第17話「強制的な模擬戦」
「……くそ。段取りが台無しだ」
口汚く、悪態をつきながら東堂は先ほどいた試験会場からの扉を開く。
そこから外に出れば、さっきまで試験会場にいた生徒達が挙動不審に辺りを見渡していた。
だから、ここでやるとすれば臨機応変に説明するだろう。
それが教師というものだ。
「あー、よく聞け。模擬戦を行う予定だったんだが、九鬼家が直々に相手をしたいそうだから、休憩時間にする。模擬戦を見たい奴は会場前のディスプレイ前に、それ以外の人間は十分後にここへ戻ってくるように。トイレでも自販機で飲み物を買ってくるのはありだ。戻ってこない場合は問答無用で失格だ、忘れないように」
すれば、生徒のほとんどはディスプレイ前にかじりつき始めた。
透明な防弾ガラスよりも強靭なガラスの向こうには、対峙する二人。その上にはいくつもの監視カメラから映し出された映像。
「全く……強引な奴らしかいないのか『鬼族』とやらは」
東堂は生徒がよく見えるように真後ろまで移動する。
こういうイレギュラーを起こすのは、決まって問題児か優等生でしかない。
一般的な――中途半端な生徒やらは決して起こさない。だからこそ、だろうか。
いつの間にか噂が広まり初めて、人垣ができ始めた。
「暇な奴らだ……」
「おや、おやおや。東堂先生でありませんか」
すると、東堂の近くに活発な女子とお淑やかな女子、人混みに驚きながらそれでも二人の女子にくっついてくる女子がやって来た。
それを見れば、東堂の顔も疲れが浮き上がってくる。
「なんだ、お前達か」
「なんだとは失礼ですな。あたし達は人混みがあるから気になって来た野次馬の一部ですよ」
「嘘つけ、こうなることが分かってたからここら辺で張り込んでたんだろ」
「へへ、バレちゃってたか」
四季叶。
四季夢。
四季望。
その三名は、ディスプレイの前やガラスの前なんて特等席ではなく、あえて東堂の隣に来たのはいくつかの理由がある。
「お前達四季家との付き合いはそれなりだからな。嫌でも分かる。で、お前達はどっちが勝つと思う」
「「「兄以外ありえない」」」
「そこまで満場一致なのは恐ろしいほどの兄妹愛だな」
呆れるように溜め息を吐き出した東堂ではあったが、彼女もどちらが勝つかなんて未来予知はできないし、確信をもって言い切ることだってできない。
だが、だが。
(四季家が、今まで大人しかった癖にここで出てきた理由。おおよそ、戦えるだけの準備が整ったんだろう)
そう察するくらいには、四季家との付き合いがある東堂は改めてディスプレイへ視線を戻す。
どちらかが勝つか。
どちらかが負けるか。
そんなのは分かるわけは無い。
ただ。
「模擬戦と言っても試合だ。お前が戦ったデータは残るし、映像だって残る。無様な姿は晒せないぞ」
そうボソッと呟くと、試合開始のブザーが鳴り響いた。
◆
【これより模擬戦を行います。各自それぞれ所定の位置に移動してください】
そう無機質なアナウンスの後に、いかにもそこへ移動しろと言いたげな床に一人分の光のサークルができている。
真っ白な床でも分かりやすい赤と青色。
その赤色、左側へ九鬼はずんずんと進んで行ったので俺は空いている青色の方へ歩く。
その光の中に入れば目の前にディスプレイがいくつも出てきた。
【最終確認事項です。氏名、学籍番号、所属学科、帯刀している刀の名前が合っているか確認してください。
そして、最後のディスプレイに表示された同意欄にチェックされた時、模擬戦への同意とみなされます。
なお、対戦相手が拒絶した場合は無効試合となりますのでご了承ください】
なるほどね。
最終確認ていう名前の意思確認てことね。
読み進めていけば間違いはない。
どこかに生体認証でもあって、本人のデータが出てくるんだろうが、帯刀した刀の名前もしっかり記載されているのだから、高性能なんだろう。
さっき成分分析をして問題ないと判断されるとすぐにデータ上に残るんだから。
「おい、早くしろ。どんくさいな」
「あーごめんごめん」
なんで急かされなきゃいけないのか分からないけど。
問答無用で模擬戦相手に指名された挙句、先生の注意を無視した行動の同伴者にされた俺にだってそれ相応の処罰が下ることを考えたら、ここで同意する理由なんてない。
別にここでやってもいいのかもしれない。
しかし、本当にそれでいいのか。
たかだが、模擬戦じゃないか。
正式な試合ではない。
むしろ、この戦闘データが残ってしまうことは大きな不利を生じる可能性だってある。
これから正式な試合を行っていくとすれば、そういった事前情報を与えることなく進んでいきたい。
情報というアドバンテージを他者に与えること自体避けた方がいい。いや、絶対に避けた方がいい。
そう思っていたからディスプレイを押すのに、時間が掛かっていた。掛けていたのを、九鬼は気に入らなかったようで。
「おい! 四季家の癖に九鬼を待たせるなんてどういう了見だこらぁ!」
「恫喝なんてやめろよ。みっともない」
「あぁ!? みっともないだ!? お前達四季家がいつまでも刀道の世界に居続けることの方がみっともないと思わないのか!」
ヒートアップさせてしまったらしい。
どうにも、九鬼の人間は短気で困る。
いや、話したのなんてこれが初めてだけど、そういう噂は流れてくるもので。
「短気は損気だぞ。声を荒げただけで人を従えることができる家柄はいいよな。子犬の鳴き声でも散歩してくれるんだからな」
「ってめ」
煽りすぎたのかもしれない。
だが、ここでディスプレイの承認ボタンを押さないという選択肢を取っていること。
それがなぜか。
理解できるくらいには、九鬼は頭に血が上ることに慣れている。
それを考慮していなかった。
「お前、この期に及んで情報をできる限り出さないようにするつもりだろ」
「さぁ、なんのことやら」
【四季透様。模擬試合に同意して頂ける場合は、情報の確認が済み次第、同意欄にチェックをしてください。
同意されない場合は、五分そのままお待ちして頂けると自動で模擬戦モードは終了します。
なお、その場合は戦闘データへ反映されることはありません】
機械的なアナウンス。
それのお陰か、俺の目の前のディスプレイへはご丁寧に五分間のタイマーがスタートした。
「いいのか? お前がこの模擬試合、同意しなければ一番困ることがあるんだぞ」
「俺にとっては妹達が無事ならそれでいい」
そう言ってしまうと、九鬼はいやらしい笑いを潜めている。
潜め、静めて。
そして、思い通りになったことの高笑い。
「お前はそんなんだから落ちぶれるんだよな! 俺が何の見返りもなく模擬戦なんか行うわけがないってことをよ!」
嫌な予感がする。
だからだろうか。
なんとなく。
ディスプレイへ指が伸びていた。
「この模擬戦。お前が負けるか、棄権した時、四季望は九鬼家が引き取ることになっていることをよ!」