第41話「学食」
「で、二人とも榊先生に怒られて、模擬戦禁止週間に突入したと」
「そうだな」
「木刀でも駄目なんて、お堅いね」
夕食の席。食券機からそれぞれ購入したものをテーブルに並べていえる。そんな中、叶はなみなみとソースの掛かったハンバーグを箸で切り分ける。
「木刀でも駄目じゃない。そもそも、拵もしていない刀だって接触禁止かつ先生の許可なく持ち出したりすることだってできない。なにより、相手を傷つけなくていい方法があるのに、それを使わない俺達が悪い」
「……確かに、気を失ったて聞いたし、重傷ではあるのかな」
反省文云々の後、榊先生は逐一中尼君へ痛む箇所を聞いていた。その度に中尼君は「大丈夫です」とは言っていたものの、即刻教師命令で保健室送りにされた。
打撲による意識消失。これが頭部でなかったから、最悪を免れたものの、臓器がダメージを受けていることに変わりない。睡眠以外で意識がプツリと途切れてしまうことは、異常と言わざるをえない。
それほどのことをした。
それほどの、ことをしてしまった後悔と罪悪感が俺と夢を締め付け、事の重大さを認識するに至ったわけだ。
「昔の殺傷事件と兄様は言われていましたが、結局、どういった話なのでしょうか?」
隣に座っている牡丹のような佇まいの夢が、生姜焼きを食べながら問い掛けてくる。落ち込んだ様子はないものの、平静を装っていると分かるくらいには、我が妹も幼稚さを痛感したのだろう。
「俺も聞いた話だよ。なんてことはない、逆恨みとイジメの話さ。面白くもない」
今思い出しただけでも、心底どんよりする。
事の発端は、いつだって胸糞悪く、最悪だ。
「昔、ていうのは法整備がある程度固まった段階のことでね。専門学校止まりだった。といっても、塾扱いだったから物好きの更に興味本位と一部の自惚れが生徒だった頃。
革新的な技術だったわけだよ。相手を切っても傷つけることができないていうのは」
シールドと呼ばれる微粒子レベルのものと、神鋼と呼ばれる人体を斬ることができない物質によって、競技性が高まったものの。扱う人間の習熟や倫理とやらは、発展途上であった。
「イジメ、ていうと木刀でタコ殴りにしてたとか?」
「いや。模擬戦では一対一の戦いが原則で絶対だった。今はちょっと違うが、複数人で袋叩きにするなんてことは起こっていなかった。先生の立ち会いがあれば、な」
残虐性はいつだって人間が同族を殺す手段となる。
武器を手にしたから、武器で殴る術を見つける。
刀を手にしたなら、相手を斬るようになる。
理性や倫理観で守っていた感情が、唐突に暴れ始めるのだ。
武器とやらは教える環境によって、持ち主の性質へ変化を加える。
「問題になったのは、校舎裏で木刀による撲殺された生徒が発見された時さ。その時までは悲鳴が聞こえても、無視するか見ない振りをしていた教師陣に、突如訪れた崩壊さ」
妹達が口を噤む。
きつく、噛み締める。
それはそうだ。妹達はこのことと、この事件は一切知らない。知らずに生きてきた。
「被害にあった生徒は、虐められていた。ということでしょうか?」
「イジメ、なんて言葉。俺は嫌いだけど、そうだね。社会的孤立をさせられて、暴行を受け、詐欺やら金銭を加害者に盗まれ、最終的には殺害させられた。
立派な犯罪行為だ。そうならないように、ここでは木刀での模擬戦も教師立ち会いを必須にしているし、守れない奴は退学処分も妥当なくらいにしている」
そうでもしなければ、亡くなった生徒が報われない。
可哀想だとか、そういうのじゃない。
大人でさえも、見て見ぬふり知らぬ存ぜぬをした悪逆な行為そのものを許してはいけない。
立派な技術に、これ以上の血はいらない。
だから、徹底的なまでに制限して、制約を加えて、同じような被害者が出ないようにしているのだ。
「……だから、監視カメラばっかりなんだね」
叶が呟く。そして、天井の至るところに設置された黒色のレンズを見つめる。
その数は非常に多く、本来一箇所で充分なところを四箇所頑丈に固定され、死角がない。
見える部分はその程度で、恐らく生徒が見える範囲にはないカメラもあるはず。それほどに、厳重な管理体制をしかれている。
「動きずらいったらないよ」
「文句を言わないように、叶ちゃん。私達はどう頑張っても高校生。中学生からたった三年しか経っていない子どもです。信頼を置けないのは当然です。これを設置したのは大人ですよ」
「それ、結構な毒だよね」
ハンバーグに添えられたバターの香るコーンをつまみ、叶は呆れる。無理もない。夢の発言は、落胆寄りだ。生徒だけじゃなく、今大人になった人へ向けたものだ。
学生を信じられないのは、そういう学生がいた。
なにより、それを行ってしまうほど、してもおかしくないほどの、学生時代を過ごしてきた証明でもあるのだ。
「別に批判しているわけではありません。そうした方がいいのは、兄様からの話で思いました。なにより、監視カメラとか先生方が厳しく見回り、警備員さんも駐在していて、この学食だって、寮の一部屋だって息をつく暇もないのは、それだけ恐ろしい事件を風化させないためだと理解できますし」
「まぁ、あたし達は昔から刀と一緒だったし、斬った斬られたで大泣きしていたから、危険とか遊び半分で持たないことは痛感しているけどさ」
プライベートなんてないよね。
そう呟く叶は、残念がる。憧れた高校生活。それも、実家を離れて、文字通りの離島で寮に一人暮らし。
これに憧れない方がおかしい。
楽しみにならないのは、もったいない。
が、現実にあるのは監視された生活。意識しなければ、問題行動なんてないはず。しかし、人間とやらは見られていると意識すれば、緊張する。それを身が引き締まるとするのは、天覧試合だけだ。
そんな機会などないから、不必要に視線を気にして、必要以上に日常所作を意識しなければいけない。
それが自由人こと叶は、嫌な要素の一つらしい。
「まぁ、気にするな、なんて言わないが。映像を判断しているのはAIだから、まだマシだと思っておけ。これが気だるげな髭面ものぐさ男性教師じゃないだけだとな」
「……兄様、榊先生に恨みでもあるのですか?」
「ないよ。どちらかと言えば、俺が恨まれているのかもしれないけど」
「一体なにを……」
夢は驚きと多少の軽蔑を含めた目線で見つめる。
決して、兄を見る目じゃないけど、いいか。
「なんてことはない……はず。ほら、刀を打つとなれば夜通しになるだろ? 作刀中は先生が生徒の近くで立ち番を続けないといけないルールがあって、榊先生をずっと指名し続けてる」
……あぁ、と叶も夢はなんとも言えない表情をする。
榊先生へ同情したような、悲しみを込めたような。どちらにせよ、俺が加害者に違いない。
「……兄様。最近の作刀は機械で半自動化されていますから、教師立ち会いというのもたった三時間程度で終わります。それを昔からの鍛冶場でやって、一日中やるのを数日ぶっ続けでやれば恨まれますよ」
「……」
若い者にはついていけそうにない。