1話 異世界は日本人が生きるにはやはり辛いようで その一
この世界に来て数週間が経ち、四苦八苦しつつ思ったのは。
異世界転移といわれるモノを実際に体験してみると、アニメのようにわくわくする事や、ドキドキする事。
それこそ、異世界の美少女と仲良くなったり、何かしらの能力を獲得して無双するなどということはあんまりなくて。
やっぱり空想は空想。
現実ともなれば、それなりに苦労するというのを知った。
まず文明レベルが低い。そのためその環境に慣れるのも一苦労。
中には「魔法」と呼ばれる技術が発達しているので、元々いた日本よりも各段に発達している箇所もあるが、だからと言ってそれだけで快適に過すことはできない。
とはいえ、それについて文句を言っていられる状況ではない事は百も承知している。
これについて、徐々に慣れていく他ないだろう。
次に、何と言っても日本とこの世界で違うのは。
やはり、魔物の存在だろう。
ゲームや、漫画、アニメといった娯楽の中で「モンスター」と呼ばれる存在。
この世界では魔物と言われていたりするが、人より力が強く、基本害をなすため、危険な存在として認知されている。
モンスターを倒せば金貨が出てくる、というわけではないものの、報酬としてお金を貰えるのは一緒らしい。
なので、俺も冒険者として生きるために魔物と戦うようになったわけだが、その存在の凶悪さにいつもビビッている。
命のやりとりなんてした事もない俺が、「じゃああの魔物を倒してきて」と言われ、素直に「はい頑張ります」なんてなれるわけなく。
毎回魔物の凶悪な姿にビビリながらも、何とか奮闘している所だ。
あと俺は神や精霊と呼ばれる高尚な存在に呼ばれたわけでもないので。
幾多の物語のように、異世界に来た瞬間にスキルとかチートと呼ばれる能力は獲得できなかった。
漫画のような展開なんてあるはずもない、と思ったが跳ばされた時点でそういうものの一つくらいを願ったりしても罰は当たらないと思う。
ただ、全く何も得られなかったわけでもなく。
この世界は、前の世界と何か違うのか、身体能力が格段に向上していた。
特別体を鍛えていたわけでもないのに、森で魔物の攻撃を回避し、又人を抱えて長距離を移動することもできたのだ。
あの時はパニックになって実感できなかったが、グランさん達に指摘されて一般人を超えた身体能力を獲得していることに気づけた。
色々とこの世界について教えて貰い「これが関係しているんだろう」ということはわかるものの、それだけでは説明できないので、結局何故かはわからない。
それを知るには、俺の知識がまだ足りていないのだ。
だから、何故かということを今は考えずにいる。
大事なのはこの身体能力のおかげで俺はこの世界で生きていけるということ。
無双できる、と呼べるほどのものではないが。
それでもこの身体能力のおかげで紹介された冒険者ギルドに登録できたのだから。
これがなければ試験用に用意された、低レベルとはいえ、魔物と呼ばれる怪物を一人で倒す事はできなかった。
命のやりとりを仕事にするということで、その魔物を倒す事がギルドの試験の内容だったから。
グランさん達曰く俺の力はこれからも鍛えていけば上がっていくだろうということなので、お先真っ暗という状況でもない。
元々持っていた「能力」は戦闘において何も役にも立たないしな。
だから、何もない状況で頼れるモノがあるというのは非常にありがたかった。
「そっちいったわよ!マコトっ!」
「……了解っ」
前線で剣士であるグランさんとキースさんが奮闘する中。
俺の役目は、後衛のアンメアさんとミレーナさんを守ること。
グランさん達が抑えきれない魔物を二人の下へ行かせず、足止めすることが俺に与えられた役目。
今回は唐突に発生したオークの群れを討伐するクエストに同伴している。
初心者殺しと言われる魔物らしく、このクエストをこなすには中級以上の実力が必要とされるらしい。
このパーティーは俺を除き中級以上の実力があり、俺自身も実力だけなら初級を超えているという事で参加しているが。
やはり、実戦は怖い。
