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第18話「刮目せよ」


 【四季透様の同意を確認しました。これより模擬戦を始めます。両者所定の位置から離れず、刀を構えてください。

 なお、途中で不審な動きを検知次第中止となります】


「かっははっは。呆気なく乗りおって、後先考えないのは愚か者らしいな」


「……どっちが」


「まぁ、いい。九鬼家十二代目当主候補、九鬼道寛(どうかん)


 模擬戦といえど、戦闘時に名乗るのはルールでない。

 しかし、マナーというやつとして名乗ることは暗黙の了解となっているのだ。

 過去の剣士を尊ぶためにか。

 それとも、神聖視した結果か。

 どちらにせよ。


「四季家四十九代目当主候補、四季透」


 そう言いながら、鞘におさめた刀へ触れようとしたが、やっぱりやめた。

 別に妹がどうなってもいいとかそんなことじゃない。

 ただ、やるなら徹底的にするべきだと思っただけだ。


「おい、構えろよ」


「構えている」


「せめて刀を抜くとかしろ。その女々しい刀を見せびらかさなくていいのかよ」


「どうせ見ることなく終わる」


 それを挑発と捉えたのか、九鬼の顔は嫌悪感増し増しである。

 そんな心理戦に弱いままでいいのかよ。


「負け犬の遠吠えくらい、聞き流してやるのも強者の嗜みさ」


 それを負け惜しみというのじゃないか。

 煽り返す前に無機質なアナウンスが挟まる。


 【両者準備完了。アナウンスの合図と同時にシールドを付与します。それでは、始め】


 なんとも気が抜けた開始の合図ではあったが、始まったのは確かだ。

 直後に大きなブザー音が響いて、俺と九鬼の間、その空中に大きなディスプレイが映し出され、数字や所持している刀などがこれでもかと主張していた。

 だけではない。


「よそ見していると首が落ちるぞ!」


 合図に合わせて低身で突撃してきた九鬼が、目の前にいたのだ。

 既に刀を抜いている。

 後は下から振り上げるか、撫で切るかの二択。

 ここで上に振りかぶってしまうのはロスだ。

 最速、最短で、最大限の力で斬る。

 それが戦闘においての基本で、それが試合の基本形なのだ。

 だから、合わせてやるのも悪くない。


 ――パキンっ


 振り上げられた刀に合わせて、受け流すように抜いた刀が擦れ、ぶつかった瞬間の音。

 甲高い、鍔迫り合いよりも剣士が聞きたくない音であろうそれが響く。


 だから、九鬼は歓喜の声をあげた。


「は! へし折れた!」


 それが真価とも知らずに。



 ◆



「あちゃー、折れちゃった」


「お前、呑気なことを言っている場合か、兄貴の刀が折れたんだぞ」


「でも、折れたところで攻められなくなったわけじゃないですか」


「いや、模擬戦でも正式な試合でも刀が折れたら問答無用で失格だぞ」


 刀道においての共通認識かつ全世界共通ルール。

 それが【刀の継戦不可能な破損、及び折れは所持者の失格とみなす】というもの。


「じゃあ、失格てこと?」


「あぁ、そうなる……んだが」


 本来であれば精密なセンサーが刀の破損を検出して、失格判定を下す。

 アナウンスも同時に行われるはずが。


「失格じゃないみたいだね。良かった良かった」


 一向に失格判定も、アナウンスもない。

 そのことに周辺で見物していた者はざわめき始める。

 それは教師である東堂も同様であった。


「叶。あの刀なにか仕組んでいたりするのか」


「そんなことをするわけありませんよ」


 叶の代わりに、夢がまっすぐ透の後ろ姿を見つめながら答える。

 それは兄を庇うものでなく。

 一人の剣士を守るためのものでもなく。

 一人の鍛冶師を信頼した言葉である。


「兄様が刀に細工を施したからこの事象が起きたわけじゃありません。もっと言えば、システムを利用しただけにすぎません」


「システムって……ハッキング、なんてできる設備なんてないし、となると――正攻法てことになるが」


「はい。正攻法ですよ。今まで誰一人とできなかった物を成し遂げ、もっとも試合に相応しい一刀を仕上げた鍛冶師の、正しい攻め方になります」



 ◆



 折れた刀が宙を高らかに舞い上がる。

 それを確認した九鬼は即座に距離を取って、刀をおさめようとして異変に気づく。


「……なんで失格にならない?」


 刀道では刀が折れれば失格となる。

 しかし、折れた破片――刃片が空中で光を反射していてもアナウンスが流れない。

 そう、流れるわけがないのだ。


「そりゃ、折れてないからな」


「は? いやだって――」


 上がれば、落ちる。

 打ち上がった刃片が、真っ白な床に落ちるとそれは木っ端微塵に砕け散った。

 すればまた衝撃で浮き上がる。

 煌めく、粉雪よりも小さなダイヤモンドダスト。

 それが刀の破片でなければ綺麗だと言っていただろう。

 誰かは言う。知らんが。


 しかし、それでも失格のアナウンスは流れない。

 代わりに、試合時間だけが刻まれていくだけ。

 それが九鬼を苛立たせるには充分だった。


「なんでだ!? 確かに木っ端微塵に――」


「お前は、成分分析の結果見たんじゃないのか」


「見たが……。お前、まさか……!」


 気づいたのか、再びおさめかけた刀を構え直す。

 やはり名家とあれば、自分がどういう状況なのか理解し、判断する力があるようだ。

 だが、気づくのが遅すぎたし、見つけるのが早すぎた。

 俺の刀の成分も、そのことがもたらす結果に。


「試合に勝つため、四季家が何もしてこなかったわけじゃない。真剣勝負ができなくなった我が家はどうにも弱くてな。このシールドという鎧を破れなくてな、いつも負けていたんだ」


 キラキラと舞い上がり、それは滞空する。

 俺の周りを。

 風が吹いているわけでもなく、自分の意思でそこに漂っているように。

 桜色の光が粉々の壁を作り出す。


「そりゃそうだ。シールドをもっとも効率よく削るためには神鋼の量を多くする必要があったからな。試合向けに作ると刀はより脆くなるし、中途半端になれば刀から抜いてしまえば折れてしまうような危険物になる。

 逆にすれば、今度はシールドを削れなくてジリ貧で負ける」


 シールドというゲームで言えばHP。

 これをお互いの刀で削り合い、それをゼロにした方が勝ち。

 それが刀道である。

 そして、シールドを最も効率よく削ることができるのは特殊な金属である神鋼(かみはがね)であり、その含有量が多ければ多いほどいい。

 同時に先程のデメリットが浮き出てくる。

 だが、それは中途半端に作った場合の話だ。

 それはへっぴり腰で作刀した場合の話だ。


「だから、()()()()()()。神鋼の含有量を限りなく百パーセントに近づけた刀をな」


「……お前、頭おかしいぞ」


 そりゃそうだろう。

 まともに戦えるかどうか分からないどころか、ちゃんとした刀になる可能性なんてないものに家の復興を賭けているのだから。

 なにより、こうやって刀の形状を保っていること自体おかしな話ではある。

 おかしいと言われておかしくない。

 でも、勝負事というのは決まってある人間が勝利する。


「知ってるか? 頭のおかしい奴がいつも勝つんだぞ」


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