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第82話「侍月大会予選二回戦14」


 シールドの堅牢な鎧に阻まれた刀は、相手を刺突することも虚しく宙へと上っていく。

 雨曝昴が衝撃に合わせ、本能的に身を逸らす動きをしたからこそ、大ダメージでおさめることができた。そうでなければ、シールドさえも貫通しかねないほどの威力だった。

 しかし、回転しながら飛んでいく――ディスプレイ付近まで跳ね上がった刀は多少の刃こぼれをした程度で、桜色の鱗粉を撒いていた。それを視認さえすれば、雨曝昴は好機と捉える。


(空中に刀があるなら、相手は丸腰……!)


 彼の予想では刀が跳ね上がり、その落下地点に四季透の姿はあると思っていた。この世の人類は自力で飛び立つ手段を持たない。跳ねることはできても、翼を有し羽ばたきによる飛翔を獲得できない体である。

 ディスプレイ付近まで飛び上がることができたとしても、それは地上から五メートル以上となる。跳躍は難しく、そこまで飛べたとして、刀を手にした時点で無防備になることは間違いない。


(そこを狙ってしまえば、一撃くらいはできるはず……! ともかく、刀の落下地点を)


 見て即決即断すれば、なんらかの有効打は叶うはず。そう思い、雨曝が落下地点と思われる自分自身の背後七メートル先を見る。


(……いない!?)


 慌てて、自分へ一撃を放った最後の目撃場所を見るも、そこにもいない。

 どこにもいない。

 雨曝が首を高速で動かしても、どこにもいない。

 それゆえ危機感はこれ以上ないほど高まった。なにせ、自分の予想通りではないのだから。


(もしかして……!)


 それは予想外と言わざるをえない。

 そもそも、そんな行動に出ること自体不可解でしかない。現実的じゃなく、ゲームの世界でなら可能なこと。

 しかし、雨曝が見た先――つまりは、上空で回転しているだろう刀の行方へと定めると、()()()()()


(人間じゃないだろ……!?)


 四季透は打ち上がった刀を拾うでもなく、地面へ落ちるまでに受け取るでもなく、上空に浮かんだのを自身も跳躍することで手にする。それだけでは済ませないのが、四季であり『鬼族』であろう。

 掴んだだけならまだしも、彼はそのまま上空で反転、順手から逆手へと即座に持ち直し、再び投擲の姿勢へと持ち直す。

 それも地面へ落下するまでの僅かな時間と、足場もない、踏み込みもできず力の制御だけでなく充分に発揮することだって難しい空中で、だ。

 雨曝が目にしたのはその瞬間であって、不可能の目撃者――よりも不可能の被害者とも呼べる状況であった。


(……どうやって、勝てばいいんだよ)


 雨曝は、既に戦意のいくらかを喪失していた。自分自身の性分と相性が良かった受け身の構え。そして、手にした得物は大太刀。これを教えてくれた老師のお陰で、月見高校へと進学することができたものの、そこにいたのは戦闘狂かとてつもない人智を超えた存在。

 自分がいかに凡人だったのかを痛感するも、その痛みによって呼び覚まされる希望がある。

 彼は戦意を失ったものの、(いや、待て)と諦めることさえ諦めるのだ。

 いや、まだやりようはあると、未だ勝利への渇望を失っていないのだ。


(空中にいる、そして投擲の姿勢に入ったとすれば、足場もない不安定なところで投げても大した威力にはならないはず)


 人というのは、足に備わった強大で巨大な筋肉のお陰で十全の力を発揮していると言っても過言では無い。なにより、人は制空権を確保せず地上の自治権を保有している段階で、無重力状態での戦いなど想定していない。そんな人体の構造をしていない。


(だったら、飛んできた刀を撃ち落として、飛び込んできたところを狙えば……!)


 勝機はある。

 勝ち筋がある。

 それだけで諦めを捨てる理由にはなる。失いかけた気力が、一瞬にして満ちたのを四季透は確認した。

 故に、だからこそ。

 本気でやるべきだろうと、再び決意と覚悟を定める。

 そんな四季透の胸中は、一切の潮騒もない静かな海のようであった。


(LIVE配信を観ていた知らない人、月見高校の観戦した人。その全ての期待はあくまで『一刀流 子日(ねのひ)』の一撃必殺だった。それは俺の抱いていた期待とは、とてつもなくかけ離れている)


 四季透は、空中に体が浮いたまま――落下していく中でも、大きく振りかぶる。

 その目は相手を真っ直ぐ捉え、一切離さない獣のようでもあった。


(だったら、奇想天外な方法でも見せてしまえば見る方向が変わる。『一刀流』や『春刀 徒名草』から『四季透』果ては『四季家』へ)


 四季透の思惑と期待をのせ、放たれた刀は地上にいた頃と比べ、かなりスピードが落ちていた。

 勢いも、威圧も、格段に、数段落ちており、雨曝昴の胸元を狙っているものの、撃ち落とすには余裕で行えるほどの落下物であった。

 無論、雨曝は大太刀ではたきおとす。まるで飛んでいる虫を落とすように、いとも容易く、容易に成し遂げる。

 故に、雨曝昴は失念していた。

 はたきおとし、地面と衝突した刀から煌めく破片が飛び散り、瞬く間に元の形状に戻ったのも束の間。


 落ちた刀を拾い上げたのは、持ち主であって。

 その持ち主は、地面へいつの間にか着地していたわけであって。

『春刀 徒名草』の麗しい刀身が、刺突ではなく本来の用途通りに、雨曝昴の首を――シールドを一刀両断したのだ。


 爆速を超えた轟速。

 冷酷な横一閃が雨曝昴の首へ、指で押されたような微弱な感覚が伝わる。

 直後、空気の裂ける音がして、何が起きたのか認識するよりも先、対戦者二人の意識を呼び戻す大きくよく通る声が響く。


「そこまで! この勝負、四季透の勝利!!」


 立会人の大声によって、二人の生徒は監督官の教師によって、安全な場所まで誘導される。

 しかし、雨曝は何が起こったのかよく理解できていなかったものの、頭上に設置されたディスプレイを見て、ようやく実感する。


「…………俺、負けたんだ」


 つぶやいた言葉は、これ以上ないほど激情に塗れていて、言ってしまったが最後、怒涛の勢いで後悔が押し寄せてくる。

 だが、同時に気持ちよさまであった。


(愚痴愚痴言ってたのに、あの人と戦ってると負けたくない気持ちでいっぱいになった……)


 雨曝昴は、この試合を確かに恐ろしく、恐怖を抱くものではあったものの、自分自身を確実に成長させてくれたものだと理解した。それは、四季透が自分を完膚なきまでに戦ってくれたからかもしれない。

 受け身だったからこその弱点を徹底的に貫いてきた。だからこそ、やられっぱなしじゃ腹立たしいので、なんとかしようと戦略だって、行動の予想だって立てた。

 それが何よりの成長でもある。

 そんな感謝を、抱いていた雨曝が教師へ刀を預け、四季透の元まで向かおうとした際。


 四季透の背後にいた――赤くて、紅い、霞がかった鬼は手にした大剣で彼の首を斬って消えた。

 不敵ともとれる。無敵とも呼べる。嘲笑うような笑みを浮かべ、彼の首を斬った――実際にはちゃんと繋がっているのだが。

 ホログラムが人を斬るような異質な光景だったが、それにさらなる拍車を掛けたのは、鬼に斬られた瞬間、四季透はプツンと糸が切れた人形のように、倒れたのだ。

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