第69話「侍月大会予選二回戦」
予選二回戦は、朝食が終わって三十分後であった。
つまりは、一番始めで。トーナメント表だったら、いくつもの組み合わせがある中でも、最初の順番となってしまったわけで、そそくさと食べ終え、数多の魑魅魍魎の視線を掻い潜って、到達した頃には開始まで十分を切っていた。
模擬戦会場の一室の中でも端っこ。それも、大きな扉を入って一番左側の部屋が今回の戦う場所となったはずが――そこに至るまで、様々な生徒とすれ違うのは今までよりも、なにより一回戦目よりも多く。
殺気やら、血の気やら、戦闘狂らしくもない視線は明らかに俺の試合を見ただろう反応であった。
「…………む」
「望、気にしない」
あれから妹達へは、見に来るかどうかは任せたものの、三人共「行く」と同時に返事をされた。それが今この視線を浴びすぎて、目を焼かれそうなほど真っ赤にした望の存在は、第三者から見れば恐ろしい一家に見えてしまうだろうな。
いや、気にするなと言っているわけだから、俺自身気にしてしまってはいけない。
大会が始まったのなら、心と道徳を忘れた獣しか目につかなくなるのだから、それを念頭に置いて動かなければいけない。
……とは思うけど、隣の望は今にもすれ違う人全員に噛みつきそうな感じだ。怖い。
「……がるる」
「狂犬になってどうする」
「兄さん、仕方ないよ。実際、気持ち悪いもん」
俺の背後、気さくに声を飛ばしてきたのは叶だ。
にしては、発言の重みが違う。というか、そこまで言ってしまうのかと思ったが、否定するだけの優しさは俺になかった。
叶の発言に望も赤べこ同様の首振りをしているわけだし、こればかりは共通認識なんだろうか。
「夢は? 静かだけど」
「…………」
右隣に望、真後ろに叶、とすれば左隣は夢の立ち位置。そう思って、夢の方を向く。
すると、彼女は真っ直ぐ前を見て目を離さなかった。
いや、離さなかったという言い方は正しくない。
「兄様、あまり話し掛けないでください。怒髪天を衝きそうな私は、今必死に抑えているのです」
離すと――話すと、駄目だったようだ。
確かに見れば、首元が真っ赤になっていて、僅かに周りの空気が蒸発している。いわゆる、首から蒸気が出ている。
俺達、四季家の特徴というか、呪いのようなもので、感情が高ぶれば――特に怒りを抱く質量が増えれば増えるほど、血流が増加する。いや、血圧もか。
とにかく、皮膚が真っ赤になるのは毛細血管を凄まじい勢いで血液が流れて、蒸気が出ているのも激しい血流運動によって熱が発生しているのだ。
これがあるから、四季家は鬼みたいに言われるのだ。
「兄さんも怒っていいんだよ?」
「怒らないって」
叶が無責任に言ってのけるのは、なぜなんだろうか。
他人事みたいに言っているのはなんでだろうか。
そこに、なんとなくの嫌な予感が渦巻く。かといって、正体を暴ける証拠もない。
このモヤモヤを抱えていかなければいけないのは、戦いに支障がでる――それこそ、好奇の視線よりも支障がでるのは確実だったから、忘れるようにしよう。
「それより、皆来て良かったのか」
「逆に、とぉ兄はこの状態の妹達が離れた場所にいていいと思ってるの?」
「いや、よくない……」
それもそうだ。
右隣の望が、なんとか必死に憤怒と不快感を隠し、こちらを覗き込んでくる。その瞳には、今も尚、濁流の感情が滲んでいる。これを見て、これを知っていて、今までの愚痴不満を聞いていて、放置しておくのは得策じゃない。
絶対よくない。
「そうそう、あたし達は兄さんの試合を間近で見たいのも理由の一つだけど、感情を他人の存在である程度制御したいのもあるんだよ」
「……これじゃあ、本戦までに誰か暴れ回りそうだ」
「バレないようにしますから、安心してください」
「いや、そういう危ないことをしないでくれた方が安心できるんだけど」
……どうにも、俺達は幼いのか。
叶も夢も、自分が誰かを傷つけるかもしれないことに自信を持っているのだから困ったものだ。
「大丈夫だよ、とぉ兄。二人ともこう言っているけど、そんなこと絶対しないから」
望は、心底信じきった――いや、疑う余地すらない言葉を掛けてくれる。その純粋な想いに、助けられたのは言うまでもない。ナイスだ、望。最高の妹だ。
「そうだよな、望の姉ちゃん達がそんなことするわけがないよな。そんな誰かを傷つけて得られる快楽なんて、やってること変わらないのに、一時の感情でやるような愚かじゃないってな。
こんないい妹がいるのに」
そう言いながら、望の頭を撫でる。ふにゃっと、徐々に顎をあげていく。猫みたいだ。
チラッと瞼の隙間から覗く綺麗な琥珀色の宝石には、今までの濁りが嘘のように消えていた。
良かった、望は飲まれていない。そう安心する。
じゃあ、と思い二人の顔をそれぞれ見ると――見事に明後日の方向を見ていた。
おい、本当にやるつもりだったのかよ。
そんな二人をジト目で見ていると、いつの間にか目的の部屋まで到着していた。




