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プロローグ


「……私、男の人が、人前で泣くのは正直どうかと思います」


「えっ?」


「いくら戦うのが怖いからといって、ボロボロと涙を零し、ガタガタ震えながら戦うなど……悪い事は言いません。あなたにみたいな人間は戦いに向いていない」


 綺麗な人だと見とれて、無表情にそんな事を告げられたら、年頃の俺としては、落ち込むほかなくて。


「大丈夫だよお兄ちゃん」


「エリーっ」


 落ち込む俺に声をかけて来たのは、最近知り合ったエリーという名の少女。 


 おお、慰めてくれるのか。


 優しいなーと幾分持ち直しかけた所に。



「私、お兄ちゃんがどれだけカッコ悪くても、助けられた事が嬉しかったから。男のくせにみっともなくても、見捨てたりなんかしないからね」



 嬉々として云われた台詞に、トドメを刺された。


 時に素直で悪意がないというのは、何よりも心を抉るナイフとなりえる。


 その事を、身を持って知った。


「……アリガトウゴザイマス」


「うん。でも、怖くて怖くて仕方ないなら言ってね。私が抱き締めて良い子良い子してあげるからっ」


「……ハハハハハ」


 情けねぇ。


「あっまた泣いてるっ。良い子良い子~。お兄ちゃんはとっても良い子~」


 エリーは、んーと背伸びをしながら俺の頬、多分頭を撫でたいのだろうがエリーの身長では届かずに、ギリギリ届く範囲であろう場所を一生懸命に撫でる。

 

 幼い女の子に撫でられながら、乾いた笑いが止まらない。

 

 そんな俺を、仕方のないやつだといわんばかりに目を伏せてため息をつくメイドさんのルナさん。

 

 あー、やっぱりと。

 

 エリーに撫でられながら、ルナさんに冷たい態度をとられながら思う。

 

 人生というのは、ままならないものだと。

 



 



 今このいる場所は元々俺がいた場所ではない。

 

 場所どころか、世界そのものが違ったりする。

 

 何の因果でこうなったのかは知らないが。

 

 俺は、日本からファンタジー世界に転移してしまった人間である。

 

 唐突に何の前触れもなく、一瞬視界が真っ黒に染まったと思えば。

 

 次に視界が開けた時に映った光景は先ほどまでいた場所でなく、見知らぬ森の中で、そしてそこで小さな女の子が見たこともない生き物に襲われかけていた。

 

 目に飛び込んだ光景にわけがわからなくなって、けれど一人の少女と自身のピンチに体を震わせながら。


 咄嗟に少女を抱きかかえ、悲鳴を上げながら森を爆走。

 

 そのまま森を突っ切って、少女案内の元近くにあるという街へと向かい。

 

 そこで、出合った少女の姉と、姉が組んでいるパーティの人間達と合流し。

 

 様々な説明を受けた後で冒険者ギルドに連れてこられて。

 

 混乱した状態で理解が追いつかないまま、俺は異世界で冒険者として生きる事を余儀なくされたのだった。

 


 




「はぁ」


 この世界に来てからお世話になっているグランさんが住むお屋敷で、メイドをしているルナさんにぼろかすに叩かれ、憂鬱な気持ちで帰宅する俺と、終始楽しげなエリー。


 先ほどは、エリーと一緒に買い物している道中で出くわしたのだ


 最初エリーに優しく接している姿に、胸を高鳴らせたものだが、俺を見た途端「あなたグラン様の言っていた……」と表情を消して冷たく忠告する彼女に俺の心はズタズタに引き裂かれた。


