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第75話「侍月大会予選二回戦7」


 予選も二回となれば、四季透の動きには迷いも惑いもない。監督官の教師と会うことさえできれば、そこで行われる指紋認証やら抜刀試験の札の準備など滞りもなく進み、後は自分の刀がやってくるのを待つだけになる。

 その間、彼はただただ、自分の中に揺蕩う精神と思考を繋ぎ合わせる。


(図貝先生の言う通り、他人なんか気にしちゃいけない。だけど、一番図貝先生が言いたかったのは、自分のやりたいことに付き纏う悪評なんか跳ね飛ばすほどの結果を出しなさい、てことだと思う)


 これは四季透だけの考えで。図貝教師が伝えたことは、周りの評価や噂は一切気にしなくていい。というものだ。

 だが、四季透の高ぶった肉体はそれを決して許さない。結局、許せないのだ。


(……どうせなら、四季家の人間を舐め腐った奴らに一泡吹かせてやりたいけど)


 まっすぐ、前を見据えてもそこには対戦相手がいるだろうに、姿も見えない。

 透明な――それでも向こう側が映らない透明な壁。

 そこに答えがあるわけでもないのに、四季透は自分の怒りを消火できる何かがあるような探りを入れているのだ。


「四季透くん、大丈夫か?」


 そんな真っ赤に燃え上がった右手を見兼ね、パーマをあてウルフカットにした、いかにもイケおじの見た目をしたかっこいい男性教諭は声を掛ける。

 そのありがたい気遣いを、四季透は息を深く吸い込むことで、膨張していく存在を大切にしまいこむ。


「はい、大丈夫です。四季の呪いですから」

 

 もし、男性教諭の心情を言葉にするなら、それは大丈夫ではない、と決めつけたいだろう。

 四季透は、強がっているようにさえ思うほど、右手の――指先から皮膚が紅潮し、腫れ上がっている。いや、実際に膨れているわけではない。皮膚表面が真っ赤に充血しているだけ。

 ただ、それを平気だと判断できるほど、男性教諭は呪いに明るくない。


「……本当にか?」


「はい。至って普通ですよ。心配でしたらバイタルを測ってもらっていいですよ」


 その言葉を受け、男性教諭はしばらくの時間。四季透の体を観察し、そして、体を動かす。

 四季透の近くへやってきて、タブレットのカメラのレンズを見せつける。写真撮影をしているわけでも、宣材写真に使おうとか呑気な行動じゃなく、タブレットに表示されたのは体温であった。


「……これで大丈夫なのか?」


「はい。四季の呪いです」


「……だとしても、これは……さすがに休養を促すが」


 そこに表示された体温は男性平均体温を高く飛び越えたものだ。

 平熱を三十六、六度とすれば四季透の体温は微熱を通り越し三十九度に近い。

 今すぐにでも休ませ、安静にさせ、病院に掛かってもらわなければいけない。それが男性教諭の判断であったものの、これが病原菌と戦う話だったら良かったのだ。

 自分の判断は間違いと実感できるほどなのだ。そう思えばウイルスの方がいい。

 だが、男性教諭の相手は鬼の呪いと戦っている。男性教諭の専門分野とは大きいかけ離れ、オカルトに偏った不確かな現象。

 だからこそ、悩む。即決できないほど、判断しにくい。

 唸って、呻いて、男性教諭が苦しむ。


「先生、俺は大丈夫です。この試合が終わったら平熱に戻ります」


「……しかし、だな。なんでこんなにも発熱している」


「感情が昂ったら自ずとこうなります。怒ったり、泣いたり、すればするほど、より抱いた感情が大きければ大きいほど、熱を発します。もちろん、刀に触れたら同じようになります――というか、刀に触れた方がもっと酷くなりますけど」


「…………じゃあ、なおさら許可を出せないが」


 試合を始めるにも、生徒の意思だけじゃなくそれを監督している先生の判断が必要である。

 それは公平さを保つためでもあり、なにより、四季透のように一心不乱に戦おうとする生徒を抑制させるための大人の経験が必要にはなってくる。

 この間まで中学生で、これから大人になっていく生徒に、難しい知見を担わせるのはあまりに怠慢であろう。

 それが理解できているからこそ、教師は難色を示す。


「では、ここで失格にしますか?」


 だが、譲らないのは四季透も同様だ。

 否、譲る理由など遠の昔に消えた。

 ここで、己が引いてしまってどうなる。叶は。夢は。望は。四季家はどうなる。

 既に落ちぶれた家が、どこまで落ちていくのか知りたいのは第三者の観測者だけだろう。

 そんな、ここで失格にしたらどうなるのか分かりませんが、貴方の責任問題にして大事にしてもいいんですよ、という恐ろしい目で四季透は男性教諭を見つめる。


「…………いや、しないが。危ないと思ったら止めるから。だから、そんな目で見るな」


「英断感謝します」


 男性教諭は、ふっと呆れた安心を吐き出す。

 ここまで一心不乱、一生懸命とはいわない。だが、ここまで命を懸ける者が高校生でいいのか、という疑問が頭の中で渦巻く。

 これから青春の大海原に旅立つ生徒が、熱い息を吐き出し、命を燃やし、魂をくべているのだ。それが復讐かどうかは男性教諭に一切分からない。

 ただ、四季透が死ぬほど苦しい状況にあるのは見て取れる。しかし、それを止めてしまうのは大人として簡単だ。

 簡単だから、難しい。

 そして、男性教諭は選択した。

 それが正しいかどうかは、四季透が決めてくれると委ねたのだ。


(一応、立会人さんへ説明して、救急班にも声を掛けておこう)


 意志を尊重し、大人としての最低限の責務を果たすために、男性教諭は受付をしていた阿久木と図貝へ、ハンドシグナルを送るのであった。

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