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第74話「侍月大会予選二回戦6」


 四季透が部屋への入室を完了すると、扉は無機質に閉まっていく。がちゃりと、扉がある場所に戻ると先程座っていた図貝は、受付をしていてなお、入室していった四季透を優しく見守っている眼鏡の男性教諭に近づいていく。


「図貝先生、昔の話をするのは辞めてください」


「あら? 恥ずかしかったのかしら?」


「恥ずかしいのと、子ども達に僕達の昔話をし始めるといよいよ歳を取った証明になるからだよ」


「え、あ、そうね。そういえば、教頭先生もずっと同じ話ばかりしてるわね。ほら、飲み会の時ずっっっっと壱鬼ちゃんが初代優勝者になったのを誇らしいとか、これで安泰だとか、飽きもせず言ってたわね」


「飽きもせずとか、教頭先生に聞かれたら大変なことになりますよ」


 眼鏡先生からの注意に図貝も「あらやだ怖い怖い」とおどけてみせる。

 実際、冗談半分で言っているのだろう。


「でもね教頭先生が怒ったところ、ワタシ見たことがないのよね。阿久木(あくき)ちゃんは見たことあるのかしら」


「ないよ。一度も。ずっとニコニコしていて、ご満悦ですからそういう人なんだと思いますよ」


「……この忙しい時期でも笑顔じゃない。しかも大量の書類に電話を捌きながらでしょ。ヤバすぎでしょ」


 改めて図貝が口にすることで、教頭先生と呼ばれる存在が超常人である可能性さえ浮上してくる。

 そして、図貝と()()()と呼ばれた教諭達は思いを馳せる。この侍月大会、何も校内行事というわけではない。

 あくまで、侍月大会という名前をしているだけであって、分類は地区予選である。

 そう、これから先にあるのは県予選、そして全国。

 つまり、関係各所に許可取りであったり、スポンサーの募集であったり、LIVE配信をする上で本家本元の刀道組合への申請であったり、近隣の人への宣伝と迷惑が掛かるかもしれませんと頭を下げに回ったり。

 足で動き、手を動かし、頭を下げては上げての毎日があっての、今この瞬間である。


「そう思うと、大変だったわね」


「感動に浸ってる場合じゃないですよ。まだ予選なんですから」


 訂正したはずの阿久木であったが、彼は酷く冷たいことを言っているように思えた。

 しかし、彼の表情はその真逆であった。

 四季透の背中を見て、彼は切なくも期待している瞳をしていたのだ。それは奇しくも、隣の図貝と同様である。


「そうね。色々言われてるのを聞いちゃったから、お節介しちゃったけど、まだ予選だものね」


 図貝は頬に手を当て、ゆっくりと息を吐き出す。その姿は悩める乙女のようでもあり、窓際で憂い気に咲く令嬢のようでもあった。


「ワタシ、こんな口調と見た目だからさ。色々誤解されちゃうし、嫌なことを言われることだってあるの。それこそ、今の透ちゃんみたいにしんどい時期を耐えなきゃ救いは見ないくらいだったし」


 世間一般から見て、忌避されがちな風潮にあるとすれば、その被害を受けるのは真っ当な人であって、なるべく迷惑をかけないようにしている人ほど、風評被害にあう。

 言いやすく、追及しやすいのが、そういったタイプだからこその苦悩である。


「でもね。ワタシ、そこで泣いたら自分の憧れに負けちゃったんだなて、思ったの。ワタシのヒーローは、いつだって気高く、誰よりも強く逞しくて――」


「そして、美しい、ね。いつも言ってるから、覚えてしまいましたよ」


 図貝の隣、阿久木は優しく微笑む。

 それはどこか幼く、あどけない影を残していて、どこか納得しているようでもあった。


「大丈夫。図貝先生は憧れに近づいてますよ。そのうち、追い越すかもしれません」


「……」


「だから、見届けましょう。あの子の憧れと理想を駆け抜けていく姿を」


 図貝は、かつてのヒーローを思い描く。

 それは決して諦めず、屈しない完全無欠のヒーローではあったが、人の痛みを誰よりも知り、理解出来る優しい人であった。

 だからこそ、図貝はそれを目指したかった。

 それが教師という道へ進ませ、かつての友人を一緒に巻き込んでこの刀道の教育現場へと辿り着いた。

 ここで、理想を追い抜くために。

 ここで、様々な生徒と夢を実現させていくために。

 だからこそ、図貝は記憶を呼び起こしたのだ。

 だからこそ、四季透を呼び出し、少しの昔話をしたのだ。噂に怯えた彼を奮い立たせるために。


「阿久木ちゃん。今日、ワタシの家に来る?」


「残念、今日は試合報告書を書いて侍月大会でズレた授業内容を調整しなきゃいけませんよ」


「あー! 思い出させないでよ! やだ、ワタシ報告書全く書いてなかったじゃない! あー、もう、阿久木ちゃんの意地悪!」


 プンプンと怒る図貝。

 それを困ったように笑いながら受け止める阿久木。

 二人とも、教師生活に身を置く住人なのであった。

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