第20話「初陣」
「な、なんだ!? そんな塵で俺のシールドを削ったていうのか!?」
後退しながら、怒声を飛ばす九鬼。
無理もない。
実際ダメージを与えた衝撃というのは、肌に伝わるほどではある。
というか、シールドが斬撃や骨折となりえそうな圧力を緩和してくれているだけで、超過した部分やあえて肉体への衝撃にしてシールドの減少を抑えるなんて使い方もされる。
それくらい、刀道の戦いとはぶつかり合いで派手なものではある。
だからだろう。
一切、斬られた感覚もなく押し斬られたわけでもなく、ただただ飛び交う塵に触れただけで劣勢になっているのだ。
怒るのも無理はない。
なにせ、戦い方としては卑怯でしかないのだから。
「見損なったぞ! 四季ともおろう者がそんな小賢しい真似に手を染めやがって」
だからだろう。
ちょっとばかし。
ほんの少しばかり。
計画と違っていても。
予定と違ってもいいと思えるほど。
振るいたくなるのも仕方ないと。
「小賢しい……? 勘違いしないで欲しいね。これはこれで戦いだよ。今まで誰もやってこなかっただけで、ほぼ理論値で繰り広げられた戦いに過ぎないてだけだよ」
「それでも! 打ち合いではないだろ! それが四季のやり方ならいい。ぶちのめしてやる!」
確かに鍔迫り合いだってしていない。
実際に刀を受け止めて、それで砕け散った破片で攻撃しているのだから、試合と言うにはあまりに淡白すぎる。
周りをきらびやかに彩る破片が、怪しく笑っているように見える。
それくらい、凶悪な性能なのは理解している。
だから、だろう。
「…………仕方ないね」
九鬼が問答無用で、話を聞く気もない様子で構える。
居合の構えだ。
ただ、さっきまで違うとすればそれは気迫だ。
殺す気できている。
殺気だ。威圧している。
立ちすくんでしまうような、圧倒される気配。
流石は刀道で有名な家柄の人間ではある。
褒めてしかるべきかもしれない。
この場合、褒めてしまえば怒られるだろうが。
それでも、フェイントを一切加えず、こちらへ斬り込みに行くつもりなのだから、正々堂々を好んでいるようにも思える。
それだけ、試合に真剣なのか。
それとも、望が欲しいのか。
それとも、小賢しい手でのし上がろうとする家を潰すために必死なのか。
考えるだけで、きりはない。
だから、辞めよう。
止めて、やめよう。
彼の願いを叶えるつもりなんてない。
ただ、自分の妹を守るためなら、なんだってする。
それだけなはず。
だが、いつの間にか舞い散っていた刀の破片が集まってくる。
手にした刀の――刀身があった場所へと集まってくれば、それは桜色の一刀へと至る。
成り、成る。
それを鞘に隠す。
別に、恥ずかしいからとか。
勝負を諦めたからではない。
ただ、そうだな。
感化されたのかもしれないし。
むしろ、ここまで侮辱してくるのだし。
小賢しい真似で成り上がったなんて、あまり評判としては悪いかもしれない。
どうせなら、問答無用で薙ぎ倒して。
圧倒するべきだ。
そうだね、それが一番いい。
成り上がりとしては充分だ。
「おま……!」
驚愕の囁きが響いてくる。
それだけ、静寂に包まれる。
なにせ、動きの一切がないのだから。
無音。
強いて言えば、心臓の音、血管を流れる血液の音。
それだけだ。
それだけでいい。
本当に。
一刀で制するやり方を、本気で殺すというのはどういうものかを見せるのに、音はそれだけでいい。
色もいい。
あぁ、なんだろう。
感情が高ぶれば、体が熱くなるのはなんでだろう。
昔から疑問ではあった。
でも、いいさ。
「……呪いの一族めが」
深く、腰を落とす。
真下を見るどころか、後ろを股の間から覗き込むほどに俯く。
柄に左手を添える。
握らなくていい。
斬る時だけでいい。
もう少しで斬れるんだ。
まだ、いい。
「呪われた血筋に俺達が負けるわけ……!」
あぁ、そういえばなにか名前があったかもしれない。
確か、適当に名付けられたものがあったはず。
そうそう、本当に適当だったんだよね。
確か、これだ。
「『一刀流 子日』」
一歩、離れた場所にいるはずの九鬼へたったの一歩で踏み込み。
同時に刀を振り抜く。
九鬼が使っていた『九鬼流』と違うのは初速だけではない。
踏み込みと同時に、刀で斬っている。
それだけだ。
だが、その僅かな差で勝敗が決まるのだ。
人を斬るとすればそれだけで充分なのだ。
そして、その領域に至るまで長い年月が掛かっていたとしても、それだけの価値がある。
【九鬼様のシールド消失を確認。この勝負、四季様の勝利となります】
無機質な音声に反して、成果は上々だ。
評判は……良くないかもしれないけど。