第34話「諦めないことは毒」
どうにも困ったことがある。
どうしようもなくなったことがある。
寮に備え付けられた食堂で、穏やかな朝食をささやかな幸せと共に噛み締めようかと思っていた最中である。その出来事の隙間の話。
ドタバタと、寸劇でも繰り広げているのかと思うほど大きな動作で近づいてくる男――赤髪の必死な形相が、小鳥のさえずりをかき消すのだ。
「おはようございます!」
「……………………おはよう」
「朝食ですか! ご一緒してもよろしいでしょうか!?」
「いや、遠慮してもらい――」
「――今すぐ持ってきます! 少々お待ちを!」
有無を言わさない。中尼さんはそのまま食堂のおばちゃんの所へ行き、大声で注文する。
食券を買いなさいよ、と注意されても快活な笑い声をあげているのだから、お気楽なのかもしれない。
ただ、俺の話は聞かずにおばちゃんの注意だけ受けるのは納得いかない。どうにも、理解とは程遠い存在のようにも思えるのだが、ここ最近……というよりも弟子志願から数日間はずっとこの調子なのだ。
学業生活と鍛治活動を阻害しない程度の、僅かな時間で濃厚な接触をしてくる。それが朝食だったり、昼食だったり、夕食だったりするのだ。
今すぐにでも離れておきたい気持ちはあるけど、ただでさえ目立ってしまっている以上、これ以上悪評に繋がるような行動は慎むべき、そう考える自分がいるものだから悩ましい。
竹でも割ってしまえば、ぱっくりと言えるのかもしれないけど、どうにも億劫にさえ思うのだ。
抜いた剣は、別の鞘におさまるわけもないし。
「お待たせしました! 今日は日替わりモーニングにしました」
「……わざわざ教えてくれてどうも。それより、朝だし静かにね」
「……はっ、すみません……」
こうやって注意すれば、しおらしく反省するのだから悪い人じゃないのは確かだけど……犬みたいだけど、あまり信用するべきじゃないのは確かだ。
いや、うん。
そうやって、疑心暗鬼になってしまうことこそ、辞めるべきかもしれない。
模擬戦で勝って以降、何人くらいか忘れたけど弟子志願者はいるのはいた。それを問答無用で却下してきて、「それでも……」と懇願してきたのをやんわりと断った俺が、だ。
諦めないだけの……しつこいだけの人間に手を焼いているのだから、何かあるのかもしれない。
…………多分。
「君は……どうして、弟子になりたがるんだい」
「……ふぉれはですね」
「まずは飲み込んでからにしようか。行儀が悪い」
急いで飲み込む中尼さん。……中尼君? どちらにせよ、食べてる最中にいきなり話し掛けた俺が悪い。
だから、待ちわびて、待ち望んでもいないほどの待った結果の答えは。
「強くなりたいからです」
ん。漠然としすぎているものであった。
いや、ね。分からないでもない。例えば、ゲームが上手くなりたい、と口にしたとして、積まなければいけない修練は膨大だ。それこそ、多くの時間を犠牲にして――生贄にしてまで掛かるものだ。
何を培う?
何を土台にする?
何を積み重ねる?
基礎か、基本か、基準か、そのどれかか、そのどれもか。
だが、ここまでの思考を経て得られる解答は、酷く単純だ。
「そうか。うん、そうか。君は、どうやら弟子に向いていないみたいだ」
「ど、どうしてですか!?」
「こら、静かに」
まるで飼い犬みたいに、従順に、立ち上がった腰を落ち着ける中尼君。激情型なのだろうか。髪色からのイメージ通りなんだろうか。
だとして、熱さは感じない。
不思議なほどだ。暑苦しいより、鬱陶しいより、寂しいとさえ彼から感じる。
「どうして、か。言ったら君、俺の弟子でもないのに教えてあげるほど、お人好しじゃないんだ。これでも俺は気分を害しているわけでね。せっかく、妹達と過ごす時間を奪われて怒っているんだ」
「……すみません」
「言い過ぎなのかもしれないけど、世界なんか他人の集合体でしかない。自分勝手にならなきゃ、居場所ができない。かといって、他人の勝手を許せるほど懐の大きい人間も少ない。俺はその中でも、かなりの器でね。小さくて有名なんだ。
もし、弟子になりたいなら『なんで弟子に向いていないのか』考えておいで」




