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エピローグ その二(終)

「泣き虫ヒーロー、かぁ」


 トボトボと買い物袋を抱えながら帰途の道をいく。


 その間でも、「泣き虫ヒーロー」と言葉が聞こえてため息をついた。


 あの日、エリーが俺に向かって言った泣き虫ヒーローという言葉。


 その名前を、今回のエメラルドドラゴンから街を救ったとして人間の「二つ名」として公表し。


 更に、あの日から一週間グランさん達からマコトではなく、泣き虫ヒーローと呼ばれる事が今回の俺の罰だった。


 罰というのには随分優しいと思うのだが、これ、地味にきつい。

 

 何せ、俺の事を知らなかった人間ですらグランさん達が様々場所で「泣き虫ヒーロー」と口にするもんだから、それを聞いた人達は「ああ、あれが噂の……」と俺=泣き虫ヒーローという認識をしていき、公表からわずか一週間で俺は街のほぼ全ての人間に「泣き虫ヒーロー」呼ばれる羽目になってしまったのだ。

 

 だから、どこにいっても泣き虫ヒーロー。

 

 その名前が途絶える事無く聞こえてくる。


「……エリーの事を考えたら、これぐらい、耐えないといけないんだけど」


 今回、ギルドは「ハンターがドラゴンの子供を連れ出し、そこから逃げ出したドラゴンの子供が街へと逃げ延び、そこでドラゴンが現れて、街の人間を襲った」事件のあらましを街の住人へそう公表した。


 これはつまりエリーがした事を全て伏せた。ということ。


 どんな理由であれ、そうでもしないと。グランさんの言った通りになりかねない、ということらしい。

 

 エリーのした事が間違いではない、けどそれで納得しない人間がエリーに何かしないとも限らない。そのための措置。


 その措置を可能としたのは、グランさん達。


 彼らがこの事件の真相を調べたのは、原因の全てをそのハンターの仕業だと、納得させるためだったらしい。


 その情報をギルドに提出し、そして様々な口利きを行った結果。


 エリーの事が触れ回るような事態にはならなかった。


 更に。


「まさか、戦ったみんなが口を合わせてくれるなんて」


 あの場にいた冒険者達や、守衛達。


 彼らはみんな、エリーがエメラルドドラゴンの子供を保護した事、それによって、エメラルドドラゴンがこの街へ襲い、そして自分達が戦い傷ついた事を知っている。


 けれど、グランさん達が説得するより前にーー。


『あのビビリが、命を張ってまでやり通した事を、俺らがぶち壊したら、それこそ俺達は自分達が冒険者だって誇れなくなるだろうが』


 ーーそれを、俺を馬鹿にし、そしてドラゴン相手に奮闘したあの男が言ったそうだ。


 そして、その言葉に、みんな納得した、とそう言う事らしい。


『あいつは、口は悪くて、態度もでかくて、度々問題を起こす困った人間だけどね、それでもこの町で一番冒険者に対し誇りを持ってる。そんな人間がそう言ったのなら、同業者として反対することなんて出来なかったんだろう』


 その男を知る、グランさんはそんな事を言っていた。


 やっぱり、悪い奴じゃないんだな。


 そう思った時に。


『それに、泣き虫ヒーローという二つ名を街の奴らに広めるで 嬢ちゃんの事をバレないようにするってのは、聞いていて面白れーし』


 そんな事も言っていたよ、とニコニコとして言われたので。


 ちくしょうっ。


 そう思ったのはここだけの話し。

 

 とにもかくにも。

 

 泣き虫ヒーローが広まったのは、俺に対する罰と、その部分をあえて強調する事で。

 

 エリーがした事を街の皆に勘付かせない。

 

 そう考えれば、悪くないことなのだと思う。


「マコトさん?」


 俺が考え事をしている最中。名前を呼ばれて振り向くと。


「ルナさん」


 そこにいたのはルナさんだった。


「買い物、ですか?」


「うん、まだクエストは駄目って言われているけど、それでもちょっとずつ慣らして行こうと思ってさ」


「そうですか。まぁ、無理はなさらぬように」


「うん」


「……」


「……」


 軽く言葉を交わした後、お互いに喋る事がなくなり、沈黙する事に。


 き、きまずい。


 元々、仲が良いとはいえず、好意を抱いているのはあくまで俺のみで、彼女から見れば俺は主人の息子の連れという、言ってしまえば友達の友達みたいなポジションだ。

 

