第48話「予選前の閑話」
模擬戦会場でもあり、今回の侍月大会の予選会場でもある施設。
教室から離れたところに大きく構えられた模擬訓練場。いくつもの部屋が防弾ガラスの扉と壁一面透き通った世界の中で、予選は執り行われる。
参加生徒は、各々自由な場所――予選の邪魔とならない場所でなら待機していてもいい、という取り決めがあり、様々な人の動き、刀を見たい者は観覧席に。
精神を落ち着けたい場合は、更衣室か、外の植木近くで。
他にもLIVE配信をしているために、教室や空き教室など自由奔放に過ごしていいこととなっている。
予選に間に合えば、予選の大事な機材に小細工などしなければいい。
至る所に設置された監視カメラと、この日に合わせて死角を徹底的に排除しようとした教師の賜物でもある。
「というわけだ。妹達よ」
「だからって、鍛冶場を待機場所にしなくてもいいんじゃない……?」
我が四季家の待機場所は、問答無用で鍛冶場となった。いや、鍛冶場とした。
長年の苦労が敷き詰められた畳に、くたくたの座布団。小さなちゃぶ台にペットボトルが少しだけ入る小さな冷蔵庫。
そこに、四季家が勢揃いしていた。
「だって、どこもかしこも人がいて面倒だろ? どうする。インタビューとか、新聞部が嗅ぎつけて長話をしなきゃいけないか、それとも捏造記事を書かれるか。どれがいい」
「どれも嫌だよ……。ねぇ、夢ちゃん」
ちゃぶ台を挟んで向かいに座っている叶が、夢へと話題を振る。
しかし、当の本人は、部屋の隅で膝を抱えていた。
「……なにしてるの?」
てっきり、大人しく正座をし、清く誠実かつお淑やかに待っているのだろうと思っていた叶だったが、あてが外れたらしい。
心底、信じられないものを見るような目をして夢へと問いかける。
「え、落ち着いています」
「いや、落ち着くって……夢ちゃん。貴方、和風美少女みたいなんだから、正座でピシッとしていた方がいいんじゃないのかな。ほら、皆さんそう思ってるだろうし」
皆さんて誰だ。
なぜ、天井の四隅を見る叶よ。そこには誰もいないぞ。
「そういうのを決めつけと言います。私が和風美少女なのは、火を見るより明らかではないですか」
「そうだよね〜。夢姉さんが美しくて可愛いのは、誰が見ても思うから決めつけじゃないよね」
「そうです。ということです叶ちゃん」
「え……これあたしが悪いの」
俺の真隣に座っている望が、気だるそうにスマホ片手に発言することで、二対一の構図が形成された。
ということはだ。
叶は不利になってしまったということだが、そもそも話題がすり変わっていることに、少し考え込んだ叶は気づいたようだ。
「て……! あたしが決めつけたのは悪いけど、それはごめんだけど。なんで、夢ちゃんは体操座りなんてしてるのって話」
「体操座りなんて、出身地域がバレてしまう発言は危険ですよ」
「同じ出身でしょうが」
鋭いツッコミに、ジトっとした目つき。
夢に遊ばれていることが理解できたからだろう。
「こうやっていると、自分だけの世界にいるようで落ち着けるのです。自分の抱えているものだけで、全てが集まった気がして」
こればかりは、兄妹間でも悩ましいことだろう。
思いのほか、夢が背負っているのかもしれない。背負わせすぎているのかもしれない。
そう思ってしまった。
だから、叶も気まずそうに「えっと、えっと……」と言葉を頼りなく探す。
「その……ご、ごめ――」
「というのは、冗談です。こんな感じのことを言えば、儚い美少女を演出できると望ちゃんから聞いたので」
ぐるん、と、俺と叶の頭が向く。
すると、望はさも他人事のようにスマホを弄っており、俺達の視線に気づくと、にこやかにピースしおった。
「その通りでありんす」
「どこの人よ。全く……人知れず我が妹がいつの間にか、大きな闇を抱えているのかと思ったわよ」
本当にな。
長年一緒にいて、生まれてから過ごしてきて。
そんなとんでも自体になっていたら、俺は鍛冶場に隠している秘蔵の刀で暴れ回るところだった。
「で、兄様」
夢は、姿勢を正し――清楚美少女の座り方をして、俺へと向き直る。
「兄様の予選はいつ頃始まるのでしょうか。ここは模擬訓練場からも離れた場所です。遅刻してしまえば、決して間に合わないですから、遅い時間だと察しますけども、妹心情としては何時に始まるのか知っておきたいのです。応援したいですし」
それもそうか。
夢だけでなく、叶も赤べこのように頷いている。
望は――ずっとスマホを見ているけど、話は聞いていて否定していないということが同意の意味を成しているのだろう。
そっか、そっか。妹達も、俺の試合を見てみたいのか。嬉しい限りだ。兄冥利に尽きる。
「ボコボコのギッタンギッタンの必衰で瀕死で再起不能となった九鬼様を見てみたいのです。もう一度敗北し、敗走するしかない後ろ姿をにんまりと眺めて、刀を舐め回したいのです」
「おい、望。また余計なことを教えたな……!」
察知した望は、蜘蛛の子を散らすように鍛冶場から逃げ出しやがった。
凄まじい速さに思わず面食らったが、対面にいた叶も姿を消していた。
きっと、望を追いかけに行ったのだろう。
もう、任せてしまおう。今から望の逃げ足に追いつけるわけもないし、予選前に疲れるのは勘弁だ。
「賑やかですね」
鈴の音色を響かせ、夢は笑う。清楚美少女らしく、小さな口にしなやかな指を添える。
そうやっていたら、イメージ通りでいいのに。ギャップ萌えは狙わなくても、充分に可愛らしいだろうに。
「夢も、あんまり困らせることを言わないでくれ。心臓に悪い」
これが知られれば、母さんになんて言われるか……。頭から足先まで雷鳴が駆け巡ることだろうな。
それはそれで勘弁して欲しい。冤罪だ。悪いのは望だ。
「そうですね、程々にしておきます」
嘘だ。
そう確信するくらい、目が笑っていた。くそ、可愛い妹め。
心の中で、どう頑張っても許してしまう相手だと認識した頃、親猫に首根っこをとられた子猫みたいに望が連行されてきた。
てへぺろ、じゃないんだよ。




