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第61話「蛇」


 侍月大会予選は、たったの一回出場しただけで終了してしまうほど、参加選手が多く、トーナメント表が大木になった。だから、勝敗に関わらず暇になる生徒は多く、特に入学したばかりの一年生は持て余すしかない。

 一応、勉学はできるものの自主勉形式で監督の先生がいるだけ。自分で教科書や参考書を用意して、それを学んでいく。時折、先生から教えてもらうことはあっても、自主勉というのは変わらない。

 それも一部の生徒のみでほとんどは絶え間なく続く戦いを観覧しているわけだ。

 かくいう、俺もそうだ。


「とぉ兄、あたしも見ていいの?」


 立ち見席しかない模擬訓練場で、後ろの隅っこを陣取った我らが四季家は、少し不安そうにこちらを見てくる望の疑問を解消することから始まる。


「どうだろうな」


「え……」


「というのは、冗談で。ほとんど基礎を固めた人達だろうし、剣術があったとしても恐らく()()()だろうしな」


「派生系て、どこの?」


 それは、歴史的な話だろうか。

 いや、そんなのじゃないな。歴史の勉強はスマホで見て齧ることができる。精査や正確性や正否などを気にしなくてもいいのなら、電子端末で閲覧出来る。

 だから、望の不安は現代家系の中で、どの流派のものかという意味だろう。


「大概は、『壱鬼流』だろうけど。基本この『壱鬼流』てのは、両手で刀を握って様々な方向から切りかかる動きしかない」


「……それって、基本じゃ」


「ああ、基本だよ。基礎だ。あれだけ長い得物で、より高いダメージを出そうと思うなら、両手で思い切り振り下ろす方が一番いい。なにより、片手で持てるほど刀は軽くない」


 もっとも、神鋼(かみはがね)の特性上、軽くすることも可能だが。そうなってしまっては、刀としての形状を維持しにくくなる。

 俺が打った『徒名草』も、鍔迫り合いをしただけで削れるし、上段からの一撃を刀身で受けようとしたら木っ端微塵になる。例え、どんな角度、どんな強さで受けたとしても、あれほど神鋼を配合した刀は折れないことの方がおかしい。

 だから、元通りになるよう調整したわけだけど、機械制御では現時点で再現することは難しいだろう。

 熱量的な意味でも。


「『壱鬼流』も他の流派もそうだろうけど。基本的には、基礎の動きしかさせない。後は、臨機応変に動かなければジリ貧になって負ける。だから、望が見ても問題ないと思う」


 もしかすると、とんでもない動きをする人がいるかもしれないけど。そんな人がいたとすれば、それはそれで貴重な体験だ。

 望の神憑り的な瞬間記憶。相手の行動を完璧に真似て、もっといえば、相手自身が知らない領域にまで望自身の力で一気に引き出す、俺よりも圧倒的強い力があるのなら、見てもらうのも一つの手段だろう。

 俺の相手になった時、習得した望からヒントを得ることだってできる。卑怯だとは言うまいよ。

 こちとら、家族一丸となって落ちぶれた家の再興を図ってるんだから。


「……確かに、動きがお手本みたいな人かめちゃくちゃ負担になるような足運びをする人ばっかりだけどさ」


 不安が僅かに上向きになった望は、模擬訓練場の透明強化ガラスの先を見つめる。綺麗な睫毛がスンと伸びた先では、二人の剣士が向かい合っている。

 そして、片方――俺から見て、目が合うように立っている向こう側の選手が、上段から切りかかるように動く。

 それを受けて立つ選手は、きっと抜き身の刀で受け止め、鍔迫り合いの構図になるんだろうと。

 きっと、そうなるんだろうと。

 勝手に思っていた。

 勝手に、そう考えていた。

 予想していたのは、自分の経験不足の証明であって。

 奇想天外な動きに興味が惹かれたのは、久しぶりの感覚で、隣の望と一緒に興奮したのを――湧き上がる闘争心にきらめく感情を伴ったのは、いつぶりだろう。


 自分に背を向けた選手は、受け止める構えをせず。まるで、蛇が進むように足運びをしていたのだ。

 受け止めず、躱す。

 それも、相手からの一撃が届く一瞬の間に、相手の背後を取ってしまうほど、素早い動きで。そして、空ぶった選手が、戸惑っている隙に刀で一撃――することもなく。

 むしろ、刀など邪魔だと言わんばかりに。

 いやいや、それでいいのかよ。そんなの刀道の試合なのかよと。ツッコミたくなるような観戦者が多いだろうほど、邪道の――蛇道の一撃。

 蛇行した動きで躱した足。彼はそのまま、回し蹴りをブチ当てたのだ。

 そう、回し蹴りを。

 振り回した刀ではなく、足で。

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