正面から戦えば負けることはないと諭されても。自分より大きい存在に、空気をビリビリト震わせる咆哮と、ギラギラと殺気で輝いた目で睨まれればどうやったって足がすくむ。
何度経験しても命のやりとりというものは、いつまでたっても慣れる気がしなかった。
けれど、実力を買ってくれ、又安全を考慮された編成を組んでもらっている。
足が竦み、涙が零れそうになっても。
その気持ちと、後ろ二人の命がかかっているなら逃げ出す事はしたくなかった。
「来いよっ」
二人に目がいかないよう、必死の虚勢を張り、無理やり震えを押さえつけて剣を抜く。
慣れなくても、生きる為に身に着けた力で、今日も俺は彼らと一緒にクエストをこなしっていった。
俺の異世界生活はギルドの講習を受けて戦いの基本やこの世界の常識を学び。
そして、拾ってくれたパーティと一緒に実戦を経験する、それを日々繰り返していた。
「戦いには向いてないかもなー」
クエストが終了し、達成の報告と報酬を受ける道中でキースさんそんな事を言い出した。
「実力云々はともかく、命のやりとりをするには向いているとは言えないわね」
それに同調するアンメアさん。
「能力は低くないし、クエストをこなす度に成長しているけど、マコトはいつも怖がっているもんねー」
のんびりした口調で告げるミレーナさん。
そのどれもが俺の戦闘に対しての評価なのだが、みんな馬鹿にしているわけではない。
最近ギルドの冒険者に叩かれる悪口のような蔑むものではなく、純粋に現状の俺について感想を述べているのだ。
「そうだね、実力はある。けれど魔物と敵対する時、マコトは必ずと言っていいほど気後れしている。実力が下な魔物ならそれでも戦っていけるし、それに今は僕らがいるから何かあってもフォローできるけど、その状態まま冒険者をやっていけば、いつか命を落しかねないかもしれない」
困ったな、と頭を悩ませるリーダーのグランさん。
彼は現状の俺をどうにかしようと考えてくれているようだ。
みんな、良い人だと思う。
俺にとって、異世界での幸運は、身体能力の向上と、この人達に巡り会えたことだろう。
こうして、赤の他人の面倒を見、そして頭を悩ませてくれる存在はそうそういるもんじゃない。
「マコト」
「うん?」
「変な意味じゃなくてさ、別の道探してみるのもありじゃない?」
俺に声をかけるアンメアさんはそう言った。
先日の暴走は兎も角として、元々面倒見の良い人なのだ。
「別の道?」
「そう、冒険者を薦めたのは身体能力の高さがあって、尚且つ身分を証明するものがあんたにはなかったから。冒険者はそういった人種でも実力があったらやっていけるからね。でも戦いに恐怖しているなら、逆にやめといたほうが良いと思う。怖がったままじゃ逆に命を落しかねない」
「……」
「別に今すぐやめろとかそういうわけじゃないわよ? 今は私達がいるから。でもずっと一緒にいる保障は出来ない。だから私達と一緒にいる間に技術や知識を身につけてさ、他の職種で生きていくのもありだと思う」
確かに。
ある程度知識や技術を身につけたら、他の職種につくのはありかもしれない。
身分証明するモノがないと、ありつけない職業も数多くあるみたいだが。
それでも、冒険者という肩書きがあれば、雇ってくれる所もあるみたいだし。
それに。
「私達が口利きすれば、あんたを雇ってくれる場所も、色々とあると思うわ」
ここまで、言ってくれるのだ。
正直何から何まで世話してもらって申し訳なく思うのだが。
自分でも、戦いに向いていない性分をしている事は分かっている。
なので、ある程度のお金と知識と技術を身につけたら、冒険者をやめ、違う道で生きていくのもいいだろう。
どれだけ強くなったって。
俺は、どこかの英雄のように、勇敢にはなれなそうにない。
この人達に何か返すにしたって。別に冒険者を続けなければならない道理もない。
「うん、そうだな。他の職種についても考えてみるよ」
今すぐ、というわけにはいかないけれど、いずれその日がきたら。
この戦いを日常にする生活を終えよう。
そう思い、彼らと一緒に廃教会へと歩いていくのだった。