2話 エリーと魔物の子 その二
その後の数日間の治療と看病により、傷が完治し、魔物の子が元気になった。
そのため、二人でいつ森に帰すかを話し合い。次、俺がクエストに参加しない日にした。
午前にギルドの講習に参加し、講習を終えた後に街の入り口で落ち合い森へと向かう。
本来なら一日予定を空けて、朝から向かいたい所だが。
今まで講習に行った俺を、その日だけ休めばみんな疑問に思うだろう。
疑問に思うだけならまだしも、何かしらの間違いで、隠し事がばれたらまずい。
魔物を捕獲され、連れて行かれてか、その場でかはわからないが、殺されてしまうだろう。
グランさん達だったら、もしかしたらと思わなくもないが。
絶対に、それをしない。なんて保障はない。
何故なら――。
『見た事もない魔物を見つけたらどうするか?』
『ほら、俺って魔物がいない場所から来ただろ? 今ギルドで魔物関連の事を教えてもらっているけど、これからも冒険者をしていたら、見た事も、聞いた事もない魔物に遭遇することだってあるかもしれないし』
『そりゃあ、マコト。その時の状況にもよるが基本【これ】だろ』
念のため、というか一応というか。
俺はエリーと約束した当日の夜。
グランさんが屋敷に帰った後で、残りの面子と共にに夕食を囲んでいた。
場所は、教会の礼拝堂をリビングにと改装した場所で。中央にテーブルが設置されている。
そこに食事担当のアンメアさんが調理した料理を並べ、各々の指定された椅子に座って食べている時に、メンバーに向かって問いかけた。
すると、メンバーの一人キースさんが俺の質問に対し指で自分の首を掻っ切る仕草をしてみせて、思わず背筋に冷汗が流れる。
『そ、それが無害とか友好そうに見えても?』
『馬鹿、そうやって人を油断させて餌にしちまう魔物だって大勢いるんだぞ。なまじそうやって見た目で惑わそうとして人間をエサにするヤツのほうが、凶暴なヤツより性質が悪い。こっちが油断をしている隙を狙うわけなんだからな』
『へ、へぇ』
『だから、どんな魔物であれ、見つけたら殺る。これが冒険者として生き残る基本だ。なぁ二人共』
『『ええ(そうだねー)』』
キースさんの言葉に、言葉は違えどアンメアさんとエリーナさんは同意する。
『ふ、ふーん』
『……』
その言葉を聞いて冷汗が止まらない俺と、俺の隣で何とも言えない表情を浮かべるエリー。
『お姉ちゃんたちは、言っても駄目だと思う』
事前に今回の事を伏せた上で、話をする事を伝えた時に返ってきたエリーの言葉。
それを聞いても「さすがに、話しぐらい聞いてくれるだろう」と思っていたのだが。
駄目だこれ。
三人が三人とも朗らかな表情を浮かべているが、魔物関連の話をしている時に見える色は。
【殺意】
うっすらと、他の感情に交じっているが、それでもはっきりとそれが見える。
この世界において、基本魔物は害悪で、駆逐の対象と教わっているが。
魔物に対して、こうもハッキリとその感情を浮かべているのは、見るのは始めてだ。
他の冒険者から感じられる類は仕事の【障害】という認識が多かったから。
その色を見せられて、当惑する俺。
『えと、俺が間違えて覚えてなければ、一部の魔物は人間に対して無害だったり、友好的なものもいたり、って聞いたような気がするんだけど』
一応、ギルドの講習で聞かされた話を振ってみるが。
『うんうん、ちゃんと勉強してるんだね、偉い偉い。でもそれはちょっと違うかなー』
『違うって?』
『無害、っていうのは、自分達に関与しなければ、って前置きがつくってことー、例えばドラゴンみたいな高位と位置する魔物が該当するかなー? ドラゴンは強さだけでなく、知性も高い。そんなドラゴンの殆どは「エサ」として「人」を見ていないから、襲ってくる事はないけど。逆にドラゴンの持つ体の全てが希少性の高いアイテムになることで、それ欲しさにドラゴンや、その子供に手を出せば……手を出した人間を含め当たりに塵一つも残らないって事になるよー』
『……』
『だから、無害=危険がないってわけじゃないってことをちゃんと知っておく事とー、あと友好って言葉も、どちらかといえば『相手の利益を受け取る代わりに、相手の安全を保障する』って感じだから、友好って言葉はあまり正しくないかもねー』
『……』
