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第32話「鬼の居ぬ間」


「九鬼、気づいていたのか」


 質素も質素。部屋には最低限のベッドに、机。椅子、無機質なものだけ。娯楽の一切が排除されて、入居前の部屋だと思っても仕方ないほど、そこに人が生活しているだけの証拠が最低限に、最小限に抑えられていた。

 そこの机に置かれた真っ黒なスマホ。どこかで落としたのだろうか、画面はバキバキに割られており、それでもいちいち新しい機種に変えるのも、交換に出すのも億劫なのか、そのまま触りにくい代償を帳消しにするほどの物臭の象徴から、若々しい男の声が響く。


「気づいていたのか、てなんのことだ」


 だから、九鬼と呼ばれた男は返す。素っ気なく。片手間に答える。実際、片手には本を持ち、片手にはペンを持っている。いわゆる、勉強中の話である。

 いかつい目つきから想像もできないほど、彼は勤勉家でもあった。


「四季のことだ。四季透が刀を完成させたこと。じゃなきゃ、お前がわざわざ模擬試験会場になんか出てこないだろ。そんな暇があったら、刀の研究をするはずだ」


「気が向いただけだ。と言ったら?」


「気狂いしていると言ってやる」


 どうやら、電話の相手は真剣なようで九鬼道寛の言葉は気に入らないようだ。実際、九鬼道寛が模擬試験に顔を出したのは、偶然と片付けるのは難しい。

 なにせ、彼は自分の意思で参加し、自分の考えで行動しているのだから。そこに偶然が介入するとすれば、四季透との勝負の最中だけだろう。運がどちらに味方するか。その程度でしか、介入も参入も、混入もできない。

 だから、九鬼道寛はにやけてしまう口元を止める術が見つからなかった。自分が四季透と戦ったことも。ある程度の誤差は許容範囲として、大体の物事がこれほど進んでいることに。

 四季透を、舞台裏から舞台まで上げることができたことも。


壱鬼(かずき)としてもいつかは四季家を刀道の大会まで上げるつもりだったんだろ? いいじゃないか、思い立ったが吉日という言葉もある。行動はすぐに起こすべきだ」


「それもそうだが、予選の試合が配信されないじゃないか。一番困っているのがそこだ。せっかく、予選でいきなり注目株が出てきて、ダークホースとして活躍していってもらう計画が、このままじゃ最初のインパクトだけで終わってしまう」


「四季透が負けると?」


「馬鹿言うな。負けることなんかない。ただ、底辺まで落ちた期待が徐々に上がっていき、観衆に応えられる状況と環境を作った方が四季家のためだと言っている。考えてもみろ。予選の試合が見られなくて、期待を抱いていいかどうか不安になる視聴者の気持ちが」


「じゃあ、中継させればいいか」


「簡単に言ってくれるなよ……」


 しかし、問題は予選の様子が分からないことによって、せっかく集まった注目が霧散してしまうことだ。特に、落ちぶれた名家の四季家がとんでもない剣術と刀を携えてやってきたとあれば、見たいと思う人がほとんどだ。

 現地観戦を中止することとなった学園側が、そのことを考えないわけもない。

 ただ、そういった話が浮き上がってこないことには簡単なされど難しい理由がついて回っていたのだ。


「精密機器の塊を映すんだぞ。電波が干渉して正常なシールドが機能しなかったことだってあるんだ。そう簡単な話じゃない。ある生徒の持ち込んだスマホが悪さして学校中にアラームが鳴ったことを忘れたか」


「あのうるささは桁違いだったな」


 模擬試験しかり、本戦しかり、刀道の試合で使う機械や技術は変わらない。ゆえに、精密機器が異常をきたせば、それは学校中に響き渡って教師陣へ知らせるようになっている。さながら救急車のサイレンだ。

 なにより、試合の最中であってもそれだけの騒音が鳴るだけでなく、試合そのものが中止される安全装置付きだ。刀を振りかけた瞬間でも、刀で受け止めようとした瞬間でも、構わず対象者の体は磁石に引かれるように引き離される。

 凄まじい勢いで、だ。

 もちろん、行き着く先は特大クッションで衝撃なんか驚愕を超えることはないけど、そういったことが過去にあったのだ。


「他人事みたいに言って……。パソコンに繋いでLIVE配信するとしても、スマホでそうなったんだから、一朝一夕で上手くいくわけもない。今までと同じだったら、会場から遠巻きにカメラで映せば良かったから問題にもならなかったけど――」


