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3話 泣き虫ヒーロー その二


 俺が直接エメラルドドラゴンと相対する頃には拘束は解け掛かっており。


 後一分も経たない内に、再びエメラルドドラゴンは襲い掛かってくるだろう。

 

 そのためそれに対抗するべく、俺は自分の腰に帯びた剣の柄に触れる。


【忌々しい魔法も、直ぐに解ける。そうなれば、あの子供を含め辺りの人間を殺しつくしてやろう】


 構えるより先に。頭にそんな言葉が浮かんだ。


 唐突の出来事に驚くが、これがエメラルドドランゴンが人間と意思疎通するための方法なのだと理解した。


「ちょっと待て、エリーは別にお前の子供をどうこうしようとはしていない。むしろケガをしていたお前の子供を助けようとしていたんだぞ?」


【下等の種族の言葉を信じろと? お前たちはいつも平気で嘘をつく。わが身可愛さに同じ種族の者を平気で差し出すこともやる。そんな種族の言葉をどうして素直に聞く事ができる】


 会話をするならと言葉をかけるが、まるでこちらの言い分を聞こうとしない


 理性はあっても、【殺意】が消えたわけではなく。


 むしろ、自分の子供が帰ってきていない事に、更に怒りを募らせているようだった。


【わが子を、帰してもらうぞ】


「……一応言っておく、子供は帰す。元々そのつもりだったからな。けど、今お前を連れて行っても、お前は俺たち人間を殺す気満々みたいだから、帰すのは、お前が落ち着いた後だ」


 剣を抜き、両手で握りしめて構える。


 言葉で止まらないなら、相手が落ち着くまで付き合わなければいけない。


 そのため、時間稼ぎのためにドラゴンに戦いを挑む。


 体の震えで、剣を取りこぼさないように、キツク、キツク剣を握りしめて。

 

 そして。

 

 魔法陣が消失して、剣を振り上げようとした直後。

 

 全身に衝撃。


「――がはっ」


 吹っ飛ばされた感覚と、全身に激痛。


 何が起こったのかすら理解できず、外壁に叩きつけられた。


 それを理解したのは、叩きつけられて少し経った後。


「ごほっ、ごほっ」


 痛みと、空気を無理やり吐き出されたことで、咳き込みながら前を見れば、ドラゴンは一歩も動かずに鎮座していた。


【今ので骨を砕いたと思ったが、なるほど。今までの人間と違い多少頑丈のようだな】


 俺がよろよろと立ち上がるのを見て、驚いた様子もなく。


【では、次だ】


 その台詞きいた瞬間に、俺は前へと跳んで。


「なっ!」


 先ほどいた場所の外壁は抉り取られた。


 何だそれ、と思う間もなく、又俺は後ろに吹っ飛ばされ、今度は意識していたせいか、外壁に叩きつけられることなかった。


 両足で外壁を蹴って押しつぶされるのを回避し、反動で地面に向かって跳ぶ。ただ前に飛べば先ほどの攻撃にやられると思い、真横に跳んで、奇を狙う。


 それが功を奏し、衝撃がくる事はなかった。


 だが。


【速さも先ほど達の人間よりは速いか。では今度はこうする事にしよう】


 今度はピンポイントで狙うのではなく、俺がいる周辺に衝撃が放たれた。


 俺の移動に関係なく叩きつられる衝撃に為す術はなく、又も外壁に叩きつけられる。

 

