第93話「叶の行方」
各々が頼んだ朝食を平らげ、後は食休みをする予定だったが、夢からジーと視線が送られてくる。
なんだろう。綺麗な目で見てきて。
「どうした、夢」
「いえ、兄様。叶ちゃんは知りませんか?」
そういえば、あの元気っ子の姿が見えない。いつもだったら、一緒に鍛錬を積んでそのまま朝食の席に座っていそうだったのに。寝坊だろうか。
「寝坊……か?」
「それはないと思うよ、とぉ兄」
隣でスマホを見ていた望は視線を外さずに答える。現代人っぽい。
「今日の朝、叶姉さんから連絡きてから」
「連絡?」
聞き返すと証拠とばかりにメッセージ画面を突きつけてくる。えっと。
かな『おはよ! 望ちゃん起きた!』06:37
「確かに起きてるな」
起きた、って送るのもどうなんだろう。文章的におかしいのは寝起きだからだろうか。いや、だいたいこんな感じだったな。
叶は勢いのまま文字を打つ。返信速度はバカみたいに早いが、既読がつかない時はとことんつかない。なにより誤字率が尋常じゃない。
「でしょ。起きてるから、どこかにいるとは思うけど」
「望ちゃん。叶ちゃんが二度寝している可能性はありませんか?」
ありそうだな。夢に言われて、二度寝したことに気づき、大慌てで準備する姿を想像する。
活発な人間はとにかくイメージしやすい。
「二度寝するかな叶姉さん。叶姉さん、一度起きたらそのまま動き始めるから、寝そうにないけど……。ほら、家にいた時とか」
「……そういえば、そうですね」
夢は顎に指を添えて、思い出を探る。考え込む姿も様になるな。感心していると、その夢と目が合う。
「兄様は何か知りませんか?」
「知っていたらこの場で言っているな」
「ですよね……んー、困りました」
綺麗に整えられた眉毛が八の字に曲がる。何か叶との用事でもあるのだろうか。
「困るって、何か叶に用でもあったのか?」
「いえ? ただ、心配なだけです。私の姉ですから」
そういうものか。夢の姉妹愛とやらは、相思相愛なようで恐らく叶と立場が逆転していても、同じことになっていただろう。
叶だったら、起こしに行っているだろうが。
「夢姉さん、あたしから連絡しようか。一応、起きてるかどうかは分かるかもだし」
確かに。スマホ片手にゆるやかな閃きを見せた望の言う通りだ。見ていない可能性があるのは、あくまでスマホを触っていない時だけ。
寝起きや他の暇な時間にSNSを確認するタイミングでは、叶の既読がつく。
既読がつかないということは、寝ているか。起きているがスマホを確認できないということになる。
「……そうですね。お願いします」
夢も考えて同じ結論に至ったらしい。
そんな中、慎ましやかでもさりげなく主張するために伸ばされた望の指先は、凄まじい速さで動く。
え、そんなに早くフリックできるのか。
「ん? とぉ兄どうしたの? 爪気になる?」
「いや、望は現代人なんだなって思って」
「……とぉ兄も現代人でしょ」
ささやかなツッコミに紛れて、俺を訝しむ望。そうだけど、そうじゃないんだ。俺はそんなに早く打てない。刀は打てるが、どうにも文字を打つのは下手くそなんだ。
「望ちゃん、兄様はフリック入力の早さを褒めているのですよ」
すると意図を汲んだ夢からのフォローがはいる。
それを受けてか、望は不思議なものを見るように俺へくりくりの瞳で見てくる。
「とぉ兄てそんなに入力遅かったけ? あたしと会話してる時、早くなかった?」
「会話……してたか? ほとんど通話だったじゃないか」
しかもビデオ通話。
ここ最近はそうでもないが、俺が一年生――というか、この月見島へ引越してからほぼ毎日、あれやこれやと理由をつけられて望と通話していた。
それを望は忘れていたらしく、一瞬、考え込み、ハッと目を開く。
「そういえば、そうだった。思い出したよ。とぉ兄、この島に引っ越すてなって、スマホを買って貰ってからすぐあたしと連絡先交換したのに、返信くるの次の日になってるんだもん。通話の方が手っ取り早いから、そうしたんだよ」
「え、そうだっけか」
次の日になってたことあったのか。いや、なるか……。思い返せば、作刀を始めると日を跨ぐのは当たり前だし、それが数日にもなる。その間、休んでいる時間は食事か、気分転換の鍛錬か、榊先生からの愚痴をラジオで聞き流すくらいだった。
「そうだよ。それなのに、眠いだの、夜更かしは美人にとって毒だぞ、とか言ってすぐに切るし」
「望は美人だから事実じゃないか」
何の気なしに言った。思ったことが口から出ると、望は分かりやすく顔を真っ赤にする。
そして、こちらへ向けていた不満気な顔を隠すように背ける。
「ふ、ふーん……そっか、とぉ兄には、綺麗なんだ……あたし」
……何やら独り言を呟いているようだが。あまり聞き耳を立てるのは良くないらしい。向かいに座った夢が、小さく首を横に振っている。
「それより、望。叶からは何かきたか?」
「それよりって……。さっき送ったけど返信は――」
言いかけた唇を閉じたのは、ポキポキとスマホからの通知音。どうやら件の人物から返信が来たらしく、望は即座にアプリを立ち上げるとそこに打たれたメッセージを読み上げる。
「『今、中尼君と一緒! 鍛冶場で会おう!』って」
望が読み上げるとすぐさまメッセージ画面を見せてくれる。可愛らしいアザラシのトーク画面には叶らしい勢いのこもった文面が送られてきていた。
「鍛冶場を火事場て言ってる辺り、叶らしいというかなんというか」
「でも、中尼さんと一緒なんですね。珍しい」
確かに珍しい。二人が一緒にいるところを見たことがない。それどころか、最近は中尼君とさえあまり話せていなかったはずだ。何かしていたのだろうか。
「……デートだったりしない?」
「しないだろ」
「しませんね」
「だよねー」
憶測であれやこれやと叶の動機を考察するも、どれもがありえない話のものでしかなく、不毛ではあった。
これは、実際に鍛冶場へ行って確かめる必要がありそうだ。
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後、ここ最近、書き方を変えたという意識でやっていますが、もしアドバイス等あれば感想とかで教えてくださると嬉しいです。