1話 異世界は日本人が生きるにはやはり辛いようで その二
数日後、パーティのみんなはクエストに行き、俺は別行動。
俺が同伴するのは、あくまで俺のためであって、彼らは俺がいなければ更に難易度の高いクエストをこなす。
更に実力を延ばす為に。
そのため、そういったクエストを行う際俺が一人でギルドの講習を受ける事にしている。
これは冒険者として生きていくための術を学ぶためだ。
生死が関わる物から、日常のちょっとした役立つ小技、あと、この世界に歴史を学んだりと。
冒険者ギルドは、冒険者が望めば何でも教えてくれる。
冒険者が少しでも生き延びる可能性を上げるために。
俺は日々それを活用させて貰っているのだ。
「はい、今日はここまで。マコト君お疲れ様」
「ありがとうございました」
本日申請した講習が終り、講師役を務めたギルドの職員に頭を下げた。
「本当、君みたいにがんばろーってやる気だしている子って教え甲斐あるわー。冒険者って大概知識を疎かにする人間ばかりか、もしくは自分たちで勝手に学習してくる人間が多くてさ、正直講習を受ける人間っていないのよね。だからこのギルドで初めて真面目に受けてくれる人間は、あなたが初めてだからみんな好意的になっちゃう」
どんな冒険者でも公正に対応しなければならないから、今のは内緒ねとウインクされ、苦笑しながらも頷く。
本来俺は勉強の類を好んでやる人種ではない。
ただ、この世界の常識を教えてくれる数少ない場所なのだ。
そのため、必死になっているだけで、勉学に真面目に励んでいると思われると、何だか申し訳なく思う。
けれど事実を言うわけにもいかず、結果曖昧な態度になってしまった。
ギルドの職員は、そんな俺に「また講習くるんでしょう。楽しみに待っているわね」と講習で使用していた部屋から出て行く。
「ふぅ」
慣れない事をして、どっと疲れたがでてため息をついた。
今回の事は主に魔物関連の知識。
周辺に生息し、危険と判断される魔物の特徴や対応など、 一度に詰め込むには内容が多くて、帰ってからも復習しなければならないと立ち上がる。本来なら今回出てきた内容が書かれている本をいくつかを借りたいところだが。
まだ、この世界の文字に慣れているとは言えないので、借りるのはもう少し後になりそうだ。
「さて、今日はこの後にやることは、買出しか」
部屋から出て、頼まれていたものを思い出しつつギルドの出入り口を目指すと。
「あっお兄ちゃん。終わったー?」
そこは入り口の傍に経つエリーが。
「終わったよ、てか待っててくれたんだな。別に俺の事は気にせず遊んでいてよかったのに」
「でも、この後お兄ちゃんずっと街にいるんでしょ。だったら今日は私お兄ちゃんと一緒にいるっ」
俺に気付いて、顔を輝かせてこちらに向かって駆け寄り、俺の足に抱きつくエリー。
その笑顔に、何だかんだと胸が温かくなる。
アンメアさんの気持ちが少しわかる、こんな風に裏表のない存在が懐いてくれたら、そりゃあシスコンにもなるわけだ。
特に今の俺この世界の知り合いが少ない。そのため余計に自分に好意的な存在はかけがえのないものだと思う。
何故なら。
「よう、ビビリ野郎。ガキとはいえ、女一人囲えてよかったなっ」
俺はこの街のほとんど冒険者に快く思われていないから。
「おじさん、だれ?」
「おっおじ!? 俺は二十代だ! クソガキっ」
この街の冒険者ギルドは、仕事を受け付ける窓口と、冒険者の憩いの場として用意されている酒場が隣接しており、今俺達に向かって声をかけてきたのは酒場のカウンターに腰掛けていた男。
表情は先ほどのエリーの言葉で不機嫌になっているが、先ほどまで俺に向かって嘲笑の笑みを浮かべており、それは今ギルドにいる冒険者のほとんどが同じ顔をしている。
理由はなんとなくわかっている。
唐突に現れ、実力はそこそこ。そんな人間がこの街で一番のパーティに指導を受けている。わざわざ自分たちの時間を割いてまで。
それがやっかみの一つ。
まあ、それより最大の理由は。
「エリー、とりあえず俺の後ろに隠れてろ」
自分が何故隠れなければならないのかそれがわからずに首を傾げながらも、俺の表情を見て素直に頷く。この子はこちらが真剣になれば、きちんという事を聞いてくれる。
その行動に安心しつつ前を見れば。
「おいおい、ビビリッ。お前俺を無視するなんて、お前は随分偉くなったもんだなぁ」
