第70話「侍月大会予選二回戦2」
「四季透君、で間違いないですね?」
「はい。お願いします」
部屋の前に立っている男性教師。ピシッとスーツを着込んで、眼鏡を掛けた姿はいかにも凛々しく、聡明な印象を受ける。
きっと、数学を担当していそうな先生だ。俺が全く覚えていないことは大問題だろうけど。
その先生が手にしたタブレットには、指紋認証の画面が表示されており、差し出された際にはしっかりと指の形が合うよう人差し指を押し付ける。
すれば、一分も掛からず認証完了の文字が浮かんでくる。
「完了です。次に、抜刀試験で受け取った札を見せてください」
「はい」
懐から取り出したるは、預けた刀の引換券。銀色の札はドックタグのようで、肌身離さず持てるようになっている。無論、これが無くなれば刀は永久に封印されてしまうし、この侍月大会においては刀の受け渡しができないことになるので、問答無用で失格処分となる。
それを先生の手のひらへ置くと、しっかりと書かれた番号とタブレットに表示されている刀の番号を確認している。
「……はい、合致しました。刀の受け渡しは試合開始直前となりますので、お待ちいただきます。
中で、待ちますか?」
先生はチラッと、俺の後ろを気にされる。
そこには、なんとも退屈と鬱屈と噴火寸前の怒りがごちゃ混ぜになった妹達がいる。
……まだ夢は怒ってるのか。
「いえ、しばらく外で待ってます」
「では、こちらの準備完了の時呼びます。それまでに、緊張を解すなりしておいてください。なお、万が一にも不正行為を行わないために、監視役をつけておきますのでご了承ください」
先生の言葉を待ってましたと言わんばかりに、突如、背後からポンポンと肩を優しく叩かれる。
はて、背後に人の気配は妹達以外いなかったはずだが。
そう思って、振り返る。
「あらやだ。昨日のお坊ちゃんじゃない」
恰幅のいい男性。それもピカピカの輝くスキンヘッド。一発目の印象が強烈で、更に刀を預けた時さりげなく手を触ってきた先生だ。
覚えている。嫌というほど、身の危険を感じたのだから。
「もぅ、そんな露骨に嫌な顔しないの。ワタシだって、生徒に手を出すわけがないでしょ」
いや、昨日出てたでしょ。文字通り、手を。
というか、そこまで嫌な顔していたことにも驚いたが、それよりもだ。それよりも、先生の後ろにいるだろう妹達はどんな反応をしているのだろうか。
気になって、少しだけ体を動かすと。
「「「……」」」
三人共、白い目でこちらを見ていた。
いや、違う。こちらを哀れんでいるとか、悲しんでいるとかじゃない。そんな瞳なんかじゃない。
あれは、どうやって俺と先生とを他人の関係で居続けることができるか考えた上の反応だ。
つまりは、明白な裏切りである。
「それより、ワタシも貴方に聞きたいことがあったのよ。少しだけ付き合って頂戴」
「いや、試合前には瞑想する習慣がありまして」
「そんなのないわよね? 四季家は試合前に刀を振り回すのが普通だって聞いたわよ」
「そんなことは――というか、誰がそんなことを」
「『壱鬼』ちゃんよ」
壱鬼の野郎……。思わず、頬がピクピクと感情に引っ張られる感覚がする。笑顔の下には、恐ろしい怒りが渦巻いているのは偶然じゃないだろう。
風評被害の中では一番悪質かもしれない。
我が家で瞑想をしないなんて、誰が決めた。いや、したことなんかないけど。
「ほらほら、そこに椅子があるからそこでいっぱい話しましょ」
「図貝先生、あまり長話しないようにしてくださいね」
受付をしてくれた先生がそう注意してくれたけど、違う。違うんだ。
長話じゃなくて、そもそも話をしないようにフォローして欲しかったんだって。切実な気持ちを目に込めて、先生を見ると、困ったように笑われる。
いや、困ってるのこっちですって。
「もぅ、当然よ。ワタシも刀道が好きで教員になったんですもの。こんな未来ある若者を自分の手で陥れるなんて悪行するわけないでしょ」
そこに本人の気持ちは含まれていないんでしょうか。
いや、あの、肩を掴まないでください。
離してください。
「なんっ、力、つよ……!?」
「ささ、妹ちゃん達も一緒に行きましょ。話していれば緊張や時間なんてあっという間にどっか行っちゃうから」
そうやって、無理やりに連れて行かれる。
肩を掴んだ手は非常に男らしく、痛くないようにしているものの、しっかりと逃げられないように抑えている。少なくとも、体術に心得があるのだろう。
それだけじゃなく、大人との体格差や体の成熟度に違いがあるのかもしれないけど。
……その中で、一つ、同情的考えがぽっかりと浮いてくる。壱鬼も、きっとこんな感じでお話を強制されたんだろうな、と。
天井を見上げると、そこには規則的、合理的、観測的に見ても全てが美しく動く天体がある――わけもなく、ましてや天国なんかもない。
ただの発明の発展した証明が煌々と輝いている。
「兄さん、一気に虚無顔に……可哀想」
叶がぽつりと呟くほどに、俺の顔は死んでいたらしい。引き摺られる俺と仕方なくついてくる妹達、それを見送りながら合掌する受付の優しかった先生。
あぁ……無情だ。