 今度は避けようと体勢を変えていたせいか、背中からではなく、頭からたたき付けられ、一瞬意識が跳ぶ。


「……く、そっ!」


 倒れる途中で意識を取り戻し、襲いくる痛みと吐き気を押さえつけながら踏みとどまるが、視界が揺れて、並行感覚が狂わせて真っ直ぐに立つ事ができない。


 それでも、何とかしようと必死に前を見据えるも。


 今度は何も出来ないまま、外壁に叩きつけられるのではなく、地面に押し潰された。


「な、んだ。これ、はっ」


 何をされているのか理解できないまま、圧力はどんどん強くなる。


 逃れようともがくが、圧力から逃れることはできず、それどころか体に地面に食い込んでいき、体が悲鳴をあげる。


 先ほどから、何が起こっているのかすらわからず、地面に押しつぶされた状態で、エメラルドドラゴンの方へと目をやれば。


【先ほどから、大層な言葉を吐くからどれほどかと思えば、くだらん。まるで大したことがない】


 呆れた物言いのまま、此方を見据えるドラゴンの姿があり。


 その紫色の瞳が怪しく光っていた。


 これは、魔法かっ。


 今かかっている圧力に呼応するかのように瞳が光っているのを見て。


 不可視の衝撃全てが、ドラゴンによって生み出された魔法だと気付く。


 今まで、魔法を見る機会が何度もあったが。


 こんな風に、意思一つで発動するものなんて見た事もなかった。


【もういい、死ね】


 ドラゴンの言葉が脳内に響き渡った後、ドラゴンの目の輝きは増す。


 圧力が更に強くなって、体からビキビキと嫌な音が聞こえ出して。


 このままでは、殺される。


 そう思って、一か八かの賭けに出ることにした。


 まだ、戦闘では一度も使ったことがない、いや使うなと言われているモノ。


 それは――――。







『魔法を使ってみたいー?』


 異世界に来て実際に魔法について見聞きし、やはり自分も使ってみたいと思うのは、何も可笑しなことではないと、そう思ってパーティの中で魔法使いの職業に就いているミレーナさんに尋ねると。


『無理―』


 ばっさりと切り捨てられた。


『えっ、本当に?』


『うん、本ー当ーにー』


 わずか数秒で夢が壊れるとは思わずにがっかりとしていると、ミレーナさんはこんな事を言い出した。



『マコトはー、魔物や魔法がない場所から来たんだよねー?』


『そうだけど……』、


『じゃあ、お姉さんが特別に色々教えてあげるねー』


 ミレーナさんそう言って色々説明してくれた結果。


 なるほど。

 

 確かに今の俺が魔法使う、というのは不可能のようだ。

 

 魔法を使うために、覚えなければならないこと。

 

 知識や技術、経験。

 

 才能の有無で差はあれど、どんな人間でも使えるまでにはそれなりの時間がいる、というがミレーナさんの説明で理解できた。


『だから、マコトが魔法使いたいって言うなら、それを教えてもいいんだけどー、マコトの場合それよりもまず覚えた方がいい事があると思うなー』


『覚えた方がいいこと?』


『うん、魔法よりも時間がかからずに覚えることができて、使えるようになったら、絶対これから約に立つことだねー』


 なんだろう? と思いつつ言葉を待てば。


『それは、オーラ(生命力)の使い方だよー』







「ぐっ、あ、がぁぁあああああ!」


 ミレーナさんのやりとりと、その後に教わった使い方、それを思い出しながら、再度圧力に抗う為に全身に力を込める。


 無論、それだけでこの圧力に敵うわけがない。


 だから、使うのはそれだけでなく。


 ミレーナさんから教わったオーラ。人体の持つ不可視のエネルギー。


 普段はあることすらわかっていないものを、意識して。


 体内に留まり、わずかながらに漏れているとされているものを認識し。


 留まっている全てのエネルギーを自分の意志で、自分が今出せるありったけをっ。


 今、解き放つっ。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」


 直後、全身が沸騰するのではと思えるくらいに熱くなった。


 重圧は消えないが、迸る熱気に伴って力が漲り、不可視の圧力を押し返すようにして、俺は立ち上がった。


 そして、押し潰された状態のまま、俺はエメラルドドラゴンの向かって跳ぶ。


【なっ】


「あぁぁぁぁぁぁ!」


 相手が驚く中、構わずに一直線に向かっていく。


 自分にかけられた圧力が解けぬまま、向かう途中で何度も衝撃派が襲うが全部無視。


 吹っ飛ばされそうになる度に、地面を踏みしめ吹っ飛ばさそうになるのを堪え、叩きつけられる衝撃に胃の中身を持ってかれそうになっても、衝撃で剣を振り落としそうになっても、衝撃を受けるたびに全身が悲鳴を上げたとしても。


