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第28話「いつも通り?」


 人の口に『と』は立てられない。よく言ったものだ。実際、立ててしまえば喋るどころか殴り倒してしまうような鬱陶しさがある。いや、そうじゃないだろうし言葉の意味を履き違えているのは、書き違えているのは理解している。だけども、噂話というのはたった一日で、それこそ全校生徒にまで広まっているんじゃないかと錯覚してしまうほど、圧倒的で圧巻だった。

 分かりやすい例は朝の修行から帰ってきたヨレヨレの望とピンピンした俺を出迎えた人たちの言葉だ。


「こんな朝から? まだ五時だぞ。やっぱり名家は違うな」


 といったものだ。悪いものじゃない。決して。というか、そんな剣士を笑う暇なんかないしむしろ頑張っている人間がいれば、戦いを申し込むような血の気の多い連中しかいない。むしろ、悪く言っているのはいつだって外野だったりもする。おおよそ、画面の向こう側に人がいることを考えない連中とやらは悪評を気に入り、自分の悪巧みに感涙を流していることだろう。

 そんな奴らの思惑とは裏腹に俺たちに向けられた今までの言葉とやらは、天地をひっくりかえしたような様相と化した。

 無論、そんなの手のひらを返しただけだと思うかもしれない。しかし、よくよく考えてみて欲しい。考え直して欲しい。彼ら――この学校の生徒、全校生徒と言ってもいい。そんな奴らは血の気が多いと言った。無論、中には名誉や実績を求める奴だっている。悪口を言ってきた、陰口をひっそりと忍ばせてきていた奴がいるのも知っている。

 だが、そんな奴らはあくまで少数でしかない。大多数は、強い奴と戦いたい。死闘を繰り広げたい。そんな人しかいないわけだ。

 だとすれば、形だけの名家だった四季家が、とんでもない剣術の使い手だと噂になれば、目の色を変えてくる。血走った目でね。

 都合のいい奴らだ。本当に。今まで使えないだとか、家柄に似合わない恥さらしだとか、散々言っておきながらこの有様だ。というか、彼らはただただ単純だったに過ぎない。それを俺が理解出来ていなかったといえば、そうとしか言えない。

 ともすれば、余計に妹達を戦わせるわけにはいかない。少なくとも、俺よりも強い妹達を。


「最近、考え事多くない? とぉ兄」


「色々あったからな。そのくせ、望はいつも通りだな。びっくりするくらい」


 まだ朝も早く、食堂のおばちゃん達も支度でてんやわんや、どんちゃか騒ぎの厨房から朝食が出てくるわけもなく。俺と望は、ひとまずお湯だけ備え付けのポットで沸かし、インスタントコーヒーを自前のコップで飲んでいた。

 優雅な朝とは程遠いかな。それもまた、いいけど。


「あたしだって、変なところはあるよ。考え事はしていないけど」


 真っ白なカップに小さな子猫の顔だけ――デフォルメされた可愛らしいマグカップに口をつけ、望は答える。しかし、熱かったらしい。すぐさま口を離し、きゅぅとなんとも言えない声をあげて、ふーふーと息で冷ましていく。涙ぐましい努力だ。実際、泣いているけども。


「そうだな。変なところといえば、俺の日課についてきたことか。どうやって知った?」


「別に? たまたまだよ」


 嘘おっしゃい。

 望が寝坊しやすいどころか朝が激烈に弱く、布団が恋人なのは家族皆が知っている。そのせいで、見たかった初日の出を見られなくて癇癪を起こした幼少期から、変わっていないこと。実際、入学式の日だって遅れてきていた。そんな寝坊助妹代表が、たまたま早起きするわけがない。明らかに、意図的な、情報収集と調査と実行力の賜物だろう。そうじゃなかったら、刀の錆にしてもらってもいいくらいだ。


「…………まぁ、本当は夢姉さんから聞いたんだけど」


「だろうな……夢なら知っていてもおかしくない」


「それは夢姉さんに言ったことがあるから?」


「いや、見られてもいないし聞かれたこともない。ただ、夢なら知っていてもおかしくない、てだけだ」


 疑いではない。信頼というやつだ。

 そもそも、妹達に俺が早朝どころか深夜帯の時間で修行していることなんて言ったこともない。隠しているわけでもないが、聞かれなかったわけでもない。というか、妹達は聞くつもりも無かったはずだ。

 ただ、互いに知っているだろう。それで過ごしていただけだ。俺は夢が知っていることも。夢は俺が知っていることも。それだけで、会話もなく信頼とは表現できないだろう。共に過ごした時間で培ってきた理解とやらは。たった、それだけの察知で今までやってきたのだ。

 言葉足らずといえばその通りで。

 会話足らずといえばその通りで。

 ただ、それで大丈夫だったんだからいいだろう。


「夢姉さんもとぉ兄も、二人共あんまり話しているところを見ないんだけど、本当は仲良しだったりするの?」


「どこをどう見たら不仲に見えるんだ」


「だって、お互い何も言わないじゃん」


 それもそうか。いや、単純に話すことがないわけじゃない。ただ、話そうと思っていても大抵片付いているんだ。


「あれ、よくある阿吽の呼吸みたいなやつ?」


「んー……呼吸が合っているかと言えば合ってないかな」


「そうなの?」


「あぁ。俺がやろうと思っていたことを先に夢がやっているし。例えば、醤油が欲しいなと思ったら夢が差し出してきていたし、夢がみたらし団子を食べたそうにしている気がして、買って帰ったら夢がみたらし団子を作ろうとしていたし。合っていないのかもしれない」


 向こうがやろうと思っていたことを片付けてしまうのだから、息が合うというのは違うだろう。どちらかと言えば、相手がしたい行動の邪魔をしていることにもなりかねないし、意識思考が合っている、と言うべきだな。


「…………」


「……? どうした望。そんなに睨まれる覚えなんてないぞ」


「…………いや? 分かったよ。理解したと書いて理解(わか)ったよ。うん……夢姉さんととぉ兄はそういう関係なんだなて思っただけ」


「だからって、俺のコーヒーを取らないで。まだ飲みかけなんだ」


「いいでしょ。新しいのいれてきなよ」


 なんでそんな不機嫌なのか。わざわざ、同じコーヒーを奪い取らなくてもいいじゃないか。あれか。そんなに美味しかったのか。

 とでも、言いたかったし思いたかったけど。おそらく、ヤキモチだろうな。夢と以心伝心の仲だと聞いて、羨ましくなったのだろう。無理もない。夢はいい子だし、優しい、勉強もできるし剣の腕も立つ。魅力的だもんな、大和撫子を体現したみたいな女の子だしな。

 とすれば、仲を取り持ってやるのが兄のするべきことか。……ひとまず、新しいコーヒーをいれてこよう。

 なぜか、望が俺から奪い取ったコーヒーに息を吹き込んでマグマみたいにぶくぶくさせているし。一度離れるのが賢明というやつだ。

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