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第16話「抜刀試験」


 刀道において、刀はそれこそ試合道具ではありながら、人を傷つけ、更には殺しうる可能性のあるものとして多くの制約が設けられている。

 今回の抜刀試験が正しくそれで。

 刀を作刀する際、特別な金属を混ぜ込むのだが、その配合量が少なければ少ないほど、殺傷能力が上昇する。

 いわゆる、切れ味が良くなる。

 純度が増せば増すほど、純度が下がれば下がるほど、人を切りつける時の傷が致命か擦り傷と差は激しくなる。

 そして、試合で使う刀のほとんどはこの純度を限りなく下げるのだ。

 そうしなければ、試合に不向きな刀――人殺しの刀となる。


「これから、抜刀試験を開始します。対象者の生徒は札を持ってコチラに来てください」


 試験場――といっても、場所は模擬訓練場という大きな建物の中で行われる。

 その一角を毎回毎回、ほぼ毎日のように抜刀試験を行っているので、模擬戦をしている無関係な生徒でも「今日はそういう日か」と納得する。

 今まで鍛冶場に篭って、文字通り引き篭って、刀としか向き合ってこなかった俺にはあまり関係ないことではあったのだが、これも――奇しくも自分がその立場に至ってしまうのは仕方ないことだろう。

 大声のする方へ向かって歩く何名かの生徒。それに紛れながら、なるべく一番後ろにならないように位置取る。

 最後は嫌だね。


「では、まず成分分析を行います。既に何回も説明を聞いた人もいるかもしれませんが、規則ですので何度も説明します。初めての人はよく聞いてください」


 と、試験官の女性――東堂(とうどう)天霧(あまぎり)先生は空間に描写された青色のディスプレイを確認しながら、いかにも鬼教官と呼ぶべきほどの怒声で説明する。それだけ大事だということ以外にも、そうして説明しなければいけない武器でもあるのだ。


「こんな話……別に何度も聞かなくていいだろ」

九鬼(くき)様の仰る通りでございます。へへっ。真面目に聞くのが馬鹿らしくなりますね」


 そんな中、怒声にかき消されるほど小さな声が隣から聞こえてくる。いかにも小物っぽいやり取りではあったのだが、名前を聞けば流石に小物だとは言えないような人物ではあった。流石にジロジロ眺めてしまうと次は俺がネチネチの対象になってしまうから、鬼教官の言うことに耳を傾けた方が懸命だろう。


「君達の持っている刀。それら全ては人を殺す道具でもある! 今でこそ技術が発展し試合中の軽傷を除けば、怪我は一つとして起きていないとしても! それで喉を突けば相手は死ぬ! 試合中でなければなおさらだ! 例え、試合、模擬戦と鍛冶場以外での持ち出し禁止となっていても、まだまだ糞ガキな君達が間違いを起こさない保証は無い! 大人でさえ、一時の感情に抗えず殺めたりもするのだ。感情の制御がまだまだな君達にとって、それらは玩具では無い。武器であるかどうかの確認をこれから行う。無論、成分が規定値よりも高い場合、問答無用でその刀は没収させてもらう」


 実際、子どもになんてものを持たせるんだと大人達は憤った。しかし、それを沈めたのはたった一人の子どもであった。そんな紆余曲折があったらしいのだが、詳しい話はよく分からないし、刀道が現在のスポーツという枠組みに収まっているのなら、これほどいいことはないのだろう。

 なにより、刀なんて男心をくすぐるいい玩具だ。

 そんな認識を正し、武器であること。そして試合でしか使わないことを叩き込むための場所が、この抜刀試験でもある。

 そんなことを聞いて、真面目に真剣な顔をする奴は恐らく刀道というスポーツには向いてはいるのだろう。かくいう、妹の夢も愚直なほどしきたりを守るような奴だ。だから、相手を斬り伏せてしまえば勝ちな戦いではなく、相手のシールドを削れば勝ちの刀道の試合には向いている。

 俺は結局、向いてはいないのだろうが。

 そもそもの、根本的な理由のせいで。


「成分なんて提出時に確認しているだろ。無駄な時間ばかり食わされる」

「へへっ。確かに、九鬼様の素晴らしい刀の情報は事前に提出しているのですから、ここで集めてやる必要なんてないですね、へへっ」

「それに、俺がここにいる理由なんてないだろ。九鬼家の人間が打った刀だぞ。そこにいる四季家の人間なら、まだしも」

「へへっ。四季家がいることにも驚きましたが、九鬼様の相手になんてなりませんよ」


「こら、そこ! 試験中の私語は禁止だぞ! 続けるようなら試験失格とみなしてもいいんだぞ」


 東堂先生の一言により、九鬼様と呼ばれている男と付き添いの小物は押し黙る。それでも俺を見てきている視線は嫌にいやらしく、意地の悪さを絡めていることは続けるようだ。

 はー……。嫌だね。お家絡みもそうだけど、叱られたことも俺のせいにしている瞳自体もなんと傲慢だろうか。離れた場所に陣取っていても、それくらい分かりやすい視線を受けて、早くも帰りたい欲求が