「……元々偉くなったつもりはないんだけどな」
「口答えすんなっグランの腰巾着がっ。実力がある期待の新人だとか何だかしんねーが、俺は知ってるぜ。お前戦闘の度に体震わせていることをよっ。それに今この時だって本当はチビリそうになるの堪えているんじゃあねぇか」
「……」
その通りだよ、くそったれ。
失禁こそしないにしても、威圧的な態度でからまれているだけで。
今すぐ逃げ出したい衝動にかられている。
俺は相手に怖気づかないように必死に虚勢を張って、滲んだ涙が零れないように目に力を入れてぐっと堪えて、そうやって無理やりに立っているのだ。
元々、日本で喧嘩の類すらしてこなかった俺から見れば。
魔物であろうと、人間であろうと。
自分に害を為そうとする存在はそれだけで恐怖の対象なのだから。
けれど。
「お兄ちゃん?」
俺の足を掴み、こちらを見上げるエリーが俺に声をかける。
何故自分が怒られていたのか理解できなくても、今の状況が良くないことはわかっているのだろう。
そのため、エリーの瞳が不安気に揺れるのを見て、俺は笑う。
無理やりに、顔の筋肉を動かして。
「大丈夫だ」
今の俺ができる精一杯の笑みを浮かべて、自分の足元にいる小さな女の子が少しでも心配をすることのないように。
今だけでも、精一杯の虚勢を張ろう。
自分は強いんだと思い込もう。
俺が戦いに怯え、喧嘩を売られただけでビビリ上がる情けない人間だと、誰が見たってわかっていたとしても。
それでも、それが今この場でエリーを前にして、逃げ出す理由になんてなりはしないのだから。
「はは、おいおい。なんだそりゃぁ。小刻みに身体震わせていう台詞かよっ。格好つけ様として、全然様になってねぇっ。ガキのナイト気取っているつもりでも、それだったらそこら辺で酔っ払ってる冒険者の方が何倍の頼りなるってもんだ。なぁお前ら?」
俺の姿にニヤけた笑みを浮かべて、ギルドの酒場にたむろっている、冒険者達に同意を求める男に。
「その通りっ」
「全く、情けねぇったらねえよなっ」
殆どの冒険者同意をしてみせた。
中には、「まだ若い冒険者にみっともない」と同意しない人間や、俺と講習を通じて交流を重ねたギルドの職員の人達は非難の目を向けているが。
ギルドで御法度になっている【冒険者同士の殺し合い】をしているわけでもなく、又喧嘩程度ならば、目を瞑っているため。それ以上の事は誰もしない。
みんながみんな、俺とこの男のやりとりを遠巻きに眺めているだけ。
別に、それは可笑しい事でも何もない。
グランさん達が居ない時に、繰り返される日常の一つ。
俺がここで馬鹿にされるのは、今に始まった事ではない。
この世界に来て、冒険者ギルドに登録するために試験用の魔物と戦って。
怯え、振るえ、涙を零した姿を見られたときからずっと。
俺は『ビビリ野郎』と呼ばれ続けている。
その事を一番理解している俺が言葉を返しても、意味がないのはわかっているから。
それについて、何も言う事はない。
今俺が気にすることは、自分への嘲笑や、罵倒なのではなく。
万が一にもエリーが怪我をしないように気をつけること。
ただ、それだけだった。
なので体の震えを必死に抑えて、目の前の男や周りにいる他の冒険者の行動に目をやり、何かあれば、すぐに動けるように体制を整える。
そんな時に。
「違うもんっ。お兄ちゃんが頼りにならないことなんて、絶対にないっ」
「え、エリー?」
俺の足に隠れていたエリーが飛び出して、目の前の男に叫んだ。
「震えても、泣いても、お兄ちゃんは助けてくれたっ。みっともなくても、馬鹿にされる事なんて、何もしてないっ。私がお姉ちゃんと一緒に入られない時に、遊んでくれたりする、優しいお兄ちゃんだもんっ。私を守ってくれる大事な、大事な新しい家族っ。だからそんな風にお兄ちゃんを馬鹿にするような事言わないでっ」
顔を真っ赤にして叫ぶ姿に、唖然とする。
俺だけではなく、目の前の男もそうだったし、ギルドにいるほぼ全ての人間もだろう。
先ほどまで、俺や男のやりとりに騒いでいた喧騒がこの時に止んだ。
「お、おい。さすがにこんな小さな子供を泣かすのはやりすぎじゃないか?」
男の肩に手を置いて話かけているのは、恐らく目の前の男の仲間だろう。
先ほどまで嘲笑していたが、エリーが叫んだ事で、罰が悪くなった表情を浮かべている。
エリーが、泣いている?