 全部っ。無視っ。


 何せ、オーラを使う、なんて言っているが。


 俺は只、自身のオーラを解放する術しか知らない――







『まずは、自身のオーラを知覚して、解放する。その感覚が当たり前になるまで、それを繰り返す。今まで認識していなかったモノがそこにあると自覚できるまで、ひたすらにそれだけを行うんだ。その時、変にコントロールしようと思わない事。あるかどうかもわからない内に、そんな意識でやっていては身につかないからね』


 ミレーナさんの説明を受け、オーラの指導役にと連れてこられたグランさんが俺に言った言葉。


『オーラを解放する感覚優先って事?』


『そう、それを繰り返していけば、解放していなくてもそのエネルギーの知覚ができるようになり、そして知覚できれば、意識一つでエネルギーの操作ができるようになる。そうなれば、ただ解放した時よりも様々な事ができるようになって。それは君の力になるはずだ』


『へー』


『とはいえ、解放するだけでも身体能力は格段に向上するけどね。無意識で垂れ流しているだけでも、常人より遥かに高い身体能力を得ているわけだから、それを全力でやれば、そこらの魔物なんてまるで相手にならないだろう』


『すげー』


『とはいえ、全力で解放すれば、そのエネルギーはすぐに枯渇するだろうし、それにオーラは生命力だからね。それを使いきればどうなるかわかるかい?』


『……動けなくなる?』


『まあ、そうなるねー。枯渇すれば、生命活動が停止するわけだから、動けないのは当然さ』


『えっ、ちょっと待って、それって動けないっていより、死――』


『うん、その通り』


『……』


『だからね、マコト。君がこの訓練をやるのは、僕たちの前だけだ。誰かが付き添えば、枯渇する前に止める事ができる。危険ではあるけど、ちゃんと僕らが見ている内は、大丈夫。でも、君一人でやれば、最悪数分で息絶えてしまうだろう。そうならないために、それは絶対に守ってくれ』


『も、もちろん』


『後、もう一つ』


『まだ、何かあるのか?』


『これは、君がある程度コントロールできるようになるまでの間の話しだけど、ある程度意識して、解放できるようになっても、僕らがいいというまで、戦闘でオーラを使うな』


『……』


『ここまで聞いてなんとなくわかっていると思うけど、解放する事を覚えて、『使ってみたい』『使わなければいけない』そんな事を思う機会が訪れると思う。けれど最初に言った通り、全力で解放すれば、数分で枯渇。戦闘で使用すればもっと短い』


『……』


『そんなモノ、戦闘では使う事はさせらないし、それに仮に使ったとして。解放状態じゃ、思ったように動く事もできないだろう。格段に上がった身体能力に、オーラを使い慣れていない君では、感覚が追いつかないからだ。だからねマコト、一人で訓練しない事と、戦闘では使わない事、この二つは何があっても守る事、いいね?』







 グランさんの言葉に、当時の俺は頷いた。


 当然だ、俺は死にたいわけじゃない。


 魔物と戦う事だって、生きる為にやっているだけであって。


 本来なら、日本で、普通の学生をやっているはずの俺が。


 自分の命が脅かされる選択なんて選ぶわけもないのだから。


 でも。


 今、何の因果か、俺は異世界に飛ばされ。


 生きる為に冒険者として活動し。


 そして、そこで知り合った小さな女の子が、脅威に晒されている。


 見過ごせない。


 俺が、戦いもケンカもてんで駄目で。


 相手の敵意や殺意に、怯えて、震えて、泣いてしまっても。


 それでも。


 今守りたいと思えるものが、存在するのならば。


 俺は、逃げる事だけは、絶対にしない。


 それだけは、何があっても、あの日の母親にように、やりきってみせる。

 

 だがら、ごめんグランさん。

 

 約束、破るよ。

 

