第73話「侍月大会予選二回戦5」
「そう、そこでワタシはオカマのヒーローを思い出したの。素晴らしくも気高く、決して驕らない不屈のヒーロー。そう、ワタシの原点はあのヒーローになりたくて――」
「図貝先生、そろそろ時間ですのでお引き取りお願いします」
ヒートアップしてきた頃に、図貝先生を止めたのは受付をしてくれた物腰柔らかな先生だった。
「あら、いいところだったのに……」
「ルールですから。僕達の勝手で失格者を出すのは本末転倒ですし」
「そうね……」
図貝先生はさも残念そうに項垂れる。
かくいう、解放されて伸び伸びしているのは心の奥底に閉まっておくとして、なんで図貝先生がわざわざ話をしに来たのか疑問が残ってしまう。
ただの暇つぶしにしてくれたにしては、図貝先生は刀を持ってくる役割がない。
なにせ、話を聞いている最中に、眼鏡を掛けた聡明な受付の先生が、他の教員へ声を掛け取ってきてもらうよう頼んでいたからだ。
だから、この接触になんの意味があるのか。勘繰ってしまう。
「やぁね、長話が好きになっちゃうなんて、歳は取りたくないものね」
「さぁ、四季透くん。こちらへどうぞ」
図貝先生は、頬へ両手で覆い後悔よりも恥ずかしさが上回っているようで、やんやんと体をふりふりと左右に振る。
ただ、そんなのはいつものことなんだ。受付の先生は、無視して俺を呼び出すのだから。
なんか、温度差で戸惑ってしまう。
呼ばれたし、腰を上げ、一歩目を踏み出そうとした時。
「あ、透ちゃん」
透ちゃんて。
「はい、なんですか」
また、変な話をしてくるのかと訝しみを込めた目で振り返る。
しかし、そこには一切おちゃらけた。ふざけていた、お気楽で、ムードメーカーの天真爛漫さをどこかへ隠した――かっこいい顔の図貝先生がいた。
「周りの人が何を言っても、貴方は貴方。己を絶えず鍛え続け、自分の道を突き進むのは貴方にしかできない」
まるで、過去の自分へ伝えているようで。
だが、そこには自分自身と同一視したものでは決してない。
あくまで、過去の図貝先生の経験が伝えてくれているのだろう。
「だから、決して曲げないこと。己が曲がってしまう時、それは折れたのと同義よ」
だが、今の先生が語っている。
なにせ、キメたとウィンクをかましてくるのだから。
いや、かっこいいけど。
思わず、感銘を受けたけど。説得力に息を飲んだけど。これが、図貝先生の好きなヒーローなんだろう。
俺も好きになってしまいそうになる。
いや、ヒーローがね。
「後、貴方は感謝しておきなさいね」
「感謝……? 先生にですか?」
「いいえ。ワタシは好きでやっていることだから、礼は不要よ。そうじゃなくて、貴方、妹ちゃん達以外にもいるはずでしょ?」
中尼君だろうか。
確かに、鍛冶場で反省会をしてから姿を見なかったが、本人にも何かしなければいけないことだったり、研鑽を積むかどうかの瀬戸際にいるのだと思っていた。
だが、先生の口振からするとそうではないようだ。
なんだ、中尼君は何かしているのか。
「さ、結果は明日になれば分かるはずよ。今は貴方らしく、試合をしてきなさい」
にこやかに、だけど無責任ではなく、確固たる信頼をもって送り出してくれる。
手を振ってくれるのはありがたいけど、あまり振り返してしまうほどには仲良くもないから、会釈だけ返す。
チラッと、妹達を見ると、叶はサムズアップ。
夢は少しだけ頭を下げ、祈るように目を閉じている。
望は、小さくお腹の前で手を振っている。
三者三様の送り出しを受け、訓練室の前まで歩を進める。
「じゃ、中で待っていてください。監督官の先生がいますので、その方の指示をしっかり聞くように」
と、眼鏡を掛けた先生に強化ガラスで仕立てられた透明な扉を開かれる。
なんだか、噂がどうとか。妹達が根も葉もない根拠に憤慨していたこととか。
さっきまで、悩み続けていたことが、どこか正解を見つけて旅立ったような気もする。
そうだな。結局、勝つ以上外野は色々言ってくる。そんな当たり前のことに、自分の時間を使うのは非常に勿体ない。特に、自分を鍛え、鋼を作りたいのなら、時間はいくらあっても足りない。
自分らしく。
四季家らしく。
四季透らしく。
圧倒して、圧巻して、実力差を見せつける。
そう覚悟を決めたことで、僅かに右手が熱くなった。




