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第79話「侍月大会予選二回戦11」


「東。雨曝昴、よろしいか?」


「…………はい」


 諸々の確認作業が手早く済ませた立会人は、左で立ち尽くす雨曝へと問いかける。

 数秒ほどの短い時間、彼は覚悟ではなく、諦めを決め、応える。その声に覇気はなく、むしろ気だるささえ備わっているおおよそ学習態度でいえば最悪、渋々頷き仕方がない心を前面に押し出してくる不満気な姿勢。

 これに異を唱えるのは簡単でも、立会人がそれを行わない――注意しないということは、瑣末な出来事に過ぎないのだ。

 四季透の我儘然り、愚痴垂れる臆病者然り。

 立会人である立烏(たてがらす)には、何人も見てきたわけで、そういった生徒であっても試合が始まってしまえば、人が変わったように戦う顔つきになるのだ。


「西。四季透、よろしいか?」


「はい」


 業務的回答。淡々とした口調ではあるが、四季透の芯の通った声には体調不良で緩んだ精神は一切ない。

 それほどに、呪いに順応しているのだろう。

 慣れたもの、それはそれで立会人は悩ましい思考を抱く。

 故に、切り替えるべく短く息を吐き出す。ここでは立会人。お節介をするべきは教師であって、自分自身は試合を公平公正に観測しなければいけない。

 そこに個人的主観を持ち込んではいけない。


(なにせ、ボーナスに響くからな……)


 ここでの独白は至ってシンプルで、多くの苦悩と煩悩の終局点だろう。


「双方、これより試合を始める。私の『始め』を合図に取り組むこと。こちらが準備不足だと判断する、もしくは、双方どちらかが不備を申し立てた場合、やり直しを行う。安心して、片手を挙げるように。特に、四季透は体の不調があれば直ぐに申し出ること。その際、やむなく試合を中断してしまうかもしれないが、双方気にせず戦うこと」


 この言葉に、初めて雨曝昴は第三者から見えない目を驚きに開く。見えない壁の向こう。そこにいるのはLIVE配信で見た姿だけじゃない。妹達と一緒にいて、時には目障りだと思っていた存在がいる。

 そして、なおかつ、体調不良の疑いがでていること。

 その情報に雨曝昴は、良くない考えを抱く。


(体調不良? 本当かどうかも分からないけど……もし、事実なら、俺が四季透を倒す可能性だって)


 いつしか、不機嫌に結んだ一文字の唇を醜く歪ませる。それは、勝利の笑みではないにしても勝利を渇望するには充分などの愚劣な表情。

 思わず、監視役の教師もその顔つきと一変した雰囲気に怪訝な顔をしてしまう。

 良くない。

 本当に良くない。

 彼の手にした大太刀が、悲しく見えてしまう。


「では、監督官の先生。刀の最終確認をお願いします」


 立会人の号令で即座に動き出す両名の監督官。

 四季透も、雨曝昴も、滞りを防ぐために差し出す。

 四季透の出した刀は『春刀 徒名草』。世間一般の評価としては、実戦向きの刀よりかは新しいルールを設けるために作られた刀とされていて、実際問題、損傷や刃こぼれがそのまま攻撃手段になる。最たるものとすれば、鍔迫り合いで磨り減っただろう破片でさえも、シールドを削る。たった微量でも、九鬼との模擬戦で見せた――魅せた『一刀流 子日(ねのひ)』がその些細な削りを大きな敗北として抑え込むには充分である。

 小賢しくも美しい刀に圧倒的な技量。

 それが四季透の現段階の評価である。

 対して、雨曝昴の差し出した刀はどうだろうか。

 と、疑問に思えば真っ先に気づくところは、その刀身の長さであろう。

 大柄で、手足のリーチも長い彼に添い遂げることができるほど、刀身は大きく、スラッと伸びている。

 鞘から抜け出すのも苦労しそうなその体は、真っ黒に色づき、反りも少なく無骨な刀身。それを調べる監督官の教師が一番に苦労するのだ。

 なにせ、教師の背は百七十を越えたくらい。それよりも高い雨曝と寄り添っているのだとすれば、監督官の教師よりも大きいことは間違いない。

 そこまで自分に合わせた刀にしたのも、雨曝昴へ刀道を教えた老師の功績だろう。

 老師曰く「相手が向かってきて、それを凌ぐだけで勝てるスポーツ」と。

 その模範解答が雨曝昴であり、一緒に過ごしてきた大太刀であろう。


 そんな二人が差し出した刀――想いの確認作業が終了した教師はほぼ同時に答えを出す。


「「問題なし」」


 それを受け取った両名と立会人。

 いよいよ、始まる。そんな当たり前の時間と異質な緊張感。それが試合会場全体を満たす。

 雨曝は対戦相手が故に、四季透のことを見えないからこそ、もしかしたら勝てるかもしれないという期待と緊張が全身を駆け巡って忙しないことだろう。

 しかし、四季透が見えている人間。

 それこそ、試合を観戦しに来た生徒達は異様な光景に息を飲み、固唾も飲み、中には震え、怯え、畏怖さえ感じ取っている。それほどまでに、異質な雰囲気が支配していたのだ。それこそ、鬼がいるような。


「では、構え」


 奇しくも、両名とも受け取った刀を鞘から解き放つ。

 そう、一回戦目の四季透は抜刀せず、数分間以上も掛けて対戦相手を威圧していたにも関わらず、今回はあっさりとその桃色の刀身を見せつけたのだ。

 そして、大太刀を愛刀にしている雨曝も同様で、長い刀身を抜刀するのは骨が折れる。なにより、その隙に一撃受けてしまえば、彼の老師の教えが何も活かせなくなってしまう。

 当然の動きであるが、偶然にも両名の動きが一致することで、見る者に違和感を与えていた支配感がより顕著となる。


「始め」


 振り上げられた立会人の手が降ろされることで、火蓋が切って落とされるのなら。

 もし、理性の糸が同時に切れたとすれば。

 タカが外れたとすれば。

 正しく、この瞬間であろう。

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