 これしか、もう手がないから。


「あぁぁぁーーーーー!」


 俺は叫び、エメラルドドラゴンに向かって突進し、数十メートルあった距離がわずか数秒で縮まる。


「いっけぇぇぇぇ!」


 あとエメラルドドラゴンまで数メートル。


 そうなった時に、体を深く沈みこませて、跳んだ。


 そして、跳んだ勢いのままドラゴンの頭上に向かって、両手で握った剣を振り上げ、今俺がだせるありったけをエメラルドドラゴンに向かって叩き付けた。


 叩き付けた直後、俺の力に耐えられなかったのか、それとも相手が硬すぎたのかはわからないが、剣は柄だけを残し、刀身は全て砕け散る。


 振り下ろした体勢のまま、地面にたどり着くわずかな時間、大小様々な破片が空中に舞う中、俺は一撃を加えたドラゴンを見て。


「――っ!」


 絶句した。


 俺が、今だせる全力を振り絞って繰り出した一撃は。


【……オーラを使い、我の攻撃を耐え、そして一撃を加えた事。それに関しては褒めてやろう。だが、碌にコントロールすらできず、その力に振り回さたこと。それに関しては無様と言わざるを得ないな】


 エメラルドドラゴンが生み出した、緑色の光の障壁によって阻まれ。


【だが、人間にしてはよくやった、といったところか。ここまでたどり着き。一撃を加えた人間はお前だけだった】


 悠長に語るドラゴンの身に全く届いておらず。


【だから、もういいだろう。よくやった。もうお前ができる事は何もない。そのまま、死ね】


 傷一つ与える事がないままに終わってしまった。


「あっ、ぐ、あ、あ」

 

 ぐしゃり、と着地の態勢がとれぬまま、地面に叩き付けれて痛みに呻き、そして、立ち上がらなければともがこうとするが、体が全くと言っていいほど動かない。

 

 攻撃した際に、魔法は解かれ、衝撃も襲ってこない。

 

 だというのに、俺は体を動かすことができなかった。


【当然の結果だ。オーラを全力で解放し、コントロールしないまま使い続け、そして、ほぼ枯渇寸前の状態となった。先ほどの一撃が効かない事にショックを受けたことで、使い続けて死ぬ、ということは逃れたみたいだが、結局お前にはもう殆どのオーラは残っていないのだから】


 枯渇こそしていないまでも、放っておけばそのまま死ぬだろう、俺を見下ろしながら淡々と告げる。


【せめてもの慈悲だ。オーラの大半を失い、重症を負って、このまま放っておいてもいずれお前は死ぬだろう。だが、ここまで足掻いた褒美に今苦しませずに終わらせてやる】


 もぞもぞと地面の上で蠢く俺に、トドメを刺そうとドラゴンの目が怪しく光り。



「だめー! これ以上、お兄ちゃんに酷い事しないでー!」



 魔法が発動する、その前に。


 遠くから、エリーの叫び声がした。


 エリー、馬鹿、くるな。


 叫んで止めようとしても、声が出ない、口から漏れるのは甲高い呼吸音のみ。


 だから、エリーは止まらない、荷袋を抱えた状態のままこちらに駆け寄ってくる。


【……目障りだな】


 そんなエリーを見て、エメラルドドラゴン吐いた台詞。


 まて、まて、まてっ!


 お前、何をっ。


【お前より先に、まずはあの子供を片付けるとしよう。元々私の子供を隠しているのは、あの子供だ。それを考えれば、丁度よかったかもしれないな】


 しようと、しているんだっ。


 当然、呼吸する事で手一杯の俺が相手に向かって叫ぶことはできず。


 エメラルドドラゴンは魔法の対象を俺からエリーに変える。


 不可視の衝撃、あれは、常人が喰らえば、それだけで絶命しかねない。


 そんなものを、まだ幼いエリー向かって放とうとしているのか?