 そこで、電話の主は言い淀む。いや、淀みはない。むしろ、澄み渡ったような考えが頭の中を駆け巡る。

 さながら、八方塞がりな戦場を駆け抜ける武士の閃きである。電光が走り抜けた壱鬼は、訝しみながらも声に出す。

 期待のこもった。自信の声。


「――監視カメラはあったな」


「あるのはあるな。でも、天井の端っこにな」


「あのカメラは回線を埋め込むから別に場所は邪魔にならないところへ設置されただけ。付け替えればいい。画質のいいやつあっただろ」


「……そこまでして、四季家の予選を映したいのかね。俺には理解できないね」


 呆れながら、ペンを置く九鬼道寛。新学期が始まってから新しく買い換えた物だが、どうにも書きにくくてしょうがいない。筆圧の掛けた方もだが、なんとなく使いにくいのだ。

 それは刀も同様で、ありとあらゆるものにも当てはまる。

 慣れないものは使うな。使う時は慣らし方を知ってから使え、と。カメラだってそうだ。結局、いいものにしてLIVE配信したところで、それを上手く視聴者に届けられるかなんて分からないのだ。元々は、生徒が届出もなしに戦っていないかや不法侵入者がいないかを確かめるだけのもので、そのものを使って配信するためには設置されていない。

 ましてや、回線だって繋がっていない。そこら辺を整備してまで、四季家の戦いぶりを見せたいのか。そう思う九鬼道寛ではあったが、少なくとも彼は否定派でない。

 むしろ、肯定的である。わざわざ四季家の名前を出して校内放送したことも、SNSに無断で名前を上げるというおおよそネットリテラシーの欠けらも無い行動を取ったことも。そういった役目を引き受ける――いわゆる汚れ仕事を進んでしてしまうことがなによりもの証明である。


「なんだ。九鬼家がネット上でプチ炎上しているくせに、知らぬ存ぜぬみたいな態度をするんだな。憎まれ役になって、そうやって『鬼族』から外れようという魂胆か?」


「外れたいなんて思っていない。こんな好きなことをすれば安泰な暮らし、望んで引き離すわけがない。むしろ、迷惑だと思っただけだ。支援や施しをありったけ受けておきながら、何も成果を出さなかったことがな。イライラしただけだ」


「まぁ、そういうことにしておこう。……ただ、四季は気づいているだろうが」


「んなわけ――」


 九鬼は今一度、落としたペンを。置いたペンを見つめる。なんてことはない、ふとした動きの中で視界に映っただけだ。そう思っているはずだったが、関係の無い二つの物が繋がってしまう感覚によって、意識が引っ張られてしまった。

 四季。

 なにも、四季透に限った話では無い。

 かつての婚約者でもあり、自身が婚約を破棄するように提案した人物――四季望がいる。

 聡明で、何より四季透の近くにいた人物。

 妹達から愛でられ、愛され、愛し、自分から好んで刀道の世界にやってきた逸材が、気づかないわけもない。

 置いたペンが、捉え方によっては落としたと言っても差し支えないんじゃないか。

 そう思ってしまう九鬼道寛であった。


「ない、とは言いきれないだろ? 相手が相手だ。良くも悪くも()()()()()()()()()()()()


 壱鬼が恐らく浮かべているであろう笑みは、恐らく強敵を待ち望んだ強者のものだ。全てを圧倒し。全てを蹴散らし。全てを制した、人間の頂点。頂きに登った者が求めるのは、さらなる目標――高みである。

 だからこそ、彼は――壱鬼は楽しみで仕方ないのだ。

 良くも悪くも、悪鬼を滅し鬼よりも鬼となった一族と相まみえることが。一体、どんな戦い方をしてくれるのか。戦いと呼べるものだろうか。熊の縄張り争いが、人から見ればおぞましい戦いに見え、恐怖するように。壱鬼と四季の戦いは果たして、()()で済むのだろうか。

 そういった疑問を解決し、結局自身は挑戦者だったと痛感させられることになるのかどうか。それが楽しみで、愉しみで仕方ない気持ちがスマホから零れてしまっている。


「ま、君の考えていることは大体わかった。今後の動き方は任せるぞ」


 不気味に思っていた九鬼へ、願ってもいない――そもそも願ってすらいなかったことが告げられる。

 その声音からして、壱鬼はこうなることが読めていたのだろう。九鬼は四季家を外れ物にしない名家の誇りはあるのだと。例え行動や言動が過激であっても、その中には噛ませ役になるつもりはないのだと。

 いわゆる、ツンデレのツンが多めの状態だということも。

 だが、九鬼がもう話は終わったから切ろうと――スマホの画面へ指を向かわせた瞬間。


「ただ、もしも四季家を潰すつもりなら、容赦しないからな?」


 鬼はどちらだと、言いたくなるようなおぞましい、怨嗟にも似た声を出し、通話は終了した。

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