第78話「侍月大会予選二回戦10」
さて、現段階の状況といえば、立会人の到着を待つだけになっていたのだが、雨曝は不安よりも不満が勝っており、どうにもならないやるせない気持ちと一緒に佇んでる。
その対称の位置にいる四季透は、というと。
刀の受け取りを完了してから、ずっと目を閉じていた。閉じて、息を深く吸い込み浅く吐き出す。そうすることで、全身の血液を少しでも枯渇しないようにしており、それが皮膚の紅潮へと繋がっている。
肌色を通り越し、毛細血管の隅々まで堰き止められない血液が駆け抜けている。更には、蒸気が常に立ち昇っており、寒い日の風呂上がり以上に、そこの部分だけ湿度が急上昇していほど、呪いの影響が顕著になっている。
そんな頃、四季透が大きく息を吐き出したタイミングで、試合部屋の扉が開かれ、浅黄色の袴に白色の白衣。昨日の四季透の対戦を見届けてくれた男である。
なんとも、縁があるような状況だが。
その男は部屋に入室してから、すぐさま、事態が昨日とは全く違うことに戸惑いを見せる。
「監督官の先生、そちらの生徒さんは大丈夫ですか?」
素早い小足で所定の位置へ動くより先に、四季透の監督官の教師までやってくる。
それはそうだろう。
四季透がまっさきに目が入る場所から入ってくれば、事態の深刻さを理解して確認するのは当然の行動だろう。立会人としての判断力が正常である証明でもあった。
「大丈夫……とは本人が言っていますし、外には救急隊が待機しています。ひとまず、正常だと本人が言っておりますし、バイタルを見てもらえばわかると思いますが……」
「………………」
立会人は熟考する。
そりゃそうだろう。医療的観点から見れば、今すぐ試合を辞めて安静にさせるべきだろう。
少なくとも、水分が不足しているに決まっている。身体中の血液が動き、水蒸気が出ているということは、それだけのエネルギーと液体が失われている証拠である。
「立会人さん。俺は四季透で、四季の呪いとしてこの状態になります。責任は俺がとりますので構わず」
「構うに決まってるだろう。君が責任をとってどうする。これは大人の問題だよ」
開けられた四季透の瞳が、立会人を捉える。
その真っ黒な渦は、深淵へと繋がっているような錯覚さえ起こす。思わず、立会人も息を飲む。
「……なら、俺が呪いで苦しんでいる時間を長引かせればいいですよ。始めないつもりなら、俺はここからテコでも動きませんから」
ああ言えばこう言う。だが、四季透にそれしかないのも事実で、戦う以外の道はない。ここで試合をしなければ、家族はどうなる。家はどうなる。
その責任が彼の背中へ重くのしかかっているのだとすれば、そういった生き急ぎも仕方の無いことではある。
しかし、四季透は言葉の選択を焦って間違えてしまったのだ。
「……なら、失格処分にすればどいてくれるということだね」
立会人の言った通り、四季透が動かない理由とは選手としての試合があるから。参加する資格があるから。
しかし、失格処分にしてしまえばそれは剥奪される。
意地でも立ち続けるだけの理由がなくなる。
そうしてしまえば、教師陣束になって取り囲み、取り押さえ、退室させる強制力だって生まれる。
そのことに今更気づいた四季透は、目を驚かせ、怒りを滲ませる。
「そんなことはしないから安心したまえ。ただ、大人と交渉する上でそういった我儘が通らないと学びなさい。
先生、バイタルは問題ないのでしょうか」
四季透は焦って、間違えた。
文字通り間違えた。
幼い激情に身を任せ、昂る精神と肉体に乗っ取られていたのだ。
それを痛感するには長くて、短い時間を立会人と監督官の先生が話をする。
四季透のバイタルに異常が出ているのは、発熱。
それ以外にあるとすれば、若干血圧が上がっている。
他はむしろ正常。嘔吐や吐き気、呼吸に乱れもない。
心拍数は運動時並。
つまり、彼の体は常に全力疾走をしている状態なのだ。
「分かりました。四季透君、試合中でも構わない。辛かったらすぐに言うこと。私達はすぐ傍で助けられるようにしているから」
四季透はこの時、自分の未熟さを実感した。
未だ成長途中であるものの、見えている視野が狭すぎることを痛感した。
それほどに、大人はどれほどの経験値を得ているのか尊敬さえ抱く。
納得出来る情報と結果、それを示すことで要求は通りやすくなる。そのことを身に染みて感じた四季透は、迷うことなく頭を下げる。
「ありがとう、ございます」
「気にしないことです。そういう血の気の多い子はよく見てきました。その中でも四季透君、貴方は大人しい方ですが、心の奥底に抱いた闇は相当根深いようです。
いつか、信じられる人にでも相談するといいでしょう」
お節介ですけどね――と、長袖の白衣から指先をチラッとのぞかせ、照れたように頭を搔く立会人。
なんとも、愛嬌ある仕草で誤魔化す。
四季透が僅かにでも思った反省を、少しでも試合へ影響がないようにするために誤魔化す。
そのことが真っ先に伝わった四季透は、再び頭を下げるのであった。
まだ、彼は子どもで。凄まじい力を持つものの、精神的にはまだまだ、相応しくなっていく段階なのだ。自分磨きの時点である。
絶えず、丹精込め、誠心誠意に研ぐ。
そう心に決め、鍛冶師だから研ぐのは得意だと、前向きに捉えた彼の顔は先程までの殺気は、少しばかり穏やかなものとなった。