 ふさけるな。


「……ぁ」


 もぞり、と指先を動かしたがそれだけ。


 俺の体は、俺のいう事をちっとも聞こうとしない。


「……ぁあ」


 声も、叫ぼうとしても、掠れた声が、僅かに漏れるだけ。


「……ぁああ」


 ありったけの力をこめて、できるのは意味もないことばかり。


 なら、やる事はたった一つ。


 足りないなら、もう搾りかすしか残っていなくても。


 まだ、体に残っているオーラを使って。


「あ、あ、あぁ」


 エリーを、守るっ。


「あああああああ!」


 再度、オーラを解放。


 先ほどのような感覚はもうない。


 けれど、死に体だった体は再び動き出して、俺は立ち上がり、エリーとドラゴンの間に移動

し、両手を広げて立ちふさがる事が出来る事ができた。


【なんだとっ?】


「お、おにいちゃん」


 両者が驚きの声があがるが、それに応える事はできない


「ひゅー、ひゅー、ひゅー」


 体を動かす事はおろか、今気を抜けば、それだけで俺は意識を手放すだろう。


 だから、今できる事は、エメラルドドラゴンを睨みつける事だけ。


 この子に、手出しはさせない。


 それだけを思って、睨みつける。


【……】


 エメラルドドラゴンの目に光は消えて、俺を見る。


 その感情は。


【驚愕】


 殺意が消えたわけではないが、俺の行動に驚いている事が、感情の色からでも読み取れた。


「おにいちゃん、もういい、もういいよ。もう、それ以上やったら、お兄ちゃんが死んじゃう」


「……」


「私が、悪かったの。みんなに言われてたのに、それなのに、隠れて魔物の子供を助けて、それで大勢の人が、お兄ちゃんが怪我をして。みんな私が悪いの。だから、私があの子を返して、そしてそして」


 私が、あのドラゴンに殺されれば。そう口にする前に。


「……違う」


「えっ?」


「それは、絶対に、違う。言ったろ? お前は、何も、間違ってなんか、いない」


 声を精一杯に絞り出して、エリーに向かって俺は言った。


「だって、お前は、何も、してない、じゃないか」


 怪我していると、心配して。ケガを治そうと連れ帰って。


 それをみんなが知ったら、小さな命が失われてしまうかもと。


 隠すのは、良くない事だと思いながらもみんなに黙って。


 一人で治療し、元気になるまで面倒を見て。


 そして、あの子供と、親のために。


 俺に見つからなければ、危険だと言われる場所に赴こうとしていた。


 そこまでしようとしていたお前が、間違っていたなんてこと。


 その思いも。


 エメラレルドドラゴンの子供に何度も向けていたあの笑顔も。

 

 決して間違えているなんてこと、ありもしないのだから。


「だから、もうちょっと、待っててくれ」


 ドラゴンを見据えたまま、俺は言った。


「それを、あいつが認めるまで、俺頑張るから」


 体はぼろぼろ、オーラの大半を使い、残っているのは最低限の生命活動を行う分のみ。


 もう、動くこともできない。


 けれど、まだ相手が認めていないのならば。


 自分の子供を助けようとしていたエリーに手をかけるというのなら。


 ここで、終わらせる事なんてできない。


「おにぃちゃん……」


「だから、おまえは、あっちいってろ、大丈夫俺は――」


 絶対に、あきらめたりしないから。


 はっきりと、エリーに向かって言った。

 

 そんな俺にエリーが何を思っているのかはわからない。

 

 振り返る余裕がない俺にはエリーの感情の色をみることすらできず、聞こえるのは嗚咽交じりの鳴き声のみ。

 

 それを背中ごしに感じながら黙ってドラゴンを見据えれば、ドラゴンは俺に向かい思念をとばしていた。


【人間、聞きたい事がある】


 聞きたい、こと?


【何故、そこまでする?】

 

 何を言って――。


【お前は死に体だ。意識を保っていること事態奇跡に等しい。それを理解できない馬鹿ではあるまい。お前が私に恐怖し、怯え、震えていた。遠目からでもわかるほどに。故にそこまで怯えながら、傷つきながら、それでも私に対し立ち向かうのは何故だ?】


 エメラルドドラゴンの言葉に思わず失笑が漏れる。


 何を、今更と。



「この子に言っているとおり、だよ。俺はこの子が、間違っている事をしているなんて、これっぽっちも、思っちゃいない」


 俺が、この子に言っている言葉が聞こえなかったのか?