叫んだ事に驚いて、確認していなかったが。
言われてみれば、確かにエリーは大粒の涙を零していた。
怖いから?
いや、違う。
エリーは、物怖じしない性格であり、多少どなられた所で、怯えることはない。
だから、これは怯えているわけじゃなく。
「……」
怒っているのだ。
怒りで抑えきれなくなって涙を零している。
全身で怒りを表して、相手をにらみ付けていた。
その姿に一瞬ぼうっとしていたが、今はそんな場合ではない。
怒ったエリーが、男に対して反感を買わないようにしないといけない。
そう思って、エリーと声をかけるより速く。
「お兄ちゃんに謝ってっ! ハゲアタマ!」
エリーが、男に向かって叫んだ。
その言葉に、仲間の男に宥められ、落ち着きを取り戻していたのだが。
罵倒された事で再度頭に血が上り、顔を真っ赤に染め、わなわなと身体を震わさせている。
更に。
「タコヤロウ! ハゲオヤジ! エロジジィ! クゾザコナメクジ!」
エリーは罵倒を止めず、恐らく自分で言っている意味も理解していないであろう事を連呼した。
「お、おいエリー、さん? とりあえずそれ以上火に油を注ぐ真似はやめよう、なっ?」
俺に足元にいるエリーを宥めようと声をかけるが、俺の言葉は耳に届いていないようで。さらに男を罵倒するエリー。
その内容は、俺も聞いた事がないモノも多く、理解ができない。
だが。
「こ、このクソガキー!」
数々の罵倒を受けたことで、男の堪忍袋の緒が切れたらしい。
宥めていた男を突き飛ばし、ズカズカとこちらに向かってやってくる。
不味い!
今、男の頭に「エリーはアンメアさんの妹」という事は抜けて、エリーに危害を加えようとしている。
逃げて欲しい所ではあるが、それを見てもエリーは怯える事も、逃げ出すこともせず俺の足元で相手を睨みつけていた。
だから、前に立つ俺はエリーに危害が及ばないように、震える足を一歩前にだし。
そして。
「待ちなさい」
澄んだ声がギルドに響き渡る。
俺、エリー、相手の男。
俺達を見守る人間全てが、その声がした方へと振り返った。
「先ほどから、エリーちゃんの怒声が聞こえてくるから、何事かと思い確認しに来てみれば……」
現れたのはメイド服に身を包み、片手に食材を抱え込んだ一人の女性。
翡翠を思わせる長い髪と瞳をした、グランさんの屋敷でメイドをしているルナさんだった。
「大人二人の言い争いに、エリーちゃんが参加……しているわけではなさそうですね。誰か状況を説明できる方はいますか?」
ルナさんは状況から推測しようしていたみたいだが、見ただけでは情報が足らないと辺りの面子を見回して声をかける。
その質問にハイと手を挙げたのはエリー。
俺の足元から、入り口にいるルナさんの元へかけよって。
「このオジサンがお兄ちゃんを悪く言うから怒ったのっ!」
元気よく答える。
するとルナさんは一瞬目を丸くした後、表情を崩し柔らかく笑った。
「そうですか……大事な人と言ってましたからね。そんな人が悪く言われたら怒るのは当然です。けどエリーちゃん。女の子があんな言い方をするものではありません。それに自分より強い相手に言葉の暴力をぶつければ、あなたが怪我をする可能性だってある。それは、あなたが大事だと言っていたマコトさんや、お姉さん達が悲しむことですそれは、わかりますね?」
「でもっ……」
「怒った事が悪いと言っている訳ではありません。あなたの怒りは正しい物だと私は思います。でもその結果あなたが傷ついたら、悲しむ人が居るという事を知って欲しい。そして、そうなってほしくないから、マコトさんはあなたの前に立っていた。違いますか?」
「……」
「怒りを覚えても、行った結果を考えて行動するように。一人ではどうにもできなくても、あなたには頼る人がきちんといる。あなたの思いが正しいモノなら、私を含めて、あなたが大事だと思う人達が力を貸します」
