第50話「対戦相手」
同日、同刻、同場所。
と書けば、そこがどこか繋がっていれば読み取れるのかもしれない。いや、読み解けるのかもしれないが。
難しい話ではある。
とすれば、午前十時三十四分。
模擬訓練場、第三室内。
これが正確な時刻と場所となる。同刻では無いことには目を瞑って欲しい。
あと、日付はいい。
侍月大会予選の開催日だとすれば、それ以上の予定はいらない。スケジュール帳もいらない。そこだけ赤星か、赤の花丸をつければいいだけ。
そう思っている俺だとすれば、今回の対戦相手は、どうなのだろうか。
これから、斬り合い、どちらかが負けて勝っての圧倒的上下関係を叩きつける――斬りつける行為に、泥を塗ってしまうのではないか。詮索とやらも、プライベートが詳らかになってしまった現状に反するように――やたらめったらの監視体制が整ってしまった現代において、誰もが勝手に避けて、勝手に傷ついて、思想が歪曲する原因になっているのだ。
とすれば、ともすれば。
対戦相手の心情を聞くのも、敵情視察とすれば監視体制の一部で片付けられないだろうか。
無理だろうか。
「言っておくが、対戦相手に話しかけるのは禁止だ」
先制パンチを食らってしまった。
いや、先生パンチとやらだ。
そんな、訝しむように見なくても――サングラス越しでも表情が読み取れるのは、監督先生としてはどうなんだろうか。
いや、いいのか。
榊先生みたいな、だらけていて、面倒くさがる人より信頼できる。正しい判断を下してくれる人というのは、誰よりも好かれて嫌われる。
この人もそうだろう。
勝手に決めつけて申し訳ないけど。
「じゃあ、先生に話しかけるのはいいんですね」
「まぁな。というか、対戦相手のことは端末で見れるだろ。見ていないのか」
「それよりもやることがあったわけでして」
何も無かったことを隠すために、落ちぶれた名家らしい言葉を並べる。
何もやってなかった。
妹達と話して、アナウンスの声を遠くから聞いて、のそのそ歩いて来た。
そこに、やるべきことはない。
あったとすれば、妹達との交流。家族愛を深めて、目的を明白にしたことかもしれないが。リラックスした環境だったのは間違いない。
「名家も大変なんだな」
勘違いしてくれたようだ。
ん、罪悪感が凄い。
嘘をついたこと。そのことを善良な人に頭を下げたい気持ちがあっちらこっちらと駆け回る。
大変だったとすれば、これからだろうし。
今までだっただろうし。
両親が必死だったのは言うまでもない。
「ちなみに、相手の名前を聞くのは問題ないですよね?」
自分とは反対側へいるはずの対戦相手のことを知りたい気持ちに嘘は無い。
未だに、見たこともない。
というか、いるはずなんだろうが、見えない。
これも、科学技術というやつだろうか。
それとも、監視体制というやつだろうか。
居ない相手へ殺意を向けることはできない。
むしろ、高ぶった戦意が行き場を失った時、どうなるのか。どのように、燃やし燻っているのか。
それを観察するためだろうか。
判断つかないものの、反対側に行ったはずの女性教諭がいつの間にか見えないのだから、見させない技術があるのは確かだろう。
「いいが、本当に見ていないのか」
「はい」
そんな呆れと悲壮感で言わなくても……。
そこまで、おかしいのだろうか。
別段、誰が相手でも変わらない。例え、九鬼だったとしても、壱鬼だったとしても、やることは変わらない。
事前に作戦を立てたところで、意味が無い。
『鬼族』というのは、そういうものだ。突拍子もなく、嘘偽りもなく、冗談でもなく、現実的にも、アドリブ世界なのだ。
一度出した技や刀は、ありとあらゆるカメラ、分析ツール、最先端コンピューターを通して解析される。こちらの意図とは反して、ひん剥かれる。品も剥かれる。
だから、一度出した技を使い続けるか、ちょっと趣向を凝らすか。刀だけは本番にいきなり変更することは難しいらしいが、無理筋を通せば可能らしい。それを行うか。
そのどれかしかなく、机上の空論で立てた作戦はそのどれもが圧倒的技量と力量に押し潰される。今までがそうであったように、これからもそうであるように。
圧倒的力量差は、圧倒的暴力と変わらない。
殺人的殺風景だけが広がるだけだ。面白みもなく、ただただ、本人の気持ちよさしか残らない。
だから、一重に。二重に。
相手のことを知らず、ねじ伏せるのも強者の立ち振る舞いなのかもしれない。
だが、武士とは違って討ち取る首もない。捧げる人もいない。むしろ、首取り合戦でないのなら、そんな立ち振る舞いはただの傲慢であろう。
俺は、ただの落ちぶれた家の人間で、これから再起を図る人である。いつだって、新しい風というのは突風で暴風でなければいけない。
だから、興味を持たなければいけない。
「名前は、桜坂蘭。珍しい女生徒だ」




