第23話「現代における鬼」
妖怪とやらは、それこそ現実においては気配すら認識できない分野に居座っている。そう、居座っているのだ。確かにそこへいて。確かにそこへいた。昔昔の話ではあるけども、今の世にもいる。匂いを消し、気配を消し去り、存在をあやふやにし、確証を残さない。疑問すらなく、そこにはいない。そう思うのが自然でもあって、それが偽りでもない。
普通なわけだ。
問題もない。
だからこそ、平凡は過ぎ去っていくのだ。
じゃあ、異常とやらは。異質とやらは、異変とやらは、どうなったのかといえば。
簡単なわけだ。単純なわけだ。
「妖怪退治。妖封じ。魔封じ。妖怪大戦争。鬼退治。そう言ってもいいくらい、そう表現するのがいいくらい。人と妖怪の戦いは熾烈になった。その中で生まれたのが、俺達の――四季家に伝わる剣術『一刀流』だ」
「鬼を倒すため――妖怪に打ち勝つため?」
「そう」
信じられないといった思考放棄の顔をする叶。いや、なんで前話したはずの叶がそんな顔をするんだよ。聞いたはずだろ、と言いたかった言葉を飲み込む。
言いたい言葉は飲み込む。そうしなければ、平穏は来ない。
「だったら、兄さん。『一刀流』には矛盾があると思うんだけど、それはあたしが間違っているの?」
「いや、間違ってないよ」
叶の疑問。そして、望の抱いた問題は正解だ。そう、『一刀流』は鬼退治のために生み出されたにしては、重大な矛盾が存在している。
「『一刀流』は鬼退治のために生み出され、同士を集めるために開発された剣術のはずが、これ以上ないほど習得が難しい剣術だ。矛盾していると思うくらいにな」
「でしょ。『一刀流』の壱自体が最高難易度じゃん」
――あたしだって習得出来なかったんだから。
そう付け加える叶。呆れながら、それこそ宿題を出した先生に、宿題を出すから出さない人も生まれると文句を言うように。屁理屈をこねる悪餓鬼のような顔をする。
それを馬鹿と言うんだろう。
それを天才と、世の中は言うんだろうな。
「望ちゃんはいいよね〜……。すぐにできて」
「別に……羨ましいと思うようなことじゃないよ叶姉さん」
「それをないものねだりと言うんですよ、二人とも」
「夢ちゃんは『一刀流』じゃないじゃん。進化した方でしょ。それだけであたしにとっては嫉妬の対象だよ」
「面倒くさい……」
「はいはい。ないものねだりは止めておくように」
「兄さんが言ったら逆効果かもしれないけど」
望さんや、俺だってないものはあるわけだよ。それこそ、侍としては、剣士として最大の弱点があるわけだし。
「話を戻すぞ。『一刀流』の壱。『子日』は刀を抜かない段階から攻撃していると言ってもいいくらいの剣術。夢が得意にしている『居合切り』の究極系でもある」
「はい。『居合切り』の一番強い部分を抽出した剣術ですね」
まとめないで。いや、ありがたいけど。俺の説明が下手なのが露呈するから、悲しくなる。
「叶――てか、なんで叶が説明されてる立場になっているんだ?」
「馬鹿だからね」
「自分で言うな、少しは悔しがれ」
「悔しいから聞いているんでしょ。教えてよ」
……そういえば、負けず嫌いだったな。それも最高級な負けず嫌い。
「そんな偉そうな態度なお前に聞いてやる。『居合切り』の強いところがどこか分かるか?」
「あれでしょ。……えっと、まず横斬りしかないところ」
「それ弱点だろうが」
「弱点という言い方も失礼だと思います」
「ごめんって。悪かったから、俺の指を掴まないで」
骨が軋む音もするほど握られたことないって。こっわ。体が大きくなるにつれて、威圧的な行動も大胆になってきたな。怖いわ兄さんは。
「じゃあ、なにさ。夢ちゃん、もったいぶった言い方したら兄さんの指へし折っていいからね」
「俺の意見ガン無視で勝手に決めるな。……強引な奴。……ちゃんと言うとだな。まず一つが『構えを必要としていないこと』」
「あぁ、はいはい」
そういえばそうだった、みたいな顔をする叶。しかし残念かな、兄さんにはそれが演技だというのは一目瞭然なわけで。悲しいかな、妹の知識とやらは、記憶力とやらは、それほど一部分に特化しているということに気づいてしまったわけで。
「……はぁ。まぁいい。構えを必要としない、そもそも『刀を抜かなくても使える』利点があるわけだ。構えているのかどうか、そもそも戦う意思があるのかどうかに関わらず、戦えるというのは大きなメリットなわけだ」
戦国時代、刀という武器はとてつもない価値を生み出していた。その理由の一つが、持つだけで振れるかどうかはさて置き、相手に思考の選択肢を押し付けることができたのだ。
対人戦に関わらず、対妖怪戦、対鬼戦も漏れず、絶大な効果を発揮した。
「鬼が襲いかかろうと無防備な人間に飛び掛って、返り討ちにあった。その剣術が『居合』でもあるし、同時に防御寄りな構えだと見抜かれた」
「だろうね。あたしだって、居合の構えしてる人が目の前にいたら、距離をとるもん」
「だから、絶対無敵の要塞とまで言われた。まぁ、あくまで言われただけで居合そのものは、防御寄りじゃなかったんだけどな」
そもそもの話。
相手へより深く、より致命的な一撃を加えられればいい剣術に、守りが存在しているわけがない。
というより、存在するわけが無い。しかし、鬼は勘違いしてくれたわけだ。妖怪は警戒してくれたわけだ。
人間が一時的に流行らせた『居合』の手法を。防御の構えだと、誤認してくれた。
「『居合切り』はその性質上、刀を抜かないことが前提となる。それに伴って、攻撃範囲も限定的になる。自分の周りに限られるわけだ」
懸念点は攻撃範囲の短さ。故に、防御だと錯覚してしまうわけだ。ノータイムで攻撃されるはずの構えもない構えだとは思わず――思えず。
「じゃあ、『一刀流』を開発した人はどうしたのかと言ったら、簡単な話。相手に近づけばいい」
「…………えらく、脳筋だねぇ」
「そうじゃなきゃ鬼なんか倒せないだろ」
鬼に勝る者は、鬼でしかない。『一刀流』の生みの親は、鬼よりも鬼だっただけに過ぎない。
故に、難しくしすぎた。故に、継承者が少なすぎた。それが原因で、現代に伝わった家系が一つ――それこそ、子孫にだけ引き継がれるなんて、誰でも使えるように、誰でも鬼に勝てるように考案したくせに、矛盾している。
そんな、ところどころネジも外れているのが、うちの開祖なんだ。