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第19話「明け簿の」


「散りばったからどうなる!? そんなの刀として機能しないだけだ」


 そう。

 刀としては機能なんてしていないと思うのかもしれない。

 だが、輝鋼の特性は含有量が多ければ多いほど、発揮する。輝くのだ。

 舞い上がった刀の破片が、俺の周りを漂っている中、それでも九鬼は臆せず突っ込んでくる。

 再び、低身で。

 もう一度、切り上げるつもりなのだろう。

 だから、負けるんだ。


「『春刀』は戦いに向いていない。強いて言えば、試合に完全な適応を示した――最適解だ」


 ぶつくさ言っている中、九鬼の体と一緒に下段から上段へ向けて上がってくる刀身。

 それが、それが。

 舞い踊る破片に触れる。

 触れてしまえば、後は躱すだけでいい。

 一歩、後ろへ摺り足で下がる。

 すれば、九鬼の体は破片に最も近くなる。


「お前、やっぱりその刀じゃ勝てないみたいだな」


 そう言いながら、破片をものともせず。

 例え、体に触れるとしても痛みがないほど微細な塵を気にするわけがない。

 振り上がった刀を上段から頭部をかち割るように振り下ろしてくる。

 単純だ。

 単純だから、強い。

 だから弱いのだ。

 明らかに頭部をぶっ壊すための威力と圧を半身で躱す。

 外した刀が床へ振り下ろされれば、そこにはおおよそ刀が突き刺さったとは思えない窪みが生成されたのだ。


「おぉ、それが刀の能力ね」


「感心してる場合か!? ぶった斬るから、呑気なことを言う前に負け惜しみを考えておきな!」


「……」


 怒涛の連撃だ。

 振り下ろす。

 振り上げる。

 袈裟斬りすれば、燕を返す。

 撫で切れば、遠心力を活かして足を回す。

 肉弾戦。

 そう言いきっていいほど豪快な戦いだ。

 それを躱すのも至難ではあるし、刀があればもっと楽ができたのかもしれない。

 だが、所詮は連撃でしかない。

 自分が攻めていると勘違いした攻撃でしかない。

 舞い散る刀の破片さえ、視界におさめていない亡者を、猛獣を半身程度で動き続けるのは簡単だ。


「逃げてばっかりだな!? どうした!? その玩具で斬ってみろよ!?」


「いや、様子見はしておくべきかなと思ったけど。うん。なるほどね」


 形勢を立て直すために、九鬼は連撃の体勢を辞め飛び退く。

 その顔には、疑心暗鬼が見え隠れしていた。


「なにが言いたい?」


「いや、ね。大したものじゃないなと思っただけ」


「はん、その刀のことか? 残念だったな。発想は良かったと思うが、誰も思いつかなかったわけじゃない。思いついたが誰もなし得なかったから、今まで無かっただけだ。大人しく棄権するなりしてくれれば、四季望は九鬼の人間になる」


「まぁ、そこは後で聞こうかな。それより、九鬼の連撃て()()()()()()()()