だから、今度からは、あんな風に無闇に怒ったりすることのないように。
エリーと視線を合わせるために、荷物を置いて屈みこみ、抱き寄せて頭を撫でる。
「……わかった」
「良い子です」
エリーはルナさんの抱擁と言葉に頷いた。それを聞いて微笑んだ後で立ち上がり、俺たちへと目を向ける。
「さて、あなた達に対してですが」
その時に向けられた瞳は、エリーに向ける暖かなモノではなく、冷たいモノとなっており。
最初の出会いの時と相まって、体が硬直してしまう。
隣を見れば、男の方も罰が悪そうにしている。
「マコトさんには、後で言わせて頂くとして、一番の問題はあなたです」
つかつかと歩み寄り、男の前で足を止める。
自身より身長の高い男に対して臆することなく見つめて言った。
「まず、ある程度の経緯は予想つきますが、どんな理由であれエリーちゃんに暴力を働こうとした事、それは許されるべきことではありません」
「で、でもよ、ルナの姉御」
「言い訳は結構です」
る、ルナの姉御?
その佇まいや容姿も相まって、服を変えれば令嬢と呼ばれても違和感のないルナさんが姉御、だと?
正直何言ってんだ? と思っていても、言われた方も、そして周りの皆も特に違和感を覚えているようには見えない。
「あなたが口では何だかんだ言いつつ、グラン様たちを尊敬している事は知っていますし、そしてあの方々に良くしているマコトさんに嫉妬している事は予想がつきます」
「そんな事はねぇよっ」
「気持ちはわかりますよ。憧れていた存在が気にかける相手が、実力は持っていたとしても、戦闘の面において、怯える姿をさらけ出しているわけですからね」
あ、相変わらず容赦ない。
事実だけど、事実だから傷つかないってわけじゃないんですよ?
「確かに、彼は冒険者として情けないかもしれない。けれど、人として間違った事は何一つしていない」
俺が内心打ちひしがれていると、彼女はそんな事を言い出した。
「彼は、行動を起こそうしていました」
俺達二人の間に立っていたルナさんは俺を振り返り、男に俺の姿を見るように促す。
俺は一歩足を踏み出したままの格好で、ルナさんに見つめられ慌てて姿勢を正した。
そんな俺に対して特に何もいう事なく、男へと向き直り言葉を続けていく。
「わかりますか? 彼はあなたに怯えていても、逃げ出さずに立ち向かおうとしていた事を」
「……」
「戦いに怯え、腰が引けて、涙を零しそうになっても、彼はエリーちゃんを守ろうとする事だけはやめようとしていない」
「……」
男は黙ってルナさんの言葉を聞いていた。
「そんな彼を罵倒し嘲笑し、暴言を吐かれたとはいえ、少女に手を上げようするあなたは、人として、何より冒険者として誇らしい事をしていると、胸を張って言えますか?」
そこで一度言葉を区切り、男に尋ねると男は押し黙ったまま。
「自身の職業に少しでも誇りを感じているのであれば、その立ち振る舞いを見直してみる事をお勧めします」
ルナさんは最後に「あなたがするべき事がなんなのかわかりますね?」と言って締めくくり、男に背を向けると今度は「マコトさん」と俺に向かって声をかける。
「は、はい」
「あなたの行いは正しい」
「えっ?」
どんな苦言が飛び出してくるかそう思い身構えていたら、ルナさんは俺の行動を認める発言をした事で、呆けた声を上げてしまう。
「恐怖に駆られても、エリーちゃんを守ろうとした事。それに関して私から言うべきことは何もありません」
「あ、ありがとうございます?」
「ですが」
目を伏せルナさんは言った。
「あなたは今冒険者です」
「……」
「冒険者の仕事は主に荒事。魔物の討伐が主になります。中には専門の知識や技術が求められる事もありますが、仕事の内容のほとんどが命のやりとりと言っていいでしょう」
「えと……」
「そんな中恐怖に駆られている、なんて事は現場では勿論の事、普段の生活でも本来なら見せるべきではありません」
