第97話「曲芸」
鍛冶場に集まった人間と集められた人がそれぞれ手にした飲み物を口につけてから、即座に口を開いたのは俺の頭上。
肩車をされている叶であった。
「さ、中尼さん。あなたが何をしていたのか話してもらいましょうか」
まるで取り調べの刑事さながら、中尼君を指差す叶。でも、指差すのは良くないと気づいて江戸前さながら、「よおござんす?」と手のひらを見せながら促す。
肩車されながら。
「え、今日呼ばれたのってそれですか?」
中尼君は様子を伺いながら聞き返す。中尼君、俺と同い年なのに、無理やり連れてこられるなんて不憫でしかない。しかも、事情を聞かされていないって……。
「叶、中尼君に理由は言った?」
「言ってないよ。自販機の前で雨曝さんとだべっているのを無理やり引っ張ってきたの」
「無理やり引っ張ってこないの」
あまり妹に男を引っ張って欲しくないけど、この場合、叶が不審者なので事情の一つくらい説明してもいいだろ、とふくらはぎを摘む。
ふにっとしていて、適度に筋肉質な足。純白な肌に、しなやかで美しいものをこれ以上なく摘む。
「兄さん、ごめんって。だからあまり摘まないで」
「で、中尼君と雨曝君を連れて来たのは分かったけど――勢いに任せて誘拐してきたのは理解できたけど、桜坂さんは?」
話題の移り変わりを真正面から受け取った桜坂さんは、飲んでいた三ツ矢サイダーの飲み口から唇を離す。
「私は、叶さんと廊下ですれ違って」
「すれ違って、誘拐された、と?」
「はい。気づいた時には肩に抱えられていました」
どういう状況だろうか。気になる。そこだけ気になる。
中尼君と雨曝君を引っ張り、恐らく両手がこの時点で塞がっている。その上で肩に桜坂さんを抱えていたとなると。
「叶は曲芸師かなにかか?」
「強いて言うなら武士だよ」
「強いて言うな。それだけであれよ」
小さく溜め息を吐き出す。眉間に掛かる力はストレスによるものだろうか。それよりも、妹の奇想天外な行動によるものか。
「でも、兄さん。桜坂さんを落とさずここへ運んだことは誇っていいでしょ」
「桜坂さんだったら、理由を説明したら来てくれただろ。そしたら、危ないことも経験することだってなかっただろ」
あー、と言いながら俺の頭をポンポンと優しく触ってくる叶。マジかよ。
「次は事情を説明して、肩に担げばいいのね」
「違う、そうじゃない」
いやいや、こんな兄妹の意思疎通を図っている場合じゃないんだって。コミュニュケーションの時間は後で充分できるんだって。
俺は考えを振り落とすように頭を振る。
「危ないな、兄さん。あたしがいるのに頭を振るなんて、落とす気?」
「ごめんね、桜坂さんに雨曝君も。叶が迷惑をかけたみたいで」
「あ、無視はいけないんだー」
叶は全く不貞腐れた様子も見せず、あえての抵抗として太ももを閉じる。俺の顔が潰されてしまい、かろうじて見える範囲だけでなんとか会話をしようとしたが、それを制したのは望であった。
俺を挟んだ太ももに両手をねじ込み、ゆっくりこじ開けて、俺の顔を取り出す。
俺は化石か何かか。そんな扱いを受け、望と目が合うと少しばかり考えていそうな表情をしていた。
「ありがとう」
「ううん。とぉ兄はやっぱ――いや、なんでもない」
なんでもないと言われて気にならないわけがない。つまり、気になった俺は少しばかり望の顔を確かめていたのだが、その唇がゆっくり動く。
俺と目を合わせながらその桃色の唇は開いたり、閉じたりする。
『太ももが好きなの?』
そう動いた気がした。少しだけ、読唇術に心得があったもので確かでは無いが、望はそう聞きながら首を傾げる。
あー、叶の太ももに挟まれたからか。なんとも思わなかったからか。なんにも、文句すら叶に言わなかったからそう思ったのか。
だが、残念だ、兄さんはそういう性癖を持ち合わせていないのだ。というか、望にそんな風に思われていたとあれば、否定しなければいけない。
なので、俺も唇を動かす。
『俺は胸派』
望に鼻を摘まれた。
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