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第65話「お願いです3」


 はてさて、次の日である。

 早朝である。夜明け前である。

 いつも通り、ジャージに着替え誰一人の存在も確認できないほど、静かな廊下を進み、ゆるやかな腰をあげる太陽を観測しながら寮の玄関を出る。

 ここまでのことは、いつもの日常である。

 だが、いつもと違うのはその時、これまで人の気配すら無かったはずなのに、突如として膨大な存在感を放つ者が迫り来る感覚に襲われたのだ。


「やぁやぁ、兄さん。お早いご出勤で」


 寮の玄関に、それこそ振り向いた俺を茶化すように、ギザったらしく言うのは、我が妹四季叶であった。


「珍しいな、叶がこんな朝早くに」


「ふふふ。今日は一味違うのだよ、兄さん」


 含み笑いをしてまで、どうやら演じるつもりらしい。

 それに対して、何かしろの反応をしてあげるべきなんだろうけど、どうにも起きてしばらくは脳の活性化は遅れてしまう。


「確かに、寝癖をつけたままなんていつもとふた味も違うな」


「え!? 嘘!?」


 見たままの感想。叶の綺麗な髪が、俺から見て僅かに横へ飛び出している。後ろ髪がはねているのだろう。

 よく分かる。そこか、大抵は利き腕側の横髪がはねてしまうものだ。

 俺からの指摘を慌てて手鏡を取り出す――わけでもなく、スマホのカメラ機能を使って、確認する。


「えー……。ちゃんと、直してきたのに……」


 相当、げんなりした気分になったみたいだ。

 見るからにしょげている。

 萎れている。


「直してくるか?」


「んー……そうする。待ってて……」


 さっきまでの元気はどこへやら。

 どうやら、寝癖と一緒に跳ね飛んでしまったらしい。

 寮へと戻っていく悲しげな背中がそれを物語っていた。

 それから数分後、急ぎ足で駆け寄ってきた叶はしっかりと寝癖を直し、ついでの如くベリーショートにした愛くるしい前髪にりんごのワンポイントがつけられたヘアピンをしてくる。


「お待たせ、兄さん」


「待ってはないけど。どうした、いつもは寝ている時間だろ」


「へへ、歩きながらでいい?」


 隣に並び、服の裾をちょんちょんと引っ張ってくる。

 ここら辺の甘え方は、望と一緒で、やはりこの子は望の姉なのだ。実感する。

 仕方ないと、ふぅと息を吐き出して歩き出す。

 あてもないはずの――叶の目的地は不明な足取りは、普段と一緒の道を通っている。


「で、どうした」


「んー、なんとなくだけど。兄さんの様子が変なような気がしただけ」


 大雑把すぎないか。

 そう、突っ込んでしまっても良かったのだろうけど。

 これでいて、叶なりに言葉を選んだのだろう。


「夢から話を聞いたからか?」


「あー、気づいちゃうか。いや、夢ちゃんの名誉を守るために言うと、姉の尊厳のために言うとね。夢ちゃんから、兄さんの予選が終わったら鍛冶場に集まって欲しいて、改まって言われたの。

 それで勘づいたのだ、あたしは優秀なお姉ちゃんだからさ。改まった時点で、何かあるんだってね」


「まぁ、そうだろうな……。我が妹達は好き勝手だけど、ある程度察し合える仲だもんな」


「好き勝手なのは事実だけど、兄さんに言われると恥ずかしいね」


 照れるところなんだろうか?

 片手は未だに裾をつまんで、もう片方の手で頬を撫でる。決して、掻くつもりはないから掻きそうになって慌てて、撫でる。

 まぁ、そうだろうな、と朝焼け間近の空を見上げる。

 この子達は、誰に言われるわけでもなく鍛冶場に集まっている。たまに来ないとしても、それは理由がしっかりと付き添っている。昔から、一緒の学校であればあるほど、そういった傾向は強くなっていった。

 鍛錬になれば、望は役目を全うするために席を外し。叶は一緒にしたがるものの、夢と一緒に、望のところへ向かう。

 刀を打ち始めれば、邪魔にならないところで見守ってくるようにもなり、三人は基本的に一緒か、一緒でなければ別行動をしているだけ。

 そういった理由があるからこそ、自然に集まり、自然に動く。不自然なことはなく、改まって()()()()()()()と言われれば、それは察するに余りある言葉になるわけだ。


「夢ちゃんが改まって言う時て、決まって大事なことだったから。お姉ちゃんは察してしまったのです。これはきっと、お兄さんに何かあったな、と」


「どうしてそこで俺に繋がるんだ」


「繋がるよ、そりゃもちろん」


 裾を掴んだ指に、僅かながらに力がこもる。

 些細なものだけど、それは明白な気持ちの現れだったのだろう。

 見上げた顔を下ろせば、そこには困ったように笑う叶がいたのだ。


「夢ちゃんが真剣な時はいつも兄さんのことだったから」

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