「この子が、お前の子供を助けようとしていたことが、正しかったと。下等の種族だと俺の言葉に耳を傾けないお前に納得させるために、こうしてお前の前に立っているんだ」

 

 他に理由なんて、何もない。

 

 相手が納得してくれれば、子供を返して。それで終りなんだから。

 

 そうすれば


 もう誰も傷つく事もなく。

 

 エリーがこれ以上泣く事もない。


【それだけのために、お前は戦っていたというのか?】


「それ以外に、理由なんていらないだろう」


 さっきから、余計な体力を使わせないで欲しい。


 喋る事すら苦痛になっているというのに。


 そんな事を尋ねるくらいだったら、とっとと認めて、子供を連れて、元居た場所へ帰ってくれ。


 そう思い、エメラルドドラゴンを見つめていると


「キュ、キュ、キュー!」


「あ、ちょっと、今はまだ、駄目だよっ」


 後ろからそんな声が聞こえ。

「キュー!」


 エメラルドドラゴンの子供が飛びだっていく姿が。


 どうやら、エリーが抱えている荷袋から飛び出していったようだ。


【おおっ、わが子よ】


「キュキュキュ、キュー、キュー!」


【むっ、そうか、そうか】


 そして、飛びだってエメラルドドラゴンの子供は自分の親にむかって鳴き続けて、何やら頷いている。


 多分、自分に何があったのか親に向かって説明しているに違いない。


 子供はまだ人と話す術を知らないのか、俺にはただ鳴いているようにしか聞こえないが。


 それでも、エメラルドドラゴンが【なるほど】だの【むっ】だの【私が悪かった】だの連呼しているところを見ると、説明だけでなく、怒られているようだ


 二匹のエメラルドドラゴンのやりとりを、少しの間俺とエリーは見守り。


 そして。


【人間……いや、脆弱でありながらも決して折れることなく私に挑み続けた勇敢な戦士よ】


 自身の頭に子供を載せた状態で、エメラルドドラゴンは俺と。


【そして、心優しき人間の娘よ】


 エリーに向かって告げた。


【二人に、感謝と、そして謝罪の意を込めて、これを贈ろう】


 台詞と共に、ドラゴン眼前に二つの光が生まれて収束し、小さな光の結晶ができた。


 それが自らの意志をもったかのように俺とエリーの前にやってきたので、思わず手に取る。


「これ、なんだ?」


「これってもしかして【竜の涙】?」


 俺は何もわからなかったが、エリーはある程度の見当がついているらしい。


 手に取っているものを、まじまじと見つめて驚いているようだった。


【あとは、私が破壊し、傷を負わせた者達を癒す。これで許せとは言わないが、それが私にできる全てだ】


 そう告げると、ドラゴンは羽を羽ばたかせ宙に浮く。そして今度は目ではなく尻尾の先が緑色の光玉が生まれて。


 それに呼応すかのように辺り一面に淡い緑色の光の玉が降り注いだ。


 ゆっくりと降り注ぐそれは、とても幻想的な光景で思わずみとれてしまった。


【では行こうわが子よ。……さらばだ二人の人間よ。】


 その台詞と共に、天高くドラゴンは舞い上がり、すぐにその姿を見る事ができなくなる。


「おわった、のか?」


 いくつもの緑色をした光の玉が舞い下りる中、エメラルドドラゴンがいなくなってことで、そう呟く。


「お兄ちゃん怪我がっ」


「んっ?」


「怪我が、どんどん治ってる」


 俺がぼうっとしていると、エリーは俺の袖を掴んでそんな事を言う。


「お前、何言って……」


「ほらっ」


 そう言って自分の体の確認するように言われたので、言われた通りにしてみれば。


「……本当だ」


 いくつもの衝撃派によってぼろぼろだった自身の怪我が徐々に塞がっていき、またヒビや折れていたであろう骨も元に戻り始めているようで、鈍い痛みもひいていった。


 それだけではない。


「うそ、だろ?」


 自分だけでなく、この場にいる全ての人間の傷が塞がっているのは、エメラルドドラゴンがやったと思えばまだ納得できるものの。


