第53話「鬼に衣」
四季透、そして対戦相手の桜坂蘭の手元に、それぞれが預けた刀が渡される。
四季透には、『春刀徒名草』。着飾った鞘ではなく、いたってシンプルな藍色の鞘。装飾もなく無骨で、味気なく、飾り気もなく、煌めくような何かもないが、刀身だけはその逆である。
その刀身は、どうやって色付けしたのかさえ不明なもので、四季透が一度その刀を抜いてしまえば、観衆の目に留まるのは、一振の桜だろう。
それが注目の的となり、九鬼を模擬戦で倒したこともあってか、四季透の試合が始まる時間には人だかりの見物人が部屋の外でひしめき合っている。
押せや引けやの人波は、今一度四季透へ期待度を知らせるのと同時に、対戦相手を可哀想に思うほどの自分勝手な慈愛を持っていた。
「……先生」
「なんだ。もう少しで試合開始だぞ。トイレなら仕方ないが」
四季透の監視役。サングラスを掛け、バシッとスーツをきめた男性教諭。その人は如何にも時間に押された緊張感を声にしながら、四季透を睨むように立っていた。
「トイレじゃないです。すみません、何か悪いことを企んでいるとかそういうのじゃないんで」
「もしそうだったら今すぐにでも失格処分にするからな」
「はい。善良なる一般生徒なんで」
四季透をもってして、一般生徒というのは些か表現の間違いではないだろうか。そんな疑問が、男性教諭の頭を掠めるものの、致命傷とはならない。
「お前が月見高校の生徒だというのはわかっているから、要件はなんだ?」
手短に、とでも言いたげではあったが、実際端的に済ませなければいけないほどではある。
多くの参加者が侍月大会の予選を心待ちにしているとあれば、時間はいくらあっても――いくら、順調に進んでいても、足りないくらいだろう。
教師陣の中に僅かながら存在する焦燥感。
時計の確認頻度。
そのどれもをとっても、時間が押している証明となりえた。
「先生は、大切なものはありますか?」
禅問答か。はたまた、心理学の問題か。
それとも、人生観の擦り合わせか。
もしくは、人間観察の一環か。
そのどれでもないからこそ、大した話でもなく、他愛のないことだったからこそ、男性教諭はサングラスの奥が笑う。
「あるな。俺には、本島に娘がいてな。この間、小学校にあがったばかりなんだ。その娘と嫁が大切なものだ」
なんともはや、子供心には分かりにくく、分かりやすい答えだろうか。分かった時には、大きな体躯に寂しがり屋な心を持っているのかもしれない。
だとしても、四季透には、その気持ちが瓜二つでないにしても、理解しやすい部類だったのは言うまでもない。
だから、彼の口は安堵に落ちていた。
「俺も……家族のために、刀道をやっています。妹達と家の名誉を取り戻すために」
重いのだろうか。
それとも、数多の生徒が壱鬼や『鬼族』に切り刻まれたのを目にしてきたからだろうか。
もしくは、男性教諭には四季透が――四季家が、壱鬼に刈り取られる生徒に見えたからだろうか。
サングラスの奥は、違和感を覚えるほどに笑っていて、笑っていなかった。
「大丈夫だ! 四季は『鬼族』の一員だって、気負うのも分かるが、背負いすぎるのはよくないぞ。人は持てる重さが決まってるからな」
サングラスの顔が近づくことで、四季透の鼻には、暑苦しいなにかを感じた。
どうにも、空気感の違いを痛感する四季透ではあったものの、男性教諭が間違ったことをしているわけでも、言っていることを否定したいわけでも、気遣ってくれている気持ちに憤慨したいわけでもない。
ただ、自分の気持ちを再確認して定める目標に向かって一心不乱に目指そうとしていただけで。それが背負っていることになっていたのだとすれば。
「じゃあ、軽すぎますね。まだ、三振りくらいは持てる」
ほくそ笑むほどには、他愛のない。
男性教諭に豆鉄砲を食らわすほどには、呆気ない。
四季透にとって、家族は背負っているものでも、家名の名誉を取り戻すために気負っているわけでもない。
重荷にさえなっておらず、ただ当たり前のように持ってしまっていることを自覚してしまったからこそ、彼は自分自身の力が有り余っていること。余裕のあることを、認識したのだ。
鬼に衣のように。