 俺みたいな人間には、恋なんて高尚なもの似合わないんですねと肩を落とす。


「お兄ちゃん」


「んー?」


「ルナさんの事が好きなの?」


「ぶっ!?」 


 思わず噴出し、エリーを見れば。


「あはは、変な顔ー」


 俺の表情が可笑しくてけらけらと笑っていた。


「急に変な事言い出すからだろっ」


「えー、でも、お兄ちゃんルナさん見てて、顔真っ赤にしてたもん、大人の男の人がそうなっている時って、好きになった証だってお姉ちゃん言ってたよ」


 間違ってないけど、素直に認めるのは気恥ずかしくて思わず「違うっ」と言い返した。


 そうしたら。


「ウッソだー、絶対お兄ちゃんはルナさんを好きになったんだ、お姉ちゃんが言ってた一目ぼれだ~、一目ぼれ~」


 楽しげにきゃっきゃっと騒ぐエリーに「この野郎」と体を掴む。


 すると「やー襲われる~」などと聞く人が聞いたら、誤解されかねない台詞を笑顔でのたまうエリー。


 マジでやめれ。


 そう思いガシガシと頭を撫でると「もうちょっと優しくして」と文句が出るが気にしない。


「あまり年上をからかうな」


「はーい、あっお兄ちゃん抱っこして、私疲れちゃった」


 わかっているのか、わかっていないのか。


 自分の気持ちを素直に表現する幼い女の子に、これ以上騒ぎたてる気にもなれずに「はいはい」と片手でエリーを抱きかかえる。


 両手を使いたい所ではあるが、片手には先ほど買った食糧が詰まった紙袋を抱えているため、仕方なくだ。

 以前ならば子供と荷物を抱えるほどの力はなかったが今は別。


 特に苦にもならない。


 強いて言うなら、バランスが取り辛いぐらいだろうか。


 そのため、エリーを落したりしないように気をつけながら、人々が行きかう街道を歩く。


 俺が今住んでいる場所は、街の大通りから外れた、今は使われていない教会。


 その廃教会で、今お世話になっているグランさんを除く他のパーティメンバーと一緒に生活をしている。


「わーい。たかーい。ゆれる~」


「ちょ、こらっ。そんなに暴れると落ちるっ」


 自身の胸でエリーを支えていると、何を思ったのかよじ登り始めて騒ぎだす。


 とっさに腰を支えて落す事を回避するも、それでもはしゃぐエリーに叱責する。


「だって楽しいよ?」


それでも反省の見えないエリーに、又文句を言おうとした所で。


「マーコートー」


 怒気を含んだ声で自身の名を呼ぶ声が。


「んっ? あっ帰ってきてたのか。アンメアさん」


 エリーから視線を移し、前方に目をやれば、お世話になっているパーティーメンバーの一人アンメアさんが。


 彼女の周りには他の面子も揃っており。


 パーティのリーダーであるグランさん。


 顔立ちが整っており、けれど軽薄な雰囲気を纏っているキースさん。


 のんびりした調子のミレーナさん。


 計四人が俺たちの前に立っていた。


 今回のクエストは俺を同行させるにはちと早いとかで、俺は他の面子がクエストをこなす間に教会の掃除や、食料の買出しなどを任されていたわけで。


 帰るのは日が沈む頃だと言われていたのだが、どうやら予定より早くクエストをこなしたらしい。


 沈む所か、太陽はまだその存在を主張している。


 特に疲れた様子を見せない姿に「さすが」等と思っていると。


 何故か目を半眼にした状態で、アンメアさんがズカズカとこちらに歩いている姿に思わず腰が引ける。


「あ、あの何でそんなに怒ってるん、ですか?」


 あまりの剣幕にビビッて敬語で尋ねるも。


「あんた……自分が何してるか分かってる?」


 返ってきたのは、答えではなく質問。


 全く意味がわからないので、「分かっていません」素直に答えると「自分の右手を見てみなさい」と言われて「別にエリーを抱きかかえているだけじゃあ――」


 そこで、気づいた。

 

 はしゃぎ騒ぐエリー、その時に衣類が乱れて裾は少しめくれ、肌が顕になっている箇所があり。


 そうして腰に回した手の行く先はエリーのお尻に触れているわけで。


 えっもしかしてこれ?


 マジで?


 全くそんな意図はなく、なんなら先ほどまでその感触すら意識していなかった状態。


 だというのに、俺が街中の往来で幼い子供に手を出していると?


 ははは。


 そんな、まさか、ねえ?


 何か冗談だと思い視線をアンメアさんに向ければ。


「……」


 あっ、駄目だこれ。


 マジだと思っている人間の目だ。


 普通ならそんな結論に至らないと思っても、仲間想いである以上に妹想いである彼女の目には、俺が獣以下のド畜生の部類に見えているらしい。


 誤解を解かないと俺はここで死ぬっ。


 そう悟り、口を開こうとしたが。


「さっきお兄ちゃんに襲われたー」


「エリーさん!?」


 あんた、何て事をっ。


 ノリで言っているからって、状況を見て言ってくれっ。


「……エリー」


「なぁに? お姉ちゃん」


「そいつから離れなさい」


 静かに声をかける姿に首を傾げつつも、素直に従うエリー。


 ああ、そんな所で素直にならないでくれ。


 今、お前が離れたら、俺はアンメアさんに……。 



「あんた何私の妹に手を出そうとしてるの!? この変態が!」



 文字通り殺されてしまうっ。


「ち、違う。誤解だ!?」


「問答無用っ!」


 物凄い速さでこちらに詰め寄り腕を振りかぶるアンメアさん。


 あなた、本当にヒーラーですか?


 思わずそんな事を思うのと同時に張り倒される俺。


 口から漏れる情けない声を吐き出しつつ、頬に感じるのは痛みと衝撃。


 視界がぐるぐる回り、抱えていた荷物はぶちまけられ、地面をごろごろと転げ回った。


 人で溢れかえる街中は、唐突の事態にざわざわとわめきだす。

 

 その中で、地べたで仰向けになり、ぐわんぐわんと揺れる視界で空を眺めつつ思う。

 

 何て日だよ。こんちくしょう。

 

 一目ぼれした瞬間ぼろかす叩かれるわ、誤解とはいえ張り倒されるわ。

 

 今日という日は、本当に碌な事がない。

 

 そう嘆く俺だった。

 



 追伸。


 その後の必死の弁明や、他の面子の擁護により、誤解が解けた事を述べておく。


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