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第72話「侍月大会予選二回戦4」


 図貝(ずかい)先生こと、図貝(みち)は幼い頃。小学校低学年の時は、非常に大人しく。静かで、怖がりだった。

 同級生が喜び舞い踊るようなカブトムシの存在も、恐れるに足る威圧感を放っていて、触ることだってもってのほかだった。

 それだけではない。

 時折、カラスが鳴けば体を震わせ、大きな物音がするだけで怯え、道すがら出会う子犬に吠えられれば泣きながら逃げ帰る。そんな、臆病が姿を現したとすれば図貝路だと、言ってしまってもいいくらいに彼は全てを怖がっていた。


 そんな、彼を見兼ねて両親が何かしようとするものの――何かしてあげた方がいいと母親が言っても、「それが優しさだとすれば、全部取り上げてしまえ」と独裁的ともとれるほど無情な父親によって、却下されたのだ。

 ただ、それだけで虐待と言えるほど。

 それだけで教育じゃないと否定できるほど。

 図貝路は、大人になりきれていないのだ。


 そんな彼が、唯一落ち着けるのは決まってテレビの前であった。

 なぜ、些細な音にも驚き、敏感なほど怯える彼が、テレビの前では安寧を手にしていたのかといえば、それは()()()()()()()()()()()()()()

 図貝路は、決まって夕方放送されているアニメを見て、それに一喜一憂し「自分もああなりたい」「僕もかっこよくなりたい」と口にしていたのだ。

 臆病な自分はそこにいないから。

 その物語に、そのアニメに、自分自身の姿はないから。

 だが、彼に転機があるとすれば、いつも通り怯えた小学校生活が終わった時、掃除して集めたゴミ袋を押し付けられたことだ。


「おい、おれら言わなかったけ?」


 ゴミ収集用の物置があって、誰一人として通らないほどに寂れた空間。

 学校の中でも、その場所だけは面白くないと直感的に感じるくらいには静かな場所。校舎裏はあまり良い印象もないような、そんな世界から切り離されたところ。

 ひとりぼっちでいるなら気楽だろう。

 ただ、誰かが悪行をするなら絶好の機会だろう。


「友達料、持ってこいて」


「だって……今月もうおこづかいないから」


「だったら、親からパクればいいじゃねぇか」


「そ、そんなのいや……」

 

「はぁ?」


 三人の男の子。いかにもな坊主頭に、破天荒を突き進んできた靴を履き、今怯えている男の子の胸ぐらを掴んだ子。

 そして、隣には親の愛情が血肉と結びついた大柄な子。ただ、憎たらしいほど――いやらしいほど、この状況を楽しんでいる性根の悪さが滲み出た醜い顔をしている。

 隣には、これまた対称的なほどやせ細った子。

 着ている服の袖から出てきているのは、骨に薄皮を張り付けただけ。とても肉付きがいいとはいえない。

 ましてや、健康的とも呼べない。

 そんな男の子達に囲まれ、眼鏡を掛けた被害者。

 今にも泣きそうで、それでも耐え忍ぶことで何か奇跡が起こると信じている顔をして、薄くなった気道を必死にこじ開けていた。


「言ったよな? おれら、友達だって」


「そうそう、友達友達」


 脅している子の左隣の大柄少年が、意思もない同意を示す。右隣のヒョロ少年だって同じように首を縦に振るだけ。

 だが、そんな場面を見てもなお。

 ただ、見るだけの少年――図貝路は、誰よりも卑怯だった。


(ど、どど、どうしようどうしよう……! せ、せんせいにいう!? ど、どうやって……!)


 臆病な自分は物陰、校舎の壁裏に隠れることしかできていない。僅かな隙間に身を隠すしかできない。

 それほどに、彼は巻き込まれるのを恐れていたのだ。

 卑怯が故に、自分が一番の被害者だと思っていたのだ。


「なぁ、こいつ。どうするよ」


「金持ってこないんじゃ、友達じゃないもんな」


「そうだよな。友達じゃないし、ここでボコボコにしてもいいってことだもんな」


 話は全て坊主頭と大柄少年だけで決めていく。ヒョロ少年は、ただただ、ことの成り行きを見ているだけに過ぎないが、あくまで頷いていることしかしていない。

 そんな三人を見て、そんな三人だったからか。

 怯えていた図貝路の脳内に流れたのは、好きなアニメであった。


 彼は、ヒーローアニメが好きだった。

 理由は単純明快。諦めず、恐怖に立ち向かう主人公がかっこよく見えたから。

 それだけが好きで。

 それが一番好きで。

 だから、色々なヒーローアニメを見ていた。

 戦隊ものやロボットもの。果ては異世界転生系など幅広く見ていたが、その中で出会ったのは――強く心惹かれたのは。

 あらゆる異能を持つヒーローが、悪者と戦い名声を得ていき、ランキングを駆け上がっていくもの。多くの企業がヒーローのスポンサーとなって、人々の平和を金銭援助という形で共に駆け抜けていくアニメ。

 そこで、好きになったのは主人公ではない。

 ヒロインでもない。

 いや、ヒロインなのかもしれない。

 そんな、存在。圧倒的で、圧巻できて、そして、多くを魅了し、同じヒーロー仲間から信頼され、親愛を受け「ママ」とまで呼ばれるようになったヒーロー。

 それが、オカマのヒーローだったのだ。

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