『魔物がいない、っていう私達からすれば珍しい所から来たから、分かりにくいかもしれないけど、魔物のほとんどは、人に対して脅威の対象になっているから、間違っても仲良くなろうとは思わない方がいいのと、あとは、そういう『対象外』の魔物に関して心配してるなら、基本この辺りにいないから、気にせず相手を倒す事。そうしないと只でさえマコトは怖がりだから、余計に手を出しにくくなっちゃうよー』
俺の事を心配して、色々言ってくれるのはわかる。
浮かべる色も【見守る】【教え】【心配】と母親が子供に対し向けるモノばかり。
俺達が、魔物を保護し森へ帰そうとしている事がなければ、素直に受け取っていた。
けれど、その中にも魔物の【殺意】が見え隠れしており。
俺は何とも言えない気持ちになる。
だって、俺にはこの目があるのだ。
だから、わかる。
あの魔物の子供は、本当にエリーに懐いていて。
エリーもそれに応えようとしていることを。
そのため、ミレーナさんの言葉に、思う事はあるのだが。
『俺には、相手の感情を読み取れる目がある』
そんな事を急に言ったとして、理解されるとも思っていないし。
それに。
どんな経緯があるかはわからないが。
魔物に明確な殺意を持ち続けている三人に対し。
曖昧な態度や言葉で納得させられる気がしなかった。
ここは物語のような世界でも。
三人とも、そこで生きてきた人間だから。
その中で楽しい事だけでなく、様々な事を乗り越えた人達に。
ここに来たばかりの俺なんかの言葉が届くはずもない。
『マコトー。大丈ー夫―?』
『うん、大丈夫。ごめん、夕食の時に変な事を言ったりして』
『いいよー。マコトが頑張っているの知ってるからねー。今回も勉強していて気になったから聞
いたんでしょー? いい事だよー』
思わず、違うと言いかけた言葉を無理やり飲み込んで、曖昧に笑う。
それを見て、『本当に大丈夫ー? 勉強のしすぎで疲れちゃったー? アンメアに治してもらうー?』俺を気遣うミレーナさん。
『いいけど、もうちょっと自分のペースを把握しなさい。冒険者は体が資本なんだから、頑張りすぎて体を壊しました、なんて本末転倒よ』
『そうそう、俺みたいに適度に力を抜くぐらいが丁度いいんだよ』
『あんたは力を抜きすぎよキース』
『えー』
そんなやりとりを繰り広げつつも広がる光景に。
ああ言えないよな、と思った。
みんな良い人で、お互いを思いやって。
そんな中で彼女たちが「魔物は殺すべきもの」だと言っているのに。
魔物の子供を保護して、元いた場所に帰したい、だなんて。
相手を知っているからこそ、口にできなかったんだろう。
『お兄ちゃん……』
エリーが俺に声をかける。
『エリー』
『……』
その姿と。
【不安】
という感情の色を見て。
俺は決めた。
『大丈夫、大丈夫だから』
この選択が、彼女達に信頼を裏切ることだとしても。
この子の思いが間違っていないと思えたから。
だから、俺だけでも。
最後まで、約束を果たそうと。
そう思ったのだ。
そんなやりとりがあったからこそ、絶対に周りにバレテはいけないと思い。
当日を迎えた日。
エリーには、俺の世界にあるリュックサックのような、背負い袋を持ってきてもらうように頼んだ。
これは、そこに魔物を隠し、尚且つ「俺と二人で森に木の実や果物を取りにいく」という事を周りに伝えるため。
前日にその事を伝えておけば、普段持ち歩かない物を持っていても違和感がないし、俺が同行するとなれば周りも安心できるだろう。
事実「そっか、じゃあ明日はエリーをよろしく」と頼まれたので、後は森に魔物子供を帰しにいけば、上手くいくはず。
問題があるとすれば、限られた時間で、あの子供の親を見つける事ができるかどうかだが、それは最悪その日は安全な所に隠し、後日散策を再開するしかない。
最後が行き当たりばったりになってしまうが、そこはしょうがないだろう。
今回はあくまで、バレずに街から森へ帰せればいい。
そう、考えていた。
「ねぇマコト君。今日は調子が悪いの?」
「えっ?」
「君、何だか上の空だし、それに視線が泳いでる。やる気がないって事は、マコト君に限ってありえないでしょうから、だから調子が悪いのかなって」
当日の講習を受けている際、ギルドの職員からそんな事を言われる。
「もし、調子が悪いんだったら、今日はもうやめとく?」
その言葉に、思わず「はい」と答えそうになり。
その後で「調子が悪いのに、森へ行くってなったら、可笑しいよな」と思い直して「大丈夫です」と答えた。
嘘や隠し事って些細な事からばれるって、よく聞くしな。
だから、早めに切りあがるより、ちゃんと講習を受けようと「ちょっと考え事してました、すみません。ちゃんと受けるので」と言った。
