第9話「入学式」
月見高校体育館 時刻午前十時
武術科列さ行にて、三人の姉妹着席。
「全く、入学式っていうのに親も来ないなんて。晴れ姿を見たくはないのかね」
「お父様にもやる事がありますし、お母様も療養中ですから」
「晴れ姿って言っても、こんな制服あんまりイケてないから、見せたくないんだけど」
四季叶、望、夢の順番で着席した三人は、真新しい袖を通したばかりの制服を確認していた。
「そうですか? 意外とシンプルでいいと思いますけど」
「今どき黒と白の制服って、ほらこの間全国大会行ってたところ、あそこくらい尖ってた方がオシャレだと思うんだけど」
「望ちゃんや……。あの制服は学ランと呼ばれるものなのだよ」
学ランでさえも、希少扱いされる現代。むしろ、尖っていてオシャレだと言われるのならば、人々の感性もそれほど変化はないのかもしれない。
「まぁ、あまり煌びやかな制服というのも分不相応と言いますか、汚しにくいのはあるかと思いますし。
ただでさえ、離島の学校なんですから。海と共に育つ学生のイメージに合っていると、言えなくもないでしょうし」
「それだったらセーラー服、だっけ。あれでよくない? なんで黒を配色したの。もずくをイメージしたの」
「あーもずくね。小学生の頃苦手だったなぁ。酸っぱくて」
「分かる! こう喉にくる酸味、あたしも嫌いだったなぁ。夢姉さんは好きそうなイメージあるんだけど」
「私は残さず食べてましたよ」
未だに学生がぞくぞくと己の席に座っていく中、式の開始はまだだろうと三人は、取り留めのない雑談をしていく。
三人寄らば、女子は姦しい。
全員が揃い、厳粛な雰囲気になるまで、話をして暇を潰そうという意識が三姉妹の総意でもあった。
「ほら、やっぱり生真面目、委員長タイプ、曲げることは刀よりも嫌いな夢姉さんにとって、苦手な食べ物とかないんだって」
「いや、望ちゃんや。あんたは誤解しておるぞ。うちの夢ちゃん。残さず食べてました。て言うてたでしょ」
「えぇ、それが何か? 食べられるなら嫌いでもないって事じゃない?」
「味の話はしていないでしょ? つまり、本当に好きで食べていたなら『酸っぱい感じが好きで、残さず食べてました』て、味の感想を言ってから自慢するはず」
「自慢って……」
暇になった。それすなわち、多少のおふざけは許される。そう思った叶は、少し声の大きめにする。
「つまり、夢ちゃんはもずくが苦手なのだよ!」
わざとらしく、指を突き刺し、更には椅子から立ち上がる叶。
そこそこの新入生が入場してきて、椅子の大半が埋まっている中での、この奇行。
彼女は、入学式で集められるだけのヘイトを集めたいようであった。
本来、物静かに、慎ましくも待つべき場面で雑談をし、あろうことか立ち上がって大声を出す。
皆がしていることとは真逆の行動。それは、全生徒及び教師のヘイトを集める要因となった。
実際、彼女――四季叶を見つめる目線はどれも白んでいる。うるさい奴と眉を顰めている者も、怖い人がいると怯えている者も、ただただ睨んでくる者も。
様々であれど、全員に共通しているのは『なんだコイツ』の面倒くさい意識だろう。
「四季叶さん。静かにお願いします」
「あ、はーいすみませんすみません」
おそらく教員の女性が、そう注意された叶は、何度も軽く頭を下げながら着席する。
と、同時にその声が聞こえた学生から漏れ出るヒソヒソ話す言葉。
「今、四季って言ったか?」
「四季って、四季家の事だよな? あの落ちぶれた名家の」
「てっきり、刀鍛冶だけの一族かと思ったのに今年は武術科いるんだ」
「でも、落ちぶれたのなら弱いってことでしょ?」
「つまり、イキっただけって事か、大した事なさそうだな」
人によっては罵詈雑言だとか。
誹謗中傷だとか。
批判の声だとか。
傷つく者が多いだろう。実際、傷ついてきた者もいるのだろう。
しかし、四季叶を注意したことで始まった四季家への批判は、すぐさま教員からの注意によって静まった。
胸糞悪い思いを三姉妹は持っているのかと、そう思っていたのだが。
「叶ちゃんも、相変わらず戦闘狂なのね」
「面倒くさいのは、あたし勘弁だから、姉さん達に任せるからね」
至って普通の出来事だと流していた。
それよりも、むしろ、戦うのが当たり前だと思っているようでもあり。
「楽しみだね」
野心溢れる双眸を輝かせ、僅かに吊り上がった口の端は不敵な笑みを浮かべる叶であった。
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