄弟子に嫉妬され、追い出された過去を持つ)。

丁度良いと、シュリジアは教会に設置する女神像を依頼する。

生前のダリアの姿を紙に移し、それを元に等身大ダリア像の出来上がりである。



それに祈りを捧げる度に、生きているダリアを横目ににやつくシュリジア。顔を手で覆うダリア。



むむむ………………そうだよねぇ、そう思うよねぇ。

気づいているよね。




エルダは残してきた幼いダリアを心配し、ダリアの天寿を見届けるまで転生せず待っていた。共に転生するつもりだったのだ。

ダリアが神様の手伝いを終えてから、やっと2人で転生する予定だったのに(あくまでもエルダの予定です)。


まあ、子供は親の言う通りになんて動かないしね。


「さようなら、ダリア。私は先に行くわね。元気でね」

そんな彼女は、ダリアの子供として生まれてくることになるのだが、それはまだ先のお話なのだ。





さらに月日は流れて―――――――――――


ダリアが幽体で地上に降りてくる時間や、シュリジアを見守っている時間を合わせると5年は経過していた。そして再び出会ってからさらに3年が経過した。


ダリアの新しい体はシュリジアより年下で、最初から息がぴったりの兄妹のようだったが…………………


共に教会で暮らす内に、シュリジアからのアプローチを受けるようになったダリアは、息子のようだと思っていた昔の関係性から変化が生まれていた。


今のシュリジアは背も高くなり、がっちりとした体躯になっていた。精悍な顔つきは誰が見てもイケメンである。


それに…………………

毎日毎日、好きだと告白されるようになり、

「初めてあった時から、ずっと好きだった」と言われれば、

免疫のないダリアは屈してしまった。

言いかえれば、好きになってしまったのだ。

………………でもきっと、霊体の時から離れがたかったのは、もう好きだったのかもしない。その愛がどんな形かは解らないけど、かけがえのない人なのは確かなのだから。




そしてまた数年が経過し、今の二人は夫婦になった。

二人で孤児院を経営し、ダリアも勉強を教えている。

笑い声が堪えない明るい場所だ。

この地域の孤児は減り、今では町の子も預かる程余裕ができた。

貧しい山村は豊かな農村地帯になり、猟も盛んで飢える心配だけはない。これから、もっと豊かになるだろう。



季節は巡り、小さな野の花が大地一面に広がっていた。

暖かい風が頬を撫でる今日は、ピクニック日和。

とは言っても、庭でサンドイッチを食べているだけなのだが。



今日も愛を囁くシュリジアが、膝をつき貴族風に手の甲に口づけを落とす。

「もう、シュリジアってば、いつもからかってばかり」


その後に続き、幼い男の子も真似をして手に口づけをする。

「まあ、ジーニアまで真似して。これは大好きな女の子にする行為なのよ」

「かあさまのこと、だいすきだもん。あってるよ」


ニコッと笑う我が子は、最強に可愛い。

昔のシュリジアそっくりだ。


でも照れながら、ダリアも小声で囁く。

「いつまでも、笑っていてね。

             大好きよ、二人共」


聞こえないと思っていたのに、大きな声が響き瞬間に抱きしめられた。

「ジーニアより、俺の方がダリアを好きだ。愛してる!」

「ぼくのほうがすきだもん」

「俺はもう、結婚してるもんね」

「ぼくもするー」

「だめー。1人しかできないの」

「ずるい、とうさま。うわーん」

本気で息子を泣かす、大人げないシュリジア。


周囲の人全員にその声が響き渡る。

みんな、またかと呆れていた。

その後にシュリジアが怒られたのは、言うまでもない。


「もう…………恥ずかしいんだから。少しは大人になってください」

「やーだね。格好つけたら、好きだって叫べないだろ?」

「………叫ばなくても、愛してますから。二人だけの時に伝えてください」

顔を真っ赤に染めるダリア。

「えっ、ダリアから愛してるって言われた。やったー」

「ずるい、ぼくも」

「勿論、愛していますよ。可愛いジーニア」

「わーい」


愛する人達の隣で、満面の笑みを浮かべているダリアだった。



追加や修正を重ねていると、いつの間にかたくさん評価をいただきました。


12/23の朝見ると、まさかの日間ヒューマンランキング3位でした。ありがとうございます。とても嬉しいです(*^^*)


 誤字報告ありがとうございます。

大変助かります(*^^*)

 

まさかの日間ヒューマンランキング2位でした。

過去最高順位です。ありがとうございます(*^^*)

評価0の作品もあるので、この評価と順位には本当にびっくりしています。

私も好きなお話なので、楽しんでいただけたなら嬉しいです。

ありがとうございます(≧∀≦*)


19時27分

今、ランキング見たら、なんと1位でした。

夢のようです。ありがとうございました( ≧∀≦)ノ

一瞬、「えっ」となりました。本当に嬉しいです(*^^*)


12/24 昨日よりランキング1位が続いています。

たくさんの方に読んでいただき、ありがたいことです( ´∀`)



1/2 ヒューマンランキング。四半世紀見てみたら40位、月間12位、週間6位でした。

ありがとうございます(*^^*)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 涙腺が緩むお話でした。 最後の展開は良かったと思います。
[気になる点] 母、もしかしてTS転生ですか? ……それはそれで面白いw
[一言] この話、読んでるうちに泣けて泣けて目が腫れました。 鼻水出るし、ハンカチ握りしめて読んでる私を隣の同僚がうさんくさそうな顔でチラチラ見てるのが視界の端に移ります。 こういう話は職場で読むもの…
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