第33話「四季透は弟子をとるか」
これは先生から教えてもらったことではあるが、どうやら予選の試合もLIVE配信するそうで、そのための機器の手配や準備を壱鬼家主体で行うらしい。
とんでもない金持ちがすることは壮大だな、と思っていたが、そりゃお金を掛けなきゃいけないのかとも納得はしていた。掛けなければ、反感を買いやすいというもの。そこら辺は俺もよく分からない分野の話ではあるが、どうやら刀道で得た金は刀道に関連したもので還元した方が褒められるらしい。
よく分からない。
ただ、金銭を持っている人間が私腹を肥やしてしまっては経済的な云々でよろしくないことは知っているけど、そう思えば刀道で必要になる金というのも膨大なことに目が向く。
目が剥く。
神鋼だって安くない。なにせ、かつての玉鋼のような希少な素材で、品質にまでこだわれば終わりが見えないほど、底知れぬ物質である。
それを一般生徒が――一般家庭で購入しようものなら、大きな買い物になるし、失敗は許されないものとなる。それこそ、車を買うようなものだ。
まぁ、だから、学校側もある程度の負担緩和はしてくれているとのことだが、少なくともそれだけの価値があるとなれば、一般人と名家との意識に差が生まれる。
俺が神鋼三つ無駄にしたとしても、次は四つ買おうと思っているのと、一般生徒が神鋼三つ分の金が消えてしまったと痛感するのとでは、大きな違いだ。意識も違えば、痛める心の許容できるものも違う。
ゆえに、壱鬼のLIVE配信機材だって決して安くはないものだろうが、今後の発展も含め周りから得ている期待へ応えるためには必要なことである。
一般生徒が、もしかしたらとある企業の目に留まるかもしれないし。もしかしたら採用面接で有利になるかもしれないし。やっておいて損は無い。だから、出し惜しみしないのだろう。
だとしても、一般生徒と俺達の環境から生まれる意識の差は決して近寄ることはできても、根本的に違うことを俺は理解しておかねばいけない。彼らと俺達の必死な部分は違うのだ。
「どうか! 弟子にしてください!」
目の前で。公衆の面前かつ、廊下のど真ん中で、目立つような赤髪に染めた男が、これまた丁寧な土下座を披露しながら、俺に叫ぶのだ。
…………いや、理解できないって。
「弟子って、なんでまた急に」
「それはもちろん、模擬試合を拝見したからです! 貴方様に教えてもらえれば、俺はもっと強くなると思って! ですので、どうか弟子にしてくださいっ!」
困ったことだ。
大いに、困る。困惑とやらではなくて、惑わされたわけでもなくて、単純に困るのだ。反応に、反射に。反射的に断っても、この通りだ。
願えば願うほど硬い廊下の床に額を擦り付けるのだから、相当切羽詰まった様子。だとしても、それだけで――同情だけで弟子を取れるわけもない。そんな技量も、覚悟もない。
弟子を取る上で気をつけるべきは、徹底的に教え込むことだ。そこに優しさはあったとて、生易しい指導なんていらない。必要ない。それなら、友達に教えて放置した方がいい。そのくらい師匠にあるまじき行動になってしまう。
だから、弟子はとらないことにしている。妹達ならまだしも、初めて会う人へ心優しくできるほど聖人でもない。
俺は武人だ。
だから、周りのざわめきを溜め息でかき消し、意識を回す。色んな噂が様々な尾ひれ背びれをつけて立派なキメラが出来上がった中、集中する。
彼の体を。
頭髪は――この際仕方ないと見なかったことにして、背中の筋肉、指先までを立ちながら観察して。
結論とやらを決めるのに、そう長い時間は掛からなかった。
「君、名前は?」
「中尼 史記です」
四季と史記、ね。
なるほど、似た名前なのか。というよりかは、この人は恐らく、俺と同じ二年生、しかも武術科の人だな。確か、中尼という苗字が珍しいなと思って覚えていた。入学式か、どこかのタイミングでそう思ってから覚えていたが、そうかこんな髪色の人だったのか。
派手な人だったとは、見るまで分からなかったがそんな人が土下座までしているのだから、本当によく分からない。
理解できないとやらだ。
それにしてもこんだけ派手派手な髪色にしておいて、教師や親から何も言われていないのだろうか。そんな疑問ばかりが浮かんできては、目先の土下座を意識から外そうとする。
しかし、そんなことを許してくれるわけもない。
「どうか、この俺を鍛えてください!! お願いします!」
「わ、わかったわかった……。とりあえず、場所を変えよう。ここじゃ目立って仕方ない」
「いえ! ここで決断して頂きたい!」
強情すぎる。というか、傲慢すぎる。時代違いにも程がある。今どき、弟子にされるまでテコでも動かないなんて話なんてないだろうに。そもそも、そんな押し売りをしなきゃいけないほど、格式高い界隈でもないはずだが。名家だなんだとかは、強いか弱いかの違いだけだし、刀道に貢献してきた家が名家と言われているだけで、それ以上のものはない。剣術の本を出したり、講演会に出ている程度のもので、あくまで俺達が知っていることは皆知っているか、聞いたことがあるものになる。
もしくは、見たことのあるものとなる。
だから、弟子をとるかどうかの風習なんて存在しない。個々人の力が重要視されている時点で、教えを乞う必要性だってないのだ。
本を読むか、動画を観ればわかる。
だから必要ない。そうしなければ、力で圧倒させにくいという、裏側の話は置いておいて――ともかくの目立った状況をどうにかしなければいけない。
かといって……テコでも動かなそうだし、話を聞いてくれる雰囲気じゃない……。
「どうか! なにとぞ!」
……んー、このまま立ち尽くすと変わらない。
なにせ、動かないのだし提案しても決めてくださいと押し付けられる。
それはとてつもなく嫌だし。面倒くさい。面倒を放棄したいほど、かったるい。
だとすれば――そのまま俺は、土下座する中尼さんの隣へ踏み出し、何事も無かった、むしろ何も起きていないと涼し気な顔で歩く。
後ろは振り向かず、周りの声にも耳を傾けない。むしろ、聞くべき音は中尼さんの音。
数メートルほど歩いて、状況を理解した中尼さんが顔を上げたような――雰囲気と僅かな、床に張り付いた皮膚の離れていく音を聞いて、俺は駆け出す。
音を出さず、跳ねるように。
そうやってスタートダッシュのお陰か、中尼さんの声がほんのり耳をすませば聞こえるほど離れることができた。
「逃がしませんよ!」
という、恐ろしい声は聞かなかったことにしよう……。その執念とやらも何日かすれば、燃え尽きるだろう。