 あのエメラルドドラゴンが癒したのはそれだけでなく。


「全部、元に戻っていく……」


 抉れた地面、壊された外壁。冒険者達が身に着けていた防具や武器。


 光の玉が触れた全てモノが、治っていく。


 この人数のケガを治すだけでなく、今回の戦いで傷つき壊れていった全てのモノを治すなんて。


「まじで、とんでもないな。ドラゴンっていうのは」


 最上級、なんて言葉では片付けられない規格外の存在に、改めて圧倒された。


「お兄ちゃん、凄い、凄い凄い凄いっ」


 そんな俺に、抱きつくエリー。


「ドラゴンに認めてもらって、【竜の涙】も貰って、私と約束守ってくれてっ。みんなも、私も助けてくれたっお兄ちゃん、本当に凄いっ!」


 凄いを連呼しはしゃぐエリー。


 その姿に「俺は大したことは何もしていない」と答えそうになる。


 俺は別に、ここにいる人間を助けたわけじゃない。


 むしろ、彼らはエリーを助け、奮闘してくれた。


 ケガを負ったものの、誰も死んでないからこそ、彼らはエメラルドドラゴンの魔法で回復したが。それは俺がした事じゃない。


 エメラルドドラゴンに認められたのだってそうだ。


 あのエメラルドドラゴンは俺相手に本気をだしていない。


 だって、俺を相手にしている間。


 魔法主体に戦っていたとはいえ、あのエメラルドドラゴンは一歩もその場を動いていないのだから。


 多分あのエメラルドドラゴンにとって、俺は自分の周りを飛ぶ害虫か何かに見えていたのではないだろうか。

 

 そう揶揄できるくらいに実力差があった。

 

 だから認められたというなら、それは多分エリーのおかげ。

 

 エリーがエメラルドドラゴンを保護し、森に返そうとしたことで。自分の子供が無事だった事を確認し、子供の言葉を聞くことができたのだから。

 

 俺は、そのついでに認められただけだと思っている。

 

 だから結局俺がしたことと言えば。

 

 ただ、あきらめなかった。

 

 それだけで、誰かに誇れるような事なんて、何一つしていない。

 

 けれど。

 

 それでも、今回の事で、エリーが無事に、そして約束を果たす事ができたのならば。


 俺は、エリーに向かって笑おう


 昔、大人達に向かって立ち向かい、追い払ってくれた、あの時の母親のように。


『もう、大丈夫だからねマコト』


 ああ、思い出す。


 怖くて仕方なかったはずなのに。


 けれど、まず何よりも俺を安心させるために微笑んでいた、あの笑顔を。


 俺は今、あんな風に笑っていることができているだろうか?


「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ」


「んっ?」


「お兄ちゃんは泣き虫だけど、ヒーローだねっ」


「はっ?」


「だって、怖くて仕方なくて、震えて泣いてっ、それでもっ、みんなが勝てない相手が現われた時、どんなに相手が強くたって、絶対にあきらめずに立ち向かう、まるで御伽話の出てくるヒーロみたいにっ。だから泣き虫のヒーロー、泣き虫ヒーローなんだよっ」


「なんだ、それ?」


「お兄ちゃんは泣き虫ヒーロー♪」


 泣き虫ヒーローだとぴょんぴょん跳ね回るエリーに。


「それ絶対褒めてないだろう」


 そうして呆れて顔を歪めて笑った。


「……あれ?」


 その直後、ぐにゃりと地面が崩れたような感覚と。


 視界に真っ黒染まって。意識が途切れた。


 だから、俺が覚えているのはここまで。


 後の状況は、ベッドに伏せている時に聞かされることになる。


 何故、エメラルドドラゴンの子供が、街近くの森で見つかり。


 あのエメラルドドラゴンが怒り狂っていたのか。


 そして、今回の事件について、どう後処理がなされるのか。


 その全てを聞かされるのは、もう少し後の話し。


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