第98話「詮索せず」
望に鼻を摘まれ、明後日の方向にいっていた話題を戻したのはもちろん、夢である。
見かねたというより、ある程度中だるみしたタイミングを見計らって、適切な相手へ適した質問をしてくれたのだ。さすが夢。兄は頬っぺたを引っ張られながらでも誇らしいよ。
「それで、中尼さんが今まで鍛冶場に来なかったのは月見高校全生徒へ、四季家のことを説明していたからだと」
「は、はい。……余計なお世話だったかもしれないんですけど」
いやいや、そんなことないよ。そう言いたいけど、中尼君の表情は少しばかり思い詰めているようにも見える。
簡単に、気軽に、言っていい言葉ではないな。それに、頬を引っ張る指から解放されなきゃ、まともに話せようにない。
「まずは、四季家のためにそこまで動いてくださったことに、感謝を。ありがとうございます」
夢は俺の太ももの上に座ったまま、中尼君へと深々と頭を下げる。それを受け、中尼君も慌てて手を振る。
「いやいや! なんか、勝手なことして申し訳ないっていうか。そもそも、名家の皆様には必要ないことかなって思って――」
「中尼さん」
中尼君の指はモジモジと、浮ついた動きをしていた。不安なんだろう。自信がないのだろう。そりゃそうだ。俺だって、中尼君の立場だったら同じような心情になる。
夢はそんな中尼君へ優しく話しかける。ふわっと、金木犀の香りがしてくる。
「私のお礼は嘘だと、お世辞だと思いますか?」
「い、いや、そんなことは」
「では、そのまま受け取ってください。私達の感謝に大小様々ありますけど、中尼さんへ向けたものであることに変わりませんから」
ニコッと、万人を悩殺する笑顔を見せる夢。
それを真正面から受けた中尼君は、一気に茹で上がる。こういう名家らしい振る舞いができるのを誇りに思うのと同時に思うことは、お兄さんは許しません。はい、夢にはまだ早いとも思うのです。
と、不躾ながらも父親面の想像までしていると、左膝に座っている望がこちらをジーと見てくる。
「とぉ兄」
「なんだい、望」
「あんまり、妹想いが行き過ぎると大変だからやめておこうね」
ん、どうして望はそんなことをコソッと言うのだろうか。心でも読まれたか?
読唇術が読心術だった感じか?
いやいや、まさかまさか。望と過ごしてきた時間が長いとはいっても、心が見透かされるほどではないはず。そこまで単純な俺では無い。
「だから、行き過ぎないようにね」
「うん、何がなんだか分からないが分かった」
コソッと、俺も望へと返す。
とはいっても、この距離だとヒソヒソ話している声はきっと夢には聞こえているんだろうけど。
まぁ、内緒の話ができて望は嬉しいのか、ニコッと俺へ微笑んでくれているからいいか。どうせ、怒られるのは俺だし。
「それで、中尼さんはあたし達のために古今東西、東奔西走の縦横無尽を駆け抜けてくれたわけ?」
「…………? そ、そうです」
叶や。語呂のいい四字熟語を並べるのはいいけど、使い所を間違ってはいけない。とか、心の中で添削したくもなるが、叶がそれを素直に受け取るわけでもなし。
ここは黙っておくのが吉とでた。
疑問符の浮かんだ中尼君に、次は夢が問いかける。
「で、雨曝さんも一緒にいたそうですが、たまたまでしょうか?」
「いや、俺が呼びました」
なんと、雨曝君とは面識がなさそうだったのに。中尼君も結構アクティブなのか。いいことだ。
「呼び出した理由を尋ねても?」
「いや、透さんと対決した相手から印象を聞こうかなって。俺、実戦というか。真剣を使った試合はしたことなかったので、興味があったというか」
「……本当のことをお話しください」
え。夢の視線が一層鋭くなる。ただ、問い詰める方向というよりかは、問い質す方向だろうか。
嘘つきな子どもへ真実を話すことの促しだろう。
「夢、本当のことって。中尼君が嘘を言っているて?」
「はい、兄様。中尼さんは嘘をついています。この期に及んで」
「この期に及んでか。それはいけないな」
問答無用で妹を信じる俺も大概だけど。多分、早口で喋った中尼君の様子からして、嘘だとは思う。決めつけはできないが。
そんな夢との会話をあえて聞こえるようにする。嫌味ではない。決して。
「…………すみません、嘘です」
「いや、嘘というよりかは真実を隠すために都合のいい方便がさっきの話しだと俺は思うけど。謝ることじゃないよ」
少なくとも、俺達は説教をするためにいるわけじゃない。膝に妹二人を抱えて、長女を肩車しているわけじゃない。
「俺達のために、四季家のために動いてくれた中尼君を責めているわけじゃないんだ。ただ、なるべく嘘とか照れ隠しをしない方が嬉しいかなって。無理だったらいいんだ」
こればかりは、こちら側の勝手な気持ちだ。
中尼君の厚意に甘えているだけだ。
ただ、やっぱり、隠し事は少なくありたい。
中尼君が嫌だと言うなら、こっちは察して動くしかないし、話題を誘導するしかなくなる。それはそれで面倒なのだ。
「とぉ兄、例え分かっていても言わないのが配慮ていううものじゃないかな」
はて、配慮とな。コソッと教えてくれる望の言っていることがいまいち理解に乏しい。
「真実を隠すための方便とか、照れ隠しで都合のいいことを言ってるとか。例え分かっていても言わないものだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。分かっていても言わないのも優しさてやつだよ」
そうなのか。秘密の作戦会議のお陰で、また一つ賢くなった気がする。賢くなったつもりになった気がする。
というわけで、偉そうに咳払いをする。
「……ごめんね、もしかしたらデリカシーのないことを言ったかもしれない」
「い、いえいえ! 俺が隠し事なんかしなければよかっただけなんで」
そうだね、なんてのは言ってはいけないのだ。
この場合は話を変えるに限る。
「で、雨曝君へ声を掛けた――というか呼び出した理由てのは聞かせて貰えるかな? 無理だったら大丈夫だから」
望曰く、詮索はせず。考察はしても、憶測で行動しない。これをしなさいと。
それに倣ってみたお陰か、少しだけの取捨選択を挟んで、中尼君は口を開く。
「……その……四季家について流れてる悪い噂を正そうと、声を掛けました」
ある種、予想通り。
先生方の意味深な言葉がようやく形になって、目の前に現れた気がする。それはとても、不安げで。とても、健気で。
勇ましい姿をしていた。
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