第80話「侍月大会予選二回戦12」
立会人、立烏の振り下ろした右手と同時。試合を行う四季透、雨曝昴へ瞬間的スピードでシールドが張られる。
全身を覆い、あらゆる攻撃からも身を守る鎧がつく。
そして、一秒にも満たない時間の後、目の前の壁が取り払われる。いや、いつしか消えてしまう。
そうすれば、対面の相手がどんな構えをしていて、どんな表情で待っているかをようやく確認できる。
しかし、この時、雨曝昴は激しく後悔した。
これっぽっちの勝利への渇望が、すっと引いていく感覚がしたほどに、目にした光景を疑う。
そこには、抜き身の桜色の刀を固く握りしめていた四季透がいたのは間違いない。
だが、四季透ではない。
雨曝昴へ押し寄せる恐怖の波が警戒レベルとなるほどに、そこへいたのは人間ではない。
(………………鬼……!?)
そこへいたのは紛れもない鬼。
昔話でデフォルメされた可愛さは一切なく、伝承で伝わっている以上におぞましい見た目をした天井までを上半身で埋めた巨人のような鬼がいたのだ。
しかも、その鬼は上半身だけでも、赤く紅く霞みがかっていて、靄がかかったようで、霧のような不確かな存在で、恐らく幻覚だと言い切ってもいいほどにはあやふやな造形をしている。
なにより、その鬼が手にした大振り――人の背を優に超える大剣が、四季透の首元に添えていた。まるで人質をとっているように。まるで、四季透をいつだって殺せるように。まるで、四季透を殺さないことで自分自身が楽しんで、愉しんで、愉悦としているように。
もちろん、その姿が見えたのは雨曝だけではない。
不気味な笑みを浮かべ、全てをどん底の絶望に落とすような恐悦を振り撒く存在は、そこにいた――観戦していた全員が目にしていた。
あまりの光景に監督官の教師でさえも、動くかどうかよりも真っ先に死の危険が襲いかかってくる中、雨曝昴は抜いた刀が危うく落としそうになるものの、震えながら落とさないように焦燥で掴み取る。
(……これがなくなると死ぬ!)
そう思わずにはいられないのだ。
目の前で、真っ赤に染まった四季透が無表情で見つめてくるのは、始まってすぐだからで、雨曝がこの手を離し、情けなく逃げればその背中を問答無用で斬られるのは簡単に予想できた。
この刀があれば、最悪守る手段が増える。減ることはない。
故に、固く握ってしまい、筋肉の全てが硬直した。
怯えた表情は、生命を握られたようで。
この試合に勝てるかどうかより、彼の中ではどうやって生き残るかが、重要になってしまった。
(これが高校生てどうなってるんだよ……!?)
雨曝が相対してきた人物は自分より背が低く、どちらかといえば真面目な者が多かった。型にハマってそのまま居心地良く過ごしてきた者か。忠義と正義とを勘違いして突き進んできた鉄砲者か。そのどちらかしかなく、不真面目な生徒というのも、雨曝のように模擬戦の必須回数を減らすために参加する、いわば都合よく利用している生徒くらいなもの。
だからこそ、雨曝の喉が締められ、首が縮む。
そんな数秒の思考。およそ一分にも満たない中での隙まみれな感想が、四季透には筒抜けだったようで。
まだ心の準備どころか、鬼と戦うことなんて覚悟してなかった雨曝をさておき。
ズドンっ――と、大きな地響きが恐怖渦巻く空間に反響する。
音にびくつき、空気が震えたのを肌で感じた雨曝がなぜその音がしたのか、発生源はどこなのかと俯き首を差し出しかけた頭を少しだけ上げる。
そこには、野球選手さながら。
そこには、投手さながらに、左足を踏み込んだ姿の四季透がいた。
余裕があれば「投手が鬼に命なんか狙われながら投げないって」と突っ込めるだろうに、そんな雰囲気でもない。元よりそんな思考になる前、危機察知の方が雨曝の脳内へ縦横無尽に駆け巡っていたのだ。
しかし、だからといって、危険だと頭では思っていても、対処出来るかどうかは不明である。なにより、雨曝が何らかの攻撃がくると思い、体を動かすよりも早くに四季透は動いていた。
認識して、視認したのは、一瞬の出来事であって体がついていかない領域に四季透はいたのだ。
四季透は、左足を踏み込み右手に握っていた刀を逆手に持ち直す。その最中にでも、右腕の脈動は最高潮へと達し、腕の血管ははち切れそうなほど浮き上がる。
そのまま、右腕を大きく振りかぶり、全身の筋肉を隆起させ遠心力を最大にして、投げ放つ。
そう、投げた。
地響きを起こした踏み込みから、右腕を振りかぶり逆手の刀をあろうことかぶん投げた。
普通であれば、数メートルしか飛ばないのなら斬りかかった方がいいとする方法でも、彼の場合は違った。全てが規格外の行いであった。
四季透の放った一刀は鬼の呪いで活性化し、限界まで力が振り絞られた勢いそのままに――戦車から放たれた砲弾の速度で。
爆速。文字通り、爆発した速さで。
認識も、視認も、常識も置いていく圧倒的速度で。
雨曝昴の首元を弾き飛ばす意思を持ったように、向かっていった。




