第43話「反省半生」
昨日の一件以降、自惚れていたことを自覚できた。
というのも、初めてちやほやされ、更には弟子ができたことで知らないうちに、ルールを無視しても大丈夫、なんてお門違いな考えがあったのは言うまでもない。
それを認識でき、俺が成長途中にあること、またこれからの伸び代があるということは、全てを否定するには惜しいことであった。
ゆえに朝ご飯を食べ終わり、偶然、中尼君と出会ったのはある種の運命でもあるのだろう。反省を促した神様でもいるのだろう。
「おはよう、中尼君」
「おはようございます。透さん」
少しばかり元気のなさそうな返事。
朝だから、それとも榊先生に怒られたのが効いているのか。
どちらにせよ、自分のしたいことを優先するにはちょうど良かった。
「昨日はごめんね。榊先生に怒られるのなら、俺だけで良かったのに、巻き込んじゃって」
「い、いえ……! 俺が申し込みましたし、その、逆に俺が透さんまで巻き添えにしちゃって……」
そう思うほど、中尼君は優しいらしい。
なぜ俺に教えを乞うのか分からないけど、お人好しに違いない。
「形式的にも俺は中尼君の師匠だから。弟子のしたことは師匠の責任でもある。……ていっても、模擬戦を勧めたのは俺だから俺の責任なんだけどね」
「そんな……」
そこで中尼君は言葉に詰まる。
そうか。ここで肯定的に言ってしまえば、俺を否定したことにもなる。「それもそうですね」なんて言われた日には、堪忍袋の緒が擦り切れるに違いない。
かといって、否定しようものなら、それは謙遜でもない。遠慮でもない。ただの自己犠牲となってしまう。
それは、掛けてくれた恩を無下にすることになって失礼となってしまう。
だから、反応に困るのだ。
……見た目以上に、いや見た目で判断するほど、俺は様々な人と関わっていないから、大変侮辱的な言い方になってしまう。
違うね。
彼は、大人びていて、相手を尊重する人なんだ。
だとすれば、彼の師であるなら、提案するのも、道を示すのも、役目だろう。
「中尼君、この後少し時間はあるかい?」
「え、は、はい。あります」
「じゃあ、一緒に素振りでもしないか。別に模擬戦が出来なくなったけど、自主練は禁止されたわけじゃないし。中尼君さえ良ければだけど」
もし、自分が悪いと思っているのだとすれば、彼の反応は困惑以外にも多種多様な不安が渦巻いているはずだ。
例えば、弟子を切られる。つまるとこ、破門とやらだ。門下生でもないから、祝う門出もないけど、師弟関係を解消される。
そんな不安が大きいだろう。まだ弟子になって、一日と経っていない。切るなら、早いうちと考えるなら、この機会はある意味絶好となるだろう。
絶好の状況に、絶交の機会とやらだ。
だが、それは弟子を見た場合の話であって、師匠である俺自身は、まだ未熟でしかない。
なにせ、妹以外に教えることなんて初めてだ。
とすれば、この中尼君を切り捨てるのなんて簡単だが、それで失う物の方が多い気もする。
だから、提案してみたが、中尼君は先程までうつらうつらとしていた瞼が開く。
「行きます! ぜひ!」
「じゃあ、動きやすい服装でしよう。ただ、木刀は一振だけね」
「はい!」
言うやいなや、中尼君は凄まじいスピードで階段を駆け上って行った。それを座して待つ間、文字通り玄関口に置かれた軋む椅子に座って考える。
師匠としての立ち位置について、だ。
参考となる資料、及び人の姿を思い浮かべるとすれば、父親と祖父である。
父親は侍としての動き方から斬り方、そして戦術や剣術といった実戦。
祖父は唯一となる鍛冶の技術。これに特化した教えを俺に施してくれた。
しかし、その二人共の教え方は共通して『習うより慣れろ。慣れねば死ぬ』というのに尽きた。
教え方が上手でなかったとか、現代に則していなかったわけではないが、荒療治であったことは言うまでもない。先の模擬戦。我が妹四季夢と中尼君の模擬戦を取り決めた時点で、その血が俺にも流れていることを示していた。
で、あるならば、問題と思っているのなら俺自身が変えねばいけない。染み付いた感覚に、別の思惑を組み入れなければならない。
彼――弟子と共に成長せねば、師匠として失格だ。
父親もそうであった。
祖父もそうであった。
なれば、一度中尼君にあった指導方法と万人が受け入れられなくとも、納得はできそうなやり方を基礎から作らなければいけない。
そう思っていると、中尼君が竹刀袋を持って駈けてくる。
「お待たせしました……!」
「大丈夫。急だったのに、ありがとうね」
「いえ、そんな……」
焦ってたからだろうか。
中尼君は少しばかり、息をあげている。
……懸念点ではあるけど、まぁ、目先の目標から片付けていこう。
焦る必要も、慌てる余裕もないのだから。
「じゃ、行こう。あ、後、妹が一人やって来る予定だから」
「妹さんというと、昨日の夢さんですか?」
「いや、夢は朝練しない。て言うと語弊があるね。夢は一人で練習するから、一緒にすることはないね。俺もしたことがない」
「兄妹でも、ですか?」
「兄妹だから、だよ」
その返しにポカンとした様子の中尼君。
そのうち、分かる時が来てくれるといい。そう思いながら、靴を履き寮のガラス張りの玄関口を開く。
「今日来るのは四季望。家族の中で一番強い女の子だよ」