淡々と告げているが、その内容は重い。
お金が溜まったら止めようと思っています、なんて告げられる雰囲気ではなかった。
「それは魔物に怯える方々に対して、不安を煽る行為であり。また命を張って仕事をこなす同業者からすれば、自身の誇りを傷つけられるモノでしょう」
実力があり、格上からも認められ、なのにその人物は戦いになると情けない姿を晒している。
自分達が日夜命を張っているというのに、とそう思うのは無理もない。
ルナさんは俺を認めた上で、俺の行動に苦言を呈していた。
それは、俺個人の事だけでなく、冒険者として奮闘する人間全てのために言っているように聞こえる。
「なので今後も冒険者としてやっていくのならば、もう少ししっかりして下さい」
「……申し訳ないです」
返す言葉がない。
恐怖に駆られる事は、どうしようもないにしても。
その事で周りの人間、特に今お世話になっているグランさん達に迷惑をかけるようなことはあってはならない。
その事を強く痛感させられた。
「私からは以上です。後はあなた達で話し合ってください。できますね?」
俺達に向かって言葉を投げかけられ、俺と男は頷く。
その姿を見て、床に置いた荷物を片手で抱きかかえ。
「じゃあ、エリーちゃんまた」
「またねルナさんっ」
入り口でエリーとそんなやりとりを交わした後、ルナさんは出て行った。
それを見送ると、俺と男は再び相対する。
とはいえ、男に先ほどまでの怒りはなく、ただ眉を潜ませて俺を見つめるだけ。
俺も敵意を感じなくなったことで、男に恐怖する事無く見つめ返す。
「ルナの姉御の言っていた通り、ガキを殴ろうとした事は悪かった。だが、俺はお前を認める気はねぇ」
「……わかってる」
「わかってるなら、ルナの姉御の言っていた通り、もう少ししゃんとしやがれ。俺が「さすが」だと思わせるようなそんな男によ」
その言葉に、努力する。そう答えた。
いずれ冒険者を止めると思っていても、止めるその時までは、その言葉に応えなければならないと思ったから。
「けっ」
俺の言葉を聞き、悪態をついた後、エリーに向き直り「悪かったな」と一言だけ告げてカウンターへ向かい、酒を注文する男。
エリーが男に向かい「お兄ちゃんの事、悪く言わないでねっ」背を向けたまま、手をひらひらと振って返す。
その事にエリーは不満げだったが、あれはあの男なりの返事なのだろうと思い、「大丈夫だ」とエリーに言った。
元々、そんなに悪い男ではないのだろう。
ただ、俺という人間が気に食わなくて、悪態をついてだけで。
ルナさんの言葉に耳を傾け、エリーに謝ることができたのだから。
だから、エリーの言葉もちゃんと聞いてくれるはず。
そう思い、「帰ろう」と声をかければ、「うん」と返事をし、自分の手を差し出すエリー。
俺はその手を取ってギルドを出る。
「お兄ちゃん、ルナさんにはああ言われたけど、またあの人に何か言われたら私に言ってね。私お兄ちゃんがあんな風に言われるのやっぱり嫌だもん」
「気持ちは嬉しいけど、そんな事をして、エリーが怪我をするような事があったら俺は嫌だ」
「大丈夫っ。今度はお姉ちゃんも連れて行くから」
「……やめてあげて」
そんな事は多分ない。けれど万が一そこで何かあれば。
あの男は無事ではすまない
そう思ってやんわりとストップをかける。
エリーは俺の言葉をわかっているのかいないのか「大丈夫。お兄ちゃんが心配する事は何もないから」そう言って満面の笑みを浮かべて、俺の手をギュッと強く握りしめた。
その行動に苦笑して、同じように握り返せば、エリは嬉しそうに笑う。
今日は色々な事があって。
結果的に惚れた人に、色々言われてしまったけれど。
でも、隣の少女が自分に向かって笑ってくれる。
だからせめて、こんな自分でも。
この笑顔を絶やす事のないように努力していこう。
そう思って二人で帰路の道を歩いていった。