「マコト君がそう言うならいいけど……」
俺の言葉に、ギルドの職員の人は曖昧に頷きながらも講習を続けようと、開いた本の内容を口にしようとして。
「あら、外が何だか騒がしいわね」
ふと、外の様子が気になったようで、視線を窓へと向ける。
俺は、色々考え事をしていて気付かなかったが、意識すれば、確かに騒がしい。
人が行きかう大通りに面しているので、元々喧騒が聞こえるのは当たり前なんだが。
いつもと、何か違う。
気になって窓へ近寄り、開けてみれば。
「なんだ、これ?」。
人ごみの流れが、町の入り口から中心へ向かっている。
いつもだったら、もう少し行きかう様子を見せているのに。
まるで何かから必死になって逃げようとしているみたいだった。
色で確認してみると更に可笑しいことになっている。
【恐怖】【危険】【逃避】
「すみませんっ」
「えっ?」
「何か外であったみたいです。俺今日エリーと森へ出かける予定があって、あいつ入り口で待ってる事になってるので、確認しに言っても良いですかっ?」
「っ、それなら、早く行ってあげてっ。街の大半の人間があんな状態になってるなんてただ事じゃないっ。私は事態の把握と、必要であれば冒険者にクエストを発注するからっ」
「わかりましたっ」
色で確認して、何か良くない事が起こっている。
そう確信して、ギルドの職員に声をかけた後、了承の意を受け取ったところで、俺は窓から飛び出したっ。
「えっマコト君!?」
上から慌てた声が聞こえたので「急いでいるんで、ごめんなさいっ」と答えた後着地。
二階に位置する場所から飛び出して、足が痺れる感覚がしたが、それだけで他に異常な所は何もない。
本当に、この身体能力が上がっている事は助かる。
以前の俺だったら、確実に大怪我をしていた。
けれど、異世界に来てから格段に上がったこの体は今ぐらいの無茶だって応えてくれる。
その事に軽く感謝しつつ、立ち上がって周りを見れば、唐突に降り立った事で、俺の周りだけ、人ごみがなくなったものの、以前街の人間は逃げ出すことをやめようとしていない。
それがより、不安を駆り立て。
「くそっ」
俺は舌打ちした後、人が流れる方向とは逆に走り始めた。
ぶつかりそうになるのを慌てて避けつつ、少しでも前々と足を進めていき、ある程度進んだ所で。
「マコトさんっ!?」
「ルナさん!?」
人ごみを掻き分けながら走るルナさんと遭遇。
丁度良い。これで何が起こっているのかわかるかもしれないと俺が話しかけるよりも早く。
「丁度いいところに、グラン様達はどこにっ」
俺に詰め寄り、グランさん達の居所を尋ねるルナさん。
その剣幕に押され、しどろもどろになりながらも返事をする。
「今日は、少し離れた場所の依頼を受けるって行って出かけていったはず、だけど」
そう、今日依頼を受注する際これが気になるからと、街から離れた場所でのクエストと受けるグランさん達。それなら、多少長引いても大丈夫かと考えていた。
「っ、なら、ギルドに行って、腕利きの冒険者に助けを求めなければっ」
だが、それが今問題となっている事はわかる。
「ま、待ってくれっ。今一体何が起こっているのかルナさんは知ってるのかっ?」
「エメラルドドラゴンが現れたんです!」
俺の脇を抜けて駆け出すルナさんに現状知るために声をかけて。
そんな俺に振り向いてルナさんは言った。
「エメラルド、ドラゴン?」
「普段は人里離れた奥地に住み、人に干渉する事のない種族ですが、一度彼らの怒りを買ってしまえば、彼らは容赦がありません。だから、早くっ、この街の守衛達とその場にいた冒険者が守っている間に、腕利きの冒険を呼ばないと、あの子が、エリーちゃんが殺されてしまうっ」
「っなんで、エリーが」
「わかりません。【わが子を返せ】と繰り返すばかりで、何故あの子が狙われているのかわからないんですっ」
「あっ」
その言葉で、わかってしまった。
あの魔物の子供がエメラルドドラゴン
どうして、そんな魔物の子供が、街の近くの森にいたとか、何故そのエメラレルドドラゴンが怒っているのかとか。
事の経緯なんて、さっぱりわからなかったけれど。
それでも、今エリーが危険な目に遭っている事を。
「くそっ」
慌てて入り口へ向かおうとした時に。
「待ちなさいっ」
俺の腕を掴んでルナさんが引き止める。
「あなたがいった所でどうにかなる問題ではありませんっ」
掴む力がこもり、痛みが走る。
それに構わず、振りほどこうとするが、力が強くて引き剥がせなかった。