「……なんだ?」


 九鬼の刀を間近に感じれば感じるほど、パワーで押し切るタイプなのは一目瞭然だ。

 そこにスピード――切り詰めるだけの足運びは恐ろしいほどではある。

 だが、それ以外に脅威となるべきところはない。

 刀で受け流す。

 刀で受け止める。

 そういった行為をとっていないから、データとしては不十分だけど、躱すだけでも十分。


「いや? うち(四季家)のインファイターよりも生温いて思ってさ。それで勝ち続けてきたのかなって思って」


「……」


「刀の特性としてもいいとは思う。だけど、ね。戦いて接近戦である以上心理戦ではあるわけで、頭脳戦でもあるわけでね。それが感じられないから」


 ぷるぷると、柄を握った手が震えている。

 憤っているのか。

 はたまた、言い返せなくて苦しいのか。

 そのどちらでもないのだろう。


「大して戦ってきたことがない奴のくせして、一丁前に説教か!? あぁ、いいさ! 見せてやるよ! 『鬼族』の戦い方てのをさ!」


 すると、九鬼は刀身を鞘におさめる。

 そして、柄に手を添える。

 そのまま、前屈みに、精神を集中させ、一切の情報を遮断する。

 目を閉じ。

 呼吸も浅く。

 ――居合の構えだ。

 だが、居合と違う点を挙げるならそれはカウンターのものではない。

 攻めてきた相手を切り返すためのものではない。

 そのままの姿勢から、一歩踏み込むための構えなのだ。

 それだけだと限りなく接近している時にしかできないと思うだろう。

 そう思わせる戦略でもあり、そこから攻撃してくるなんて想像させないためでもあり、例え、数メートル、十数メートル離れていても問題ないものだと誰も思わないだろう。


「『九鬼流 道蛭(みちびる)』」


 すれば、九鬼は一歩踏み込む。

 一歩。

 たった、一歩。

 それだけで十数メートル離れていた俺の目の前まで接近してくる。

 瞬間移動なんてものではない。

 隙間を縫ってきたわけではない。

 次元を飛び越えたような、異質な接近である。

 そして、踏み込めば後は居合による一刀だ。

 一振。

 認識してから抜き身の刀で防ぐことは難しいほどの速度で、刀を振り切る九鬼。

 旋風が巻き起こったように、空間が断ち切れ、刹那で繋がり、衝撃波が前方へ飛んでいく。

 しかし、それで斬れていたのは、空間だけである。


「危ない危ない。その技を事前に知っていなかったら危うく真っ二つだった」


「はっ、お前ならどうせ躱すと思った。俺の後ろにいるなんて驚きもしないっ」


 九鬼はそう言いながら刀を後方へと振り回す。

 ただ、斬るためのものではなく牽制のものだ。

 俺を飛び退かせるためのもの。

 だから、しっかりと後ろに飛びましたよ。


「しかし、『九鬼流』ね。君、よくその構えで名前をつけようと思ったもんだ」


「あ? 昔からあるんだ。そこに文句をつけるつもりか? みみっちいな」


「みみっちいか、いやね。それの起源を話してあげてもいいんだけど、面倒だし止めておいてあげるよ」


「……とうとう負け惜しみだけじゃなく、流派に虚言を吐き始めたか」


「虚言……うん。まぁ、歴史が残っていないのなら虚言と称されても仕方ないね」


 そもそもの起源を話そうにも、状況が良くない以上、言ったところで無意味だ。

 歴史なんてものを講釈垂れたところで、物好きしか聞かない。

 誰の心にも残らないような環境の中で、真実を言ったところで狼少年の遠吠えにしかならない。

 それが例え、人間の群れの中に人狼がいたとしても。

 聞く者、耳を貸す者がいなければ意味が無いのだ。


「で、お前は見事避けたわけだが、次は躱すつもりか? それとも、受け止めるつもりか? その玩具の刀で」


 挑発するように九鬼が問い掛けてくる。

 彼の戦略は分かりやすい。

 挑発もそうだし、感情的に見えて実際は冷静に対処しようともしているのだ。

 これは心理戦に見せかけた不意の一撃を食らわせるため。その問い掛けなのだ。

 ここで乗ってやるのもやぶさかでない。

 だが、残念だけど。

 そんなのは無理というか。難しいね。

 悠長すぎる。


「別にこのまま避け続けたら俺の勝ちだから、それでもいいんだけど、せっかくだし刀の真価でも発揮したいと思ってね。受け止めるかな」


「勝つ……? はっ、劣勢だろうが。誰がどう見たって、お前の圧倒的不利でしかない。その脆い刀でどうやって戦うて言うんだ? 俺に傷をつけるんだ?」


「御託を並べても君は聞く耳を持たないだろ? いいから来いよ」


「……」


 相変わらず、熱しやすい。

 心理戦なんて向いていないよ。

 少なくとも、視野が狭まるような感情じゃ、どう頑張っても無理だ。


「『九鬼流 道蛭』」


 今度はノータイムだ。

 怒らせたからだろうか。

 先程と同じように刀をおさめ、突撃してくる九鬼。

 踏み込み。

 遅れて振り抜かれた刀に合わせるように、春刀で受け止める。

 残った刀身があっけなく粉砕されるものの、勢いを殺すことは簡単で。

 散らばった塵の中、半身で躱す。

 結局躱すしかなかったわけだけど。

 これで、残った刀身も全て粉々になった。


「はっ! 残念だったな! これで失格か。お前のシールドは無くなったも同然だ! 諦めて妹を渡すんだな!」


 そのまま振り抜いた刀を戻し、上段から叩きつけるように持ち直す。

 無駄な動作ではあるけど、相手が防ぐ手段もないとすれば仕方のない行動ではある。

 防げず。

 躱せない。

 となれば、最大威力を叩き込める上段からの振り下ろしになるわけだ。


「残念だけど。俺のシールドが無くなるより先に君のが無くなるよ」


 振り下ろされる刀が頬を僅かに掠める。

 コイツ。

 最後まで狙っていた。

 無傷で済ませたかったのに、流石九鬼というか。

 凄まじい勢いと圧力をもってしても、最後まで躱す方向を見定めていたのだ。


「はっ。無くなる……? お前の刀の方が無くなっているじゃないか」


 叩き下ろされた刀を再び振り上げる九鬼。

 追撃を止めないのは、攻め時だと感じているからだろう。

 いいのかな。

 本当にそんな攻めっけ満載で。


「このまま躱すのもいいが、それだと逃亡扱いで失格だぞ! ほらほらほらぁ!」


 縦横無尽に斬りかかってくる。

 そのどれもが致命傷になりえるような、鋭いものではあるが、狙いが決まっているのなら避け方なぞいくらでもある。

 少なくとも、先程のようなヘマはしない。


「敵前逃亡しているように思うのなら、一度自分のシールドでも見たらいいんじゃないかな?」


「…………あ?」


 確かな違和感を得た九鬼は即座に後方へ転身する。

 激情に見えて冷静。

 冷静に見えて烈火。

 その頭脳は、およそ心理戦に向いていなくとも、状況理解に至っては平均的でもある。

 彼は部屋の中央で浮いているディスプレイを見て、息を呑む。

 唖然ともせず。

 酸素を一気に脳内へ送り、理解力を得ようとする。


「…………お前、どんな小細工をしやがった?」


「なにも? むしろ、君が近づいてきてくれたから()()()だけ」


「……まさか!?」


 空中に映るディスプレイには、俺と九鬼それぞれのシールドが数字として表示されていた。

 だから、戦闘においての優劣なんて。

 劣勢、優勢なんて。

 そこを見れば明白なのだ。


 【四季透 シールド90/100】


 【九鬼道寛 シールド45/100】


 100が最大らしいから、俺と九鬼の損傷は二倍もの差があるのだ。

 つまりは。


「俺の策略にハマってくれてありがとよ。良かったら、我が家の名誉の礎になってくれよ」


 体の周りを再び煌めく桜色の粒。

 それが幻想的でもあり。

 不思議な光景でもあったが。

 九鬼にとっては、恐怖の映像に違いなかった。

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