第29話「予選と予予選」
『侍月大会』は今までであるなら、一箇所の刀道専門のスタジアムを借りて、その大舞台で予選や本戦を行っていた。しかし、四季家の云々で予選自体は月見高校に備え付けられた模擬戦会場で行われることとなった。
しかし、予選の日程や誰が対戦相手になるのかは不明で、直前までは教えられない状況となってしまっている以上、参加者である生徒は学術以外に、するべきことがなければ暇な時間となってしまう。
まぁ、だからといって鍛錬をしない奴はいないだろうし、むしろ模擬戦ばかりやっている人だっている。ここぞとばかりに追い込む人だっているし、むしろ休んで調節する人だっている。
個人差があるし、様々な多様性の緊張感が包む中、誰も知らないだろう。
というか、俺もさっき知ったばかりの話ではあるけど。よくよくお世話になっているというか、いつの間にか怪我しているので連れて行かれる保健室の先生から教えてもらったことでもあるけど。
今年の参加者はほぼ武術科の全員と言ってもいいくらいなのだそうだ。
「びっくりしたわよ。いきなり職員室の先生の机が、参加生徒のプロファイルで埋め尽くされているんだもん」
「そういうこと、言ってもいいんですか」
保健室の空いているベッドに、真っ白なちょっと固めなところへ腰掛け、机に向かい合っている先生へ問い掛ける。
保健室の先生こと――朽木夕実は真っ黒な髪の毛をポニーテールに結び、ふわふわとした毛先がゆらゆらと動きに合わせて揺れている。
遊んでいるようにも思えるし。恐らく、自分の好きな髪型にしているようにも思えるし。そこら辺はよく分からないが、童顔で可愛らしい先生にはお似合いだとは思う。
ただ、まぁ、白衣はしっかりと着ているし、清潔には人一倍敏感だし、遊んではいないな。むしろ、真面目だろう。
……今情報漏洩していたけど。
「別にいいでしょう。どうせ生徒にだって話がいくはずよ。あれだけ多ければ、抽選にするか、予選の期間を長くするとか説明しなきゃいけないわけだし。大変ね、四季家とやらは」
「大変ですね。代わってくれてもいいんですよ?」
「嫌よ。家に囚われたくないし」
囚われているんだろうか。俺は。四季家は。どうなんだろうか。気づいたら、刀がそばにあったし、この道を進むことしか考えていなかったが。それを自分の意思かと言われたら、どうなんだろうと疑問が頭を埋め尽くす。質問しても、返ってくるのは曖昧なもの。それが脳内で無限に繰り返される。
自分のしたいこと?
多分。
他にやりたいことは?
多分ない。探せばあるかもしれない。
といった感じで。
「言っておくけど、家柄とかを否定しているわけじゃないからね。最近の子はすぐに揚げ足とって、過剰な言い方するから怖いのよね」
「先生は、刀道においての名家は糞、だと?」
「言ってないわよ! そうやって、すぐ大袈裟に言うんだから……。得意なものは刀を振り回すことじゃなくて、火打石で火事を起こすことにしておきなさいよ。後、私は先生じゃなくて、保健医ね」
「先生は先生ですよ」
思ったことをそのまま口にしてみたけど、後ろ姿だけではどんな顔をしているのか分からない。ただ、なんとなく。肩が僅かに上下したのを見て、溜め息を吐き出したのはわかった。
なんだ、呆れたって感じか。多分。
「……ほら、そんなことはいいから治療は済んだのだから教室に戻りなさい。授業始まっちゃうでしょ」
「あ、今日は授業出ませんよ」
治してもらったというか、朝の修行でいつの間にか擦りむいていた膝小僧に貼られたデカデカとした絆創膏を、ズボンを下ろすことで隠して見えないようにする。
今どき、あんな大盤振る舞いもないだろうって。デカすぎだって。
そう思っている俺が再び、視線を上げると先生は驚いた表情でこちらを見てきていた。
蜂蜜色の綺麗な瞳をくりくりとしながら。
「……あんた、刀を打つの?」
「はい、本戦前に一本」
「無理よ、というか一振仕上げるのに一年は掛かるはずでしょ。この学校でも早くて半年くらいだし、そんなことしているより授業に出るか、体でも鍛えていなさいよ」
まぁ、それはそう。作刀といっても、たった数ヶ月でできるわけもない。本来であれば、一年か――それ以上の期間を掛けてもおかしくないほどだ。
鍛冶の技術が向上した現代でも、最速で半年。そのくらいは余裕で掛かる。それも、機械を使っての半自動作業でも、そのくらい掛かってしまうのだ。
「先生、それって機械で打った時の話ですよね」
「……えぇそうだけど」
「じゃあ、俺が打ったらもっと早く終わりますね」
「…………ちょっと、そこのベッドで寝ていきなさいよ。今なら寝言だって言い訳にできるから」
「信用ないのはいいけど、生徒をベッドに誘導した保健医がいるってことでいいですか?」
「良くないわよ! ああ言えばこう言う糞ガキね」




