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第88話「問診後」


「全く……貴方のおじいさんてどういう人なの?」


「さぁ……。俺も聞いてびっくりしましたけど」


「びっくりてもんじゃないわよ!」


 朽木先生の愛車である、白いラパンの隣人席。そこへ座っている中でも、ハンドルを回す先生の威勢は問診後からは激動たる有様であった。

 なんでしょうね。そんなハンドルを握ったら性格が変わる人というのだろうか。……絶対、そうじゃないだろうけど。


「驚愕! 驚天動地! というか、医学界を末端まで支配する衝撃よ!」


「医学に明るい人はそう思うんですね」


「……普通ね。ガンで余命宣告されて生きている人の方が珍しいの。奇跡なの。しかも全身転移よ。手遅れなんてものじゃない、生きているのが不思議なことなのを生き残って、あまつさえ精密医療や様々な治療法をせずに()()()()()させたなんて……人体の進化にしては完璧すぎるのよ」


「そんな恐ろしい出来事のお陰で、俺も無事だという証明ができたので、いいじゃないですか」


 ギッ、と鋭い目で見られる。そんな怒らなくても……。いや、怒っているわけじゃないんだろうか。

 俺からの言葉を受けて、威嚇し終えると真っ直ぐ路面の黒色と白線で区切られたルールを見つめ直す。

 その横顔は、苦笑が浮かんでいた。


「そうね……。今更、起きた進化に色々言ったところで意味もないし。あ、勘違いしないでよ。私は怒ってるわけじゃなくて、理解できないことに驚いているだけだから」


「怒っていませんでしたか」


「怒ってないわよ」


 そう言うのなら、そうなんだろう。俺も一緒になってある程度の民度が為せる痕跡を見て、ゆったりと背もたれへ重みを渡す。

 意外と、ふかふかだ。


「ごめんなさいね」


 息付く暇もなく、朽木先生は勢いに任せた口調でつぶやく。


「何がですか?」


 少し、腑抜けた声が出てしまったかもしれない。

 ちょっと、疲れたのと助手席にいるからこその眠気。それらに押し流されそうな意識を保つためには、相手の話を聞かないといけない気がした。


「いえ、私の独断で病院へ行ったけど、必要なかったみたいだし。というか、にわかにも信じ難いんだけど。本当に動けるのね」


「えぇ、そういうものですよ」


「それって、なに? 体質? 鬼の呪いじゃないでしょ」


 聞かれて、ゆるっと考える。

 体質、というのはどこまでを体質と捉えるべきだろうか。超常的回復力を体質とするべきか。それとも、重厚な負荷量に対して体が対応しているだけの慣れか。

 先天的か。

 後天的理由か。

 体質というのは、一体、どこを指すべきなんだろうか。


「回復するのは早いですよ。倒れても十分くらいしたら起こされてましたから」


「…………それって、おじいさんに?」


「はい」


 返答に対して、朽木先生はげんなりとした表情を見せる。そうだろうな。刀道の世界で、名家ともあれば、イメージすることというのは、幼少期から時間のある限り鍛錬と訓練と所作の習得を叩き込まれたと思うに違いない。

 それで何も間違っていない。

 あっけらかんと言い放ったのは、当たり前のことだから。俺にとって日常でしかなかったからで、他人の普通はよく理解できてもいない証明であった。


「おじいさんて、予想できないことをするのね……」


「言葉を選びましたね」


「当たり前でしょ。誰であろうと傷つけるのは私の仕事じゃないもの」


 それもそうか。

 いや、誰だってそうだと思いたいけど。


「で、その驚異的な生命力てどうなの? 鬼の呪いがあるから、体が対抗するためにもがいているとか」


「それはよく分かりませんね」


 どうなのだろうか。

 俺の体が特別というわけじゃない。叶だって、夢。お父さんやお祖父さん。曽祖父や、今までの四季家の血を辿っていった先も含めれば、全員こうだったはずだ。

 全員、回復力が凄まじく、継戦能力だけでいえば常軌を逸している。

 だとすれば、もっと原初に立ち返るべきか。

 原初、最初、つまりは四季の開祖こと鬼よりも鬼の悪鬼羅刹の存在。

 その人のことを考えれば――開祖の残した文献を思い出せば、なにかあるかも。


「…………………………あ」


「なに、なにか思い出したの?」


 思い出した。

 えぇ、読めない文字に書かれた書物の束で、唯一、鬼のことを綴った物があった。

 その中の、埃まみれの意識の中で、たった数文だけあったとすれば。


「鬼は、俺達がとんでもない回復力を持っているから呪いを掛けた。それは、寿命を吸い取るだけでなく、()()()()()()()()()()()()()()()()、とかありましたよ」


「……なに、それ」


「さぁ、物語じゃないですかね。昔の人はそういうの好きですから」


 俺だって、事実かどうかは分からない。だから、そう濁すしかできない。

 鬼なんかみたことない。

 噂に聞いたとすれば、画面に写っているのは俺自身だ。

 だから、そういった取り留めない、思い出に付箋をするのも面白おかしいくらいの会話しかできない。

 今はそれくらいでいいんだ、と。

 助手席での眠気の隙間に思う。

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