 感情を見たところで


【思案】といったものしか見えず。


 つまり、何を考えているのかわからない。


 元々彼女に会う回数はそれほど多くないし。


 それに。


 あの事件の後、ルナさんは俺の見舞いに訪れたそうだが、その時俺は夢の中。

 

 俺が意識を覚醒した後は、俺は自分の体を動かす事をメインにしていたので、彼女に会いに行く事もせず。

 

 俺からしてみれば彼女に会うのはあの時。

 

 エメラルドドラゴンが現れ、彼女が助けを求めて懸命に走っていた頃に出くわした時以来となる。


 そのため、あれから時間が経っている事も相まって、本当に何を言っていいのかわからなかった。


「え、えーと」


「名前、広まってますね」


「えっ」


「泣き虫ヒーロー、ですよ」


 ……俺、泣いてもいいかな?


 いくら話題がないからって、その名前を話題に持ち出されるとか。


 地味に心が折れそうになる。


「はい、まあ、ええ」


 俺が、落ち込むのを見て。


 いつも俺に対して表情を崩さなかったルナさんが。


「ふふっ」


 この時、俺の前で始めて笑った。


「……」


 一瞬幻覚でも見たのではないかと、自分の目を疑う。


 だって、無表情から変わっているだけでも驚きなのに。


 その笑みは俺を馬鹿にする類のものではない。

 

 微笑ましいものを見るような目。

 

 振りまく感情の色も。


【親愛】


 まだ、それは生まれたばかりで。エリーやグランさん達のように濃くはっきりしたものではない。


 けれど、その色は確かにルナさんが発している感情の色。


 ルナさんが俺に向けているものだった。


「あなたは不服かもしれません。実際まだ情けない、そう思うところもありますが。けどそれでも、あなたが震えながらでもやり遂げた事を考えれば、その名前はぴったりかもしれませんね」


「えと」


「だから、ええ。一つだけ以前の言葉を撤回しましょう。あなたはきっとそのままでいい」


 それは多分ギルドで言った「冒険者ならば、もっとしっかりしなさい」といった事だと思う。


「冒険者の中でも、一人くらいあなたのような人物がいてもいいでしょう。恐怖に駆られても、決して折れる事なく、優しさを持ち続ける、そんな冒険者も」


「……」


 夢かな?


 俺に向かって優しく微笑むルナさんがそんな事を言っている。


 夢でなければ、俺今日か明日死ぬんじゃないだろうか。


 あまりにもあり得ない展開が訪れているから。


 だから、その反動がくるのでは? なんてそんな馬鹿な事が頭に浮かぶ。


「じゃあ、私は仕事がありますので。これで」


「あ、はい」


「では、また」


そう言って、頭を下げ屋敷へ向かって歩いていく。


 その姿を少しの間、呆けたように見つめ続けて。


「初めて、この二つ名で良かったって思えたかも」


 ぽつりとそう呟いた。 

 






 ルナさんと別れ、廃教会へ戻り、買い物した荷物を置いて。


 俺は散歩がてら、街から少し外れた草原へとやってきていた。


 ここは、魔物が訪れる事がないので。安心して出歩ける場所の一つ。


「んー」


 辿り着いた後大きく伸びをして、ごろんと横になる。


 そして空を仰いだ後目を閉じた。


 あー気持ちが良い。


 そう思って、ただ時間の流れに身を任せることに。


 正直、誰かに会う度に泣き虫ヒーローと呼ばれる事に疲れてしまい。


 静かな場所で過ごしたくなったのだ。


「しっかし、我ながらよく生きてもんだ」


 目を瞑り今回の振り返って、エメラルドドラゴンと戦い生き延びた。

 

 これは、本当に凄い事だと思う。

 

 それは、俺の実力が高いとかそんな事ではなく。

 

 偶然が重なり、運よく生き延びることができた。

 

 その結果に対して思った事。

 

 何度思い返しても、俺の実力でどうこうなる範疇ではなかった。

 

 だから、運が良かったとそう思っているのだが。


「勇敢な戦士、か」


 エメラルドドラゴンは俺をそう評価した。


 その台詞を思い返して、ポケットにいれたあの時の結晶を取り出す。


 緑色の結晶の正体はエリーが行っていた通り【竜の涙】と呼ばれる代物で。

 

 その正体はあのドラゴンの魔力が圧縮された結晶体なんだとか。

 

 これはエメラルドドラゴンが造りださなければ得られないモノらしく。

 

 ドラゴン素体よりも更に希少。


 しかも、この結晶。万能らしくて。


 武器や防具の素材として使う事が出来る他に。魔法を繰り出す魔具としての素材にもなり、又オーラや魔法のブーストに使う事ができる、とんでもないものらしい。


 単純に売れば一生どころか、何回も人生やり直しても尽きることのない莫大な金を得る事も可能だそうで。


『とりあえず、持っている事を周りに悟られない事』


 アンメアさんに言われたので素直に頷き。

 

 これを、どうしたらいいか?

