第84話「鬼の呪い」
「まず初めに。私達が知っている鬼の呪いというのも、今までの御先祖様がそうであっただけの結果的な推測に過ぎません。信憑性もなく、オカルトじみたことだというのを前提に話します。それでも朽木先生はよろしいですか?」
「よろしいですか、ね。私だって仮にも保健医をしている身よ。生徒の危険に迫ることであれば、オカルトだろうと信じてあげるわよ」
軽快に言い放つ朽木夕実。少しだけ大きいサイズの白衣の袖をパタパタと振っては茶目っ気をアピールする。
ただ、表情は真剣で優しくもあった。
「では、本題に入ります」
朽木夕実が決して嘘をついていないこと、それを確認し信じた四季夢は、持ち上げた瞼をゆっくりと下ろし、まるで物語を囁くように語っていく。
「鬼の呪いというのは、かつて――平安時代の頃より血気盛んであった妖怪、京に住み悪行卑劣を極め、混沌とした成れ果ての支配者であった鬼。それを討ち取った一族に掛けられた怨念、怨恨のものです」
「その鬼、ていうのはどの鬼なの? ほら、色々いるでしょ昔の鬼って。茨木童子とかそこら」
よく動画にもあるでしょ、と朽木教師は例えとして持ち上げた。茨木童子といえば、鬼の頭の配下、舎弟として名が上がる。なにより、唯一逃げ延びたことのできた賢い鬼だとも言われている。
だが、四季夢は静かに首を振る。
「四季家にも、過去の出来事をまとめた文書はあるのはあります。その中に『鬼を討ち取りしは、四季である。同時に忌々しき呪怨の断末魔により、呪いが掛けられた』とも言われていますが、どの鬼なのかは定かでありません」
「ただ、もしあたし達の御先祖様が倒したとしたら、その鬼が今の今までに続くほど、強大な呪いを施すことができたということは、強い鬼だったのは確実だと思う」
四季叶の補足通り、本人(この場合は本鬼)が死してなお呪いを縛り付けることに成功したとして、それは殺した相手に限った話である。自分を殺した相手を憎み、恨み、その生涯を苦しみで閉幕することを願うのが呪いだとすれば、大半は成就となる。完遂ともなる。
しかし、そうではない。
未来へと繋がるその子孫。つまり、四季家の御先祖から今に繋がる遺伝子の分岐点にさえも、恨みを抱き変わらない怨嗟の呪いで縛り続けている。
それは並大抵の力があるものではなし得ない。
強大で、甚大。膨大で、巨大な力と精神を兼ね備えた鬼だからこそ、四季透がここまで苦しんでしまっているのだろう。
「名も無き――というか、御先祖様もよく分からないけど鬼がいたから倒して、その呪いがいつまで経っても解けない、と」
「恐らく。私達の血脈が途絶えることで呪いは無くなるとは思いますが、文書には『血筋を途絶えさせぬこと』と注意書きがされていますので、ずっと苦しむことになるわけです」
「いやらしい――というか、小賢しいわね」
苦く吐き出す朽木教師の言った通りだと、四季夢も叶も頷いて返す。悪逆非道を極めた鬼だからこその陰湿な行為ではあることは言うまでもない。
「でも、それならどうして呪い殺すということをしないのかしら? 恨みを晴らすために苦しむのを見たいからとか、性悪な理由はあるでしょうけど」
「そこは……なんとも」
「あたし達も呪いの全部を知っているわけじゃないというか……御先祖様が残してくれた文書も、晩年に書かれたものらしくて」
「伝えたいことをまとめるのに、間に合わなかった。というわけね」
こくん、と小さな頭が二つとも揺れる。
四季家の開祖、つまりは始祖であり鬼を討ち取った猛者は、死ぬ間際まで――もしくは、ある程度呪いについての知見を得るのに必死だったのだろう。
故に、呪いの詳細はなく。鬼が掛けた呪いというのも、自分の代で終わるかはたまた子孫繁栄が続く限り、ほぼ永遠とついてくるのか定かではなかっただろう。
だからこそ、子孫達に血の縁を繋ぎ続けろとのこしたのだ。未来では、技術が発展し呪いを解呪する方法が見つかるかもしれない――そんな希望を乗せて。
「ただ、呪い殺すというのはともかく、呪いで苦しむというのも、条件が緩すぎるんですよね。
あたし達、刀を握られなくなるか。刀を振れなくなるか。の二つの内、一つが呪いとして顕現するんです」
「……じゃあ、刀を持たなきゃいいわけね」
「はい。鬼がそのような呪いを掛けたのも、平安時代に刀が――日本刀が誕生したからかもしれませんが」
真相は不明。そう言いたげな、四季夢はこと呪いについては歯がゆい思いをしているのだろう。下唇を朽木教師の目の前であっても、キュッと噛んでしまうほどには感情が揺れ動いているのだ。
ただ、隣に座っている四季家長女、四季叶は対称的に思慮に馳せている。
「これは、あたし達の推測というか――おじいちゃんの考えをそのまま納得したから、そうじゃないかと漠然と思っていることなんですけど」
「えぇ、なにかしら」
「………………多分、呪いという名のあたし達から生命力を奪っているんじゃないかと思っているんです」




