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第81話「侍月大会予選二回戦13」


 刀道という世界の源流とはいわば武士、侍時代の英華でもあり、栄光でもあり、遺物である。

 とすれば、四季透の行動もある意味、歴史に残っている成果ではあるものの、それが実際に広まっていない――いや、知っている人は知っている戦法だとすれば、意表を突く意味ではあえて広まっていないのかもしれないだろう。

 しかし、問題点があるとすれば小刀――脇差程度の大きさなら投擲による外傷を与えられるだろうに。二刀流で片方を脇差や小刀にしておくのも、こういった戦術が使えるメリットがある。

 だが、四季透が投げたのは刀である。

 普通――よりかは派手な刀である。

 両手で持ち、振り下ろすことで最大の力と一撃を与えられるほどに重量のあるものを、彼は槍投げ選手以上の腕力を持ってしてぶん投げたのだ。


 それが、対戦相手の首を狙っていき、対戦相手である雨曝昴は本能的に逸らす。已の所で避けることができたのは奇跡だろう。本能的に動けたのも、運が良かったからと突き詰めた結論にしてしまってもいい。なにより凄まじい勢いで飛んできた刀を、雨曝昴が視認できたのも偶然の出来事だろう。

 ここまでの一撃を、ここまでの一連の動作を、たった数秒も掛からず一秒にも満たない時間で済ませた四季透は、人間離れしていたに尽きる。人間から離れ、鬼へ近づいていた。そう思わせるのが容易いほど、彼の投げた刀は異形の一投である。

 そんな豪速刀は雨曝の首をちりつかせる。更には、通り過ぎた刀から空気さえも断裂した異様の音を響かせるのだ。


(あぶ……っ!?)


 刀の行方を少しばかり見送っていた雨曝の思考は、遅れていたものの、縮み上がった首があることに安堵する。

 しかし、同時に。

 刀を見たということは、刀の行方を知っているわけだ。


(今、相手は丸腰……!)


 そう思い、後ろへと向かった視線を前へ向けてしまったのが、決定打であろう。

 彼の抱いていた恐ろしさを投擲された刀によって一掃された。刀を持っていなければ、恐れる理由がないと思ってしまっていた。その放たれた刀を契機に、今度は一矢報いることができる希望を手にしてしまったのだ。

 雨曝の戦意が僅かにでも上昇した中、彼が四季透を最後に確認した場所へと視線を戻す――しかし、そこに四季透の姿はなかった。


(…………? どこ――)


 ズドンっ、と再び大きな地響き。空間や地面、そして対戦相手の思考そのものを揺らす。

 音がした方向。それは刀が飛んで行った先である。

 慌てて、振り返る雨曝。同時に彼の頭の中では嫌な予感が警鐘を鳴らす。誰に言われるわけでもなく、その予感へ合わせ大太刀をなるべく首元を守れるように持っていく。恐らく間に合わない、だがなんとかそこへ来るだろう一撃を防ぐために。

 

 ガギンッ、と刀が触れ合うにしては大きすぎて、なにより衝突音に近いその衝撃は、なんとか防ごうとした雨曝の右腕へ鋭い影響を与える。ギリギリではあるが、致命傷――致命的な一撃を避けることができたのだ。いや、受け止めることに必死で、死にものぐるいで受け流そうとしていた。


(なんでっ……! 受け流すだけで苦労するんだよ!)


 苦節のように長くも短い時間、自分の首を今にも突き刺してきそうな一撃。 

 その刺突投擲をなんとか弾くことができた。

 四季透の刀は雨曝の大太刀と鍔迫り合いをしてなお、持ち主が握っていないにしてもなお、弾かれてもほぼ真っ直ぐ飛んでいくのだ。

 恐ろしいことに、多少スピードが減速しただけで放物線を描くにはまだ足りないほどの威力を誇っていた。


(おかしいだろ……!? 投げたのもそうだけど、瞬間移動するって……!)


 瞬時、雨曝は気を抜いてしまった。というより、弾いたのだから、大丈夫だと無意識に思ってしまったのだ。


「が……!?」

 

 直後、息付く暇もなく、雨曝昴の右肩へ強烈な衝撃が加わる。

 油断していた。だけでは済まない。

 彼は怠っていて、すっかり頭から抜けていた。四季透のことも、フェイントの代名詞といえば、踏み込む足音だということも。

 四季透が投げた刀に追いつき、再び投擲することを容易く行っていたとすれば、雨曝が受け流すために苦労していた時間は追いつくのに充分だということ。


(あの踏み込みもフェイントに使うのかよ……!)

 

 なにより、今まで大きな踏み込みをしていたのは、それを予備動作として刻み込むためである。四季透の放った――レーザービームのような一投が恐ろしければ恐ろしいほど、その予備動作は危険察知の一部となって、本人を縛り付ける。

 ズドンと踏み込む音がすれば、爆速の刀が飛んでくる。そう思ってしまう。なにより、今までの投擲は全て首元――いわゆる急所を狙ってきているのだ。恐怖して当然で、刷り込むには充分であった。


(これも、戦略にするとか……どうなってんだよ四季家て)

 

 自分の対面していた相手がいかに凶悪で強大であったかを確認した雨曝昴は、不意に――一瞬だけ上がった天井への視点からディスプレイの表記が目に飛び込む。

 今まで微弱な数値変動しかなかったシールドへ、ここへきて大きな減少が起こる。


【四季透 シールド100/100】


【雨曝昴 シールド80/100】


 たった、二十。されど二十。雨曝昴にとっては、油断したことを激しく後悔するほど、とてつもない差が生まれてしまったこと。

 右肩を貫くような衝撃の後、四季透の刀――『春刀 徒名草』はシールドという鎧にぶつかった勢いのまま、空中へと回転しながら飛んで行った。

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