第22話「昔の剣術と今の技術」
あれよあれよとさりげなく誘導されたので、その場に集いあった妹たちの視線は自然と俺へと向く。
まぁ、仕方ないよな。
「別に面白い話じゃないぞ」
「面白い話を求めてきているのなら、みんなここにはいないよ」
「それはさりげなく俺を馬鹿にしてないか?」
「いいからいいから、細かいこと気にしてるとハゲさすよ」
言うに事欠いて、ハゲさすかよ。毟り取るつもりか、こっわ……!
かといって、このまま雑談していると本当に毟り取られかねない。そう改まって発言するような内容でもないし、もったいぶることなく言葉は流れ出る。
「まぁ、髪の毛を引っこ抜かれたくないから言うけど……。九鬼の技は既視感――デジャブがあるのは仕方ない。あれは元々、『一刀流』を模倣した技だからな」
「……」
「模倣、ね」
「とぉ兄。一つ質問いいかな?」
「どうぞ」
夢は黙りこくり。叶は復唱し、望は質問を投げかける。三姉妹と言えど、三者三様の反応を示すのだから傍から見ていて飽きはしない。だが、反応が違うというだけで、三人の気持ち――考えは一緒だと言ってもいい。
「『一刀流』てなに?」
……前言撤回した方がいいかもしれない。
一緒じゃないかも。
「いや、誤解しないでね。あたし、全然修行とか練習とか鍛錬とか触ってこなかったし、技名とか教えて貰えなかったからさ」
「そういえば、そうだったな。……確か最近になってようやく知ったくらいだもんな」
「なにも教えてくれないんだもん。悲しかったよ」
まぁ、それにはマリアナ海溝よりも深い理由があるんだけど、まだ話すべきじゃない。
少なくとも、望は今まで剣術とやらを真剣にやってきたことも、家の人間が皆親身に教えたことはない。
むしろ、その逆だ。親身になって、望を剣術や刀道から遠ざけていたんだ。最初の数戦の模擬戦から、そう決めたんだ。
だから、言うのもはばかられるけど、仕方ない。
片足突っ込んだのだから、抜いてしまうか突き進むかは本人に任せるしかない。
「じゃあ、『一刀流』については簡単に言っておくと。一番最初に完成された剣術だ」
「……一番、最初?」
「そう、最初。刀という文化が生まれ、人斬り抜刀斎なんて名前が横行する前の、それこそ最初の戦国時代にできた刀剣技術」
「……?」
素っ頓狂な顔をする望。無理もない。こればかりは、複雑だし、俺の説明が下手くそなのもある。
「望、戦国時代と聞いたら何を思い浮かべる」
「信長、あの女性になったりロボットになったりしている人かな」
とんでもない方法で広まっているな、信長公。名前が有名になるとそんな感じになってしまうのなら、人の世界とやらも多種多様というわけだ。自分がその被害にはあいたくもないけど、死んでからならどうしようもないことか。
だから、信長公も化けて出てこないんだろうな。
「それがまぁ普通だよな」
「その言い方だと、とぉ兄が知っている戦国時代は別だと言ってるようなもんだけど」
「そうだな。俺が知っているのは違う時代だ。それも、信長公よりも前の話な」
となれば、大きな時代に動く。江戸から平安。そうやって、印象的な、覚えやすい出来事のある時代へと思考は移っていく。ありきたりな話だ。というか、そうイメージする人の方が多いとも思う。自分がそうなだけで、統計やらなんやらは一切考えずに言っているけども。
「安倍晴明さんの話?」
「んー、どちらかと言えば源頼光さんかな」
間違いではないけどな。安倍晴明とやらも、外れでは無い。そして、そこまで思考が飛んでいることも、望の恐ろしさを再確認する。
この子は本当に。
「へぇ、じゃあそういうことか」
「勝手に納得しないで望ちゃん。お姉ちゃん分かってないんだから」
「なんでだよ。お前は何回も聞かされた話だろうが」
「記憶できる容量にも個人差があるんだよお兄様や」
「どうせ三バイトくらいだろ。……はぁ、あれだけ親身に教えてくれた母さんに申し訳ないと思わないのかよ」
あれだけ叶にだけは必死に、それこそ叶でもわかりやすい言葉を選んで説明してくれた母上も、この様子を見れば卒倒する。俺でも思考が追いつかなくて真っ白になったし。
「酷いな〜。いいから説明してよ」
「わかったわかったから、そこら辺の刀に近づくな。怖いだろうが」
研磨待ちの刀。研ぎ待ちの刀。それらが掛けられた場所に近づく叶を見ては背筋が震え上がる。
こいつに刀の技術を託したのは間違いだったのかもしれない……。いや、叶に刀の技術を教えたこと自体は間違いじゃないか。刀の恐ろしさを知っているのは剣士であればあるほど、侍であればあるほど、理解しやすいものだ。
だから、引き止めて話さなきゃいけないわけだ。
叶にとっては製鉄前の――それこそ、刀にする前の鉄の塊でも武器にすることができる。ただ、一振で壊れるだろうけど。
「戦国時代と言っても、戦う相手とやらはなにも人間じゃない。じゃあ、誰か分かるか?」
「んー……自分自身という禅問答なわけもないし、自分自身という答えも結局人間になっちゃうよね。
…………わかんない!」
「だからじっとしていろ! 刀に近づくな」
怖いだろ。俺が。
「じゃあ、さっさと言ってよ。脳みそが湧き上がってるんだから」
「本当に怖いやつ……誰に似たんだか」
「少なくとも、兄さんよりも怖くないはずだよ」
心外な。
品行方正、健康優良、成績優秀な俺が怖いだなんてないだろう。全く、言いがかりはよしてくれ。
そう思ってはいたが、叶の発言に望や夢までも頷いていたので、若干のショックを心に刻みながら、答えを口にする。
「鬼だよ。全体的な話をするなら、戦う相手は妖怪そのものだ」