この人、見た目に反して力が強い。
そう思って顔を顰めつつルナさんを見れば。
「一般の冒険者以上の実力があること、成果を上げているのは存じていますが、今回の魔物は並の冒険者ではまるで歯が立たないっ」
俺を行かせまいと、いつもの冷静さをなくして叫ぶように言った。
「だから、一人で行くのは止めなさいっ」
無表情に声を上げ、けどそれは他人だからと切り捨てているわけではない。
目を使って確認すれば【心配】【注意】【諭す】【不安】などが交じり合った色が見える。
彼女は、何だかんだ言っても、心優しい人なんだろう。
言葉は厳しくても、俺の事を心配してくれているんだから。
俺が好きになった人は、俺を快く思っていなくても、それでも相手を気遣う人なんだとこの時改めて思った。
だから。
「ガキの頃さ……」
俺はそんなルナさんに向かって、口を開く。
振りほどこうとした腕の力を抜き、まっすぐにルナさんを見つめた。
「マコトさん?」
「まだ、怖い事なんて何もなくて、世界は何でも思い通りになるって勘違いしている時、俺ガラの悪い大人に絡まれた事あるんだよ」
あれは、大事件と呼べるほどの物でもない。
日常のトラブルと数えるには、少しレアな経験であるかもしれないが。
それでもニュースになるほどの事でもなく。
当時、小学生に上がったばかりの俺が近所の公園で遊んでいた時に、俺のボールが公園の外に飛び出してしまい、たまたまぶつけてしまったのが、子供に対して良い顔をしない性質の悪い大人だったというだけで。
きっと多少のケガ負う羽目になっていたかもしれないが。
それでも、俺一人でいたとしても大怪我を追うとか、殺されてしまうとかそんな事にはならなかったと思う。
でも、あの時の俺からしてみれば。
自分より大きな存在が、隠すことなく向ける怒りの感情に震えが止まらなくなって。
怒鳴りつけられる度に恐怖で涙が止まらなくて。
どうしたらいいか、わからなくなって、目を瞑って恐怖に耐えることしかできなかった。
『マコト、どうしたのっ!?』
そんな俺の前に現れたのが。
俺の母親。
いつもニコニコして、ほんわかしている雰囲気を醸しだしている人で、場の空気を和ませる人柄の持ち主だった。
『私の子供に何をしようとしているんですかっ』
だから喧嘩どころか、声を荒げる姿なんて見た事もない。
そんな母親が、俺の前に立って叫んでいた。
覚えている。
思わず顔を上げた時に見た光景を。
あの人の足は震えていた。
声だって、誰が聞いても震えて。
もしかしたら、泣いていたのかもしれない。
けれど。
俺の前に立って、自分より強い存在に立ち向かった。
相手が睨んでも、声を荒げても。
震えた足は、決して後ろに退くことなく、俺を守ってくれた。
あの光景が、今でも鮮明に焼き付いて離れない。
「震えていたら、助けられた」
「……」
「何も出来ずにいる俺を、母親は助けてくれた」
「……」
「だから、決めたんだ」
あの時の事を振り返りながら、俺は言った。
「泣き出しても、震えても。何もせずにいるのだけはやめようってさ」
本当なら、どんな恐怖も笑い飛ばせる、そんな人間になりたかった。
でもなれなかった。俺の中の恐怖はいつだって消えやしない。
多分、一生そうなのだろうと何となく思う。
でも。
傍から見たら、情けなくて。
カッコいい、それから遠くかけ離れた人間のままで居たとしても。
震えながらでも、守りたい者は守れる人間にはなりたい。
それだけは、強く思う。
あの時見た、母親のように。
そう、思い続けているのだ。
「だから、行くよ」
掴まれた腕を、そっと振りほどいて苦笑する。
「俺じゃどうにもならないとしても、それでも、エリーが危ない目にあっているなら、俺は行く」
その言葉に、再度俺の腕を掴むことなく、ルナさんは俺を見た。
それは、俺が言葉はでは止まらないという【納得】と。
それでも、行かせていいのかという【戸惑い】
二つの気持ちが入り混じった感情が表れていた。
その表情に、それでも退く事はできないと。言葉ではなく態度で示す。
数秒の間、ルナさんは軽く首を振った後、俺をじっと見つめていった。
「マコトさん……一つだけ、約束してください」
「ルナさん?」
「絶対に、死なないで下さいっ」
「……わかったっ」
短く言葉を交わし。
俺達は、行動を起こす。
ルナさんは、助けを呼ぶ為に駆け出して。
俺は反対方向へ向かって走り出す。
少しでも早く、エリーの元へ駆けつけるために。