第21話「模擬戦勝利」
「…………兄さん。あたし達がなんで怒っているのか分からないわけがないよね」
「面目次第もない……」
鍛冶場。
それが文字通り火事場になっているなんて誰が知っているだろうか。
少なくとも、俺は妹三人の怒りに火をつけてしまったのだから、それを処理する必要がある。
それをしなければ、延焼で殺されかねない。
「戦うこと自体はいいよ。それそのものに怒っていないから。話を聞く限りでも、あたしだって戦っていただろうし」
叶は腕を組み、仁王立ちしながら同意してくれる。
いや、共感してくれている。
そうやって、俺から申し訳なさをひねり出そうとしているのだ。
「ただ、なんで『一刀流』を使ったのか。それを聞きたいんだ」
「……それは」
言えない。
ただ、なんというか。
気の迷いではなく、感情が昂った瞬間に体が動いたなんて。
言えない。
考えなんてないことを。
言えない。
その瞬間だけは、別人になったような気がしたことも。
「まぁ、叶姉さん。いいんじゃない」
「望ちゃん。そんな適当なことで片付けられることじゃ――」
「どうせ、いつかは見せなきゃいけなかったんだから。それが早まっただけでしょ。問題ないんじゃない」
鍛冶場に用意されている椅子に座って、ミルクティーを飲む優雅な妹。
蚊帳の外みたいな顔をしていると第三者は思うかもしれない。
だが、この場面に第三者が介入してくることなんてない。
ここには家族しかいない。
だから、望が優雅に座っているわけでもないことや、一番怒っていることも皆知っている。
理解していた。
「なにより、あたしを奪い合うなんて。そんな魅力だってないはずなのにね。馬鹿だよ、とぉ兄も九鬼も」
「そんなことはないぞ」
望の卑下に思わず土下座の姿勢のまま声が飛び出る。
馬鹿だとなんだと言われようとも。
いい。
「望は強い。それは誰の目から見ても明らかだ」
「……サボってるだけの人間に期待なんてしても仕方ないと思うけどね」
まぁ、それはそう。
だが、不必要にサボっているわけでも。
必要以上にサボっているわけでもない。
むしろ、計画的にサボっている。
怠惰を謳歌しているわけではない。
怠惰であればあるほど、堕落すればするほど。
望は性に合うというだけだ。
「まぁ、望ちゃんが強いことは周知の事実だからいいとして。問題は我が兄とやらが、秘密にしていたものをあっけなく披露したことにあたしは怒りがマグマのように、湧き上がっているんだよね」
「だからって、土下座している頭に水を落とすのはやめてくれ」
陰湿すぎる。
なにより、拷問のやり方にしても間違っている。
額に落とせ。
後頭部に落としても濡れるだけだし。
「あぁ、ごめんごめん。この鍛冶場てやっぱり暑いんだね。アイスが溶けちゃう」
「アイスだったのかよ!?」
どうりでやけにベタつくわけだ。
水よりも悪質だった。
いや、水の方が良かった。
新しい現代の拷問に追加しておこう。
「それより、夢ちゃんはさっきから黙ってるけど言いたいことはないの?」
「ありませんよ」
「本当に?」
「えぇ。強いて言えば、私はアイスまんじゅうが食べたかったですね」
それは、仕方ない。
今や製造されてる数が少ないのか、局所的に販売展開されている絶滅危惧種。
それがこんな離島にある方がおかしいというものだ。
いや、学園側に直訴すれば結果は変わるかもしれないが、そこまでアイスに必死になる方がおかしい。
「好きだよね〜アイスまんじゅう。この間はあずきバーだったし、和風なものが好きなんだね。夢ちゃんは」
「好きになったものが和風なだけです」
「それは卵が先か。鶏が先かみたいな話じゃない」
いや、厳密に言えば違うぞ。
和なものを好き好んで選んでいるわけじゃなくて、たまたま好きになったものが和風に偏っているてだけだ。
実際、夢は和風なものを好きになっているわけじゃない。
オムライスだって好きだし。
ハンバーグだって好きだ。
おろしポン酢のハンバーグじゃなくて、デミグラスソースの方だ。
だから、そうじゃないと言いたかった。
しかし、言わなかったのはまぁ、俺が説教中であることもあるし。
「卵が先か。鶏が先かの話で思い出しましたが。そういえば、九鬼の使っていた剣術。酷い既視感を覚えましたが、その話をしませんか」
こうやって、人知れず話を誘導する叶の強かさに甘んじてしまってもいいだろう。