 

 そう相談したら。


『それは、自分で決めなさい』


 アンメアさんだけでなく全員に言われた。相談にはのるが、それを認めて渡されたのは、あくまで俺だから、どうするのか良く考えろと。


「すぐに、答えは出せそうにないなー」


 ぽんと渡されて直ぐに使い道が決まる類のものではないので、現在保留とし、こうして肌身離さぬようにしているが。


 さてさて、どうしたものやら。


 ちなみに、エリーはというと。


『お守りにして持っておきたい』

 

 そう言っていたので、ミレーナさんとアンメアさんが現在合同で身につけるタイプのモノを作成中、とのこと。


「あー、やめやめ。今はただ穏やかに過ごしたいだけなんだから。だから一旦考える事はやめて昼寝でも――」


「お兄ちゃーん。泣き虫ヒーローのお兄ちゃーん」


 意識を手放そうとしていたところで、俺を呼ぶ声がしたので、目を開け声がした方を見れば、こちらに向かって走ってくる姿が。


「泣き虫ヒーローのお兄ちゃん、一緒に遊ぼう」


 ぶんぶんと手を振って、満面の笑みを浮かべる姿は、いつもと変わらず。


 それに微笑ましさを感じつつも、俺はエリーに向かって言った。


「エリーさん。お願いですから、お前くらい名前で呼んでくれませんか?」


 正直、その名前は好きじゃないんだよ。


 そう思っても。


「えー私、この名前好きなんだもん」


 彼女は頬を膨らませてそう答えた。


「だから私はお兄ちゃんの事をそう呼ぶの。私が大好きな泣き虫ヒーローのお兄ちゃん」

 

 そして、そんな笑顔で言われてしまえば。納得こそしてないものの。それ以上何も言えなくなり。


「わかったよ、仕方ないから諦める。っで、遊ぶんだろ。何するんだ?」


「うーんと、えーと」


「いいよ、ゆっくり考えな。今日は別にする事もないし、好きなだけ付き合うさ」


「うんっ。ありがとうっ」


 そう言って、あれこれ悩むエリーを眺めて、俺は思う。

 

 泣き虫ヒーロー。

 

 そう呼ばれることは、決して喜ぶべきことではない。

 

 でも。

 

 それは、俺がエリーを守り抜いた結果の証だというのなら、ほんの少しだけ、悪くないと思う。

 

 ただ。


 その呼ばれ方をいつまでも続かれるのは嫌なので。



――せめて泣き虫は、卒業したいなー。


 

 そんな事を、穏やかな時間、エリーと過ごす中思うのだった。






 異世界から来た少年が泣き虫ヒーローと呼ばれ。

 

 最初は、一つの街で広まる程度のものだったが。

 

 次第に彼とその仲間達が数多くの困難にぶつかり、解決していく中で。

 

 その名前は徐々に広まっていくことなり。

 

 最後は世界全てに行き渡って。


 後に後世まで語り続けられる事となる。


 彼はどんなに怯え、振るえ、涙をこぼしても。

 

 決して折れる事無く、どんな困難も乗り越えて。


 最後はその笑顔で多くの人を惹きつける。


 だから皆は親しみをこめて呼ぶのだ。


 私達の英雄、泣き虫ヒーローと。



以上を持ちまして、本作品は終了となります。


今回色々な事に挑戦し、拙い部分や、至らない部分が多々あったと思いますが、最後までお付き合い頂きまして、真にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公のマコトが感受性が高く、魔物と戦うのも恐怖心を抑えきれず、冒険者たちからからかわれることになってしまうの、辛いですね。 でも、エリーがいて「震えながらでも、守りたい者は守れる人間には…
[良い点] とてもいい話で面白いし少し感動ところもあったので良かったです
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