第95話「鍛冶場での集合」
右手にはお淑やか美少女。
左腕にはゆるふわ系美少女。
そう評しても誰も怒らないだろう妹達を連れて、俺は鍛冶場の扉を開く。きっと、中では中尼君と叶がいるはずだ。望にあった叶からのメッセージでは『早く来ないと』という切羽詰まった要望であった。
しかし、それを真に受けてはいけない。
そう、真に受けてはいけないのだ。叶は即決即断かつそれが遅れると少しばかりモヤモヤしてしまう女子。
つまり、早く来ないと、という文面には『あたしが中尼君を問い詰めてしまうよ』の行間が含まれているのだ。
こればかりは、生まれてから一緒に過ごしてきた時間が長い、兄だからこそできる察知能力というものだ。
そんなもんだで、ゆっくりと食後の運動がてら歩いてきた俺達の目の前には、見慣れない光景が広がっていた。
「…………桜坂さんと、雨曝君?」
俺と妹、それに中尼君がいつも座っている椅子には、既に先客がいた。それも、一昨日と昨日の予選会で戦った相手だ。
二人は俺の声を聞くと振り返り、慌てたように立ち上がる。
「あ、はじめまして! 桜坂です!」
「はじめまして、て。一昨日戦いましたから、一昨日振りですね」
「は、はい! その節はどうもありがとうございました!」
緊張が喉を動かしている桜坂さんは、言い切るや否や体の前で手を組み、心もとないのか指先をくるくると持て余す。少し俯いた動きに合わせて、横髪が垂れる。後ろ髪はフワッと柔らかく跳ねていて、首元までの長さは試合に邪魔にならない程度でありながら、オシャレなイメージを与えてくれる。
いわゆる、ウルフカットと呼ばれる髪型だ。
そんな夢と同じくらい小さな桜坂さんは、俯いていた顔を上げてくる。
「あの、その、戦ってくれてありがとうございました……」
「いえいえ、こちらこそ」
唐突なお礼に、精一杯の大人な返答ができた……と思う。今まで戦ってお礼を言われたことなんてない。むしろ、妹達としか刀での試合をしてこなかった人間にとって、どう返すのが正解かなんて分からない。
しかし、どうやら桜坂さんにとっては良かったらしい。試合の時、腫れ上がっていそうな涙袋は今では潜めている。
そういえば、こうやって話すのも初めてなのか。
「雨曝君も、どうしてここに?」
今まで寡黙にことの成り行きを見守っていた巨漢。というか、制服てそんなに大きくなるものなのか。
俺よりも大きく、誰よりも巨大な体を制服に目一杯つめこんだ雨曝君は、不器用ながらも会釈してくれる。
こうやって改めて見たら、雨曝君はいかついな。
短くした髪は天然パーマらしく、くるくるに巻かれている。というか、パンチパーマに見える。屈強な体に、いかつい髪型。黙っていると鋭い目に射抜かれそうなほど、威厳ある姿。
俺、この人と戦っていたのか。
「心配で……試合の後、倒れたと聞いて……」
「わざわざ? 対戦相手まで気遣ってくれるなんて、優しいんだね」
「そ……そんなことは……」
照れたように頬をかく雨曝君。その動きで制服の肩と肘の部分が悲鳴をあげるように引っ張られているのが、これまた凄い。まだ成長期なのか。
俺ら世代はもう来ないと思っていたのに、彼の肉体は更なる発展を遂げるのか。後で何かコツでも聞いてみよう。
「ということは、桜坂さんも?」
「いえ、あたしは妹さんに連れられて」
そう言いながら視線を移した先――普段自分が座っている椅子の上で考え込んでいる叶がいた。
いや、目に映ってはいたのだが、何か考えているのなら邪魔をしちゃいけないと思っていた。無視していたわけじゃない。決して違う。
そんな桜坂さんをおそらく、無理やり連れて来ただろう張本人は、話題の中心にあることをようやく認識した。
「…………あれ、兄さん来たの」
「来たよ。考え込んでどうした? 何か悩み事か」
悩み事とはまた珍しい――なんて言えば叶はきっと怒るだろう。ただそれほどに、考え込んでいるのは珍しいのだ。
「いや、兄さん大したことじゃないんだけど。お汁粉ソーダなるものを見かけたわけですよ」
もう既に嫌な予感がする。なんでよりによって、その二つを混ぜた。疑問がポッと二つくらい湧いてくる。
「俺は飲まないぞ?」
「え、でも皆の分を買ってきたから誰か一人はそれになっちゃうんだけど」
「皆……?」
見ると卓上にはそれぞれ一缶ずつ置かれていて、叶は午後ティーのレモンティー。立ち上がった桜坂さんのところには三ツ矢ソーダ。雨曝君はコーラに、中尼君もコーラ。
そして、残っているのはこれまた几帳面なほど一箇所に集められている。
なになに。ラベルをよく見れば、お汁粉ソーダに緑茶、午後ティーのミルクティー。緑茶は夢の好きな飲み物だし、望も最近ミルクティーにハマっているらしい。
……これ、俺がお汁粉ソーダになるじゃないか。
「不平等だ」
「だよね。どうやって、兄さんを言いくるめようかなって思ってたんだよね」
悪びれもせず、叶は騙す相手に向かって相談してくる。何も思わないのかよ。俺がジト目で見ているのを中尼君は勢いよく立ち上がって、コーラを差し出してくる。
「透さん! 良かったら俺の飲んでください!」
「気持ちだけ受け取っておくね、ありがとう」
中尼君が差し出したコーラは既に開けられている。それに、入ってきた時飲んでいたのを目撃している。飲みかけを貰うほど、俺は卑しくもない。決して回し飲みが嫌だという理由ではない。
「……叶、そういえば午後ティーだったな」
「うん、そうだよ――」
そう言うや叶は一気に午後ティーを喉へ流し込む。ペットボトルがベコっと音がすると、空っぽの午後ティーが机の上に置かれる。
なんてやつだ。
「これなら、あたしと交換しようなんて思わないでしょ」
「さっきまで俺を言いくるめようとしていたのはどうした」
最後までしなさいよ。確実に俺へ押し付けたかっただけだろ。
「……はぁ、分かった。次買う時は、面白商品なんか辞めておけよ」
俺は深い溜め息を吐き出しながら、お汁粉ソーダのカンカンを取る。……これで、冷たいのか。
桜坂さんも雨曝君も、いたたまれない目で見ないでください。兄は不憫なのです。
「え、今度おでんコーラがあったからそれにしようと思ったのに」
「やめなさい。絶対に」
「それってフリだね?」
「やったら承知しません」
俺の懇願と憤怒を混ぜ合わせた視線を受けて、叶は「分かった分かった」と手を振る。絶対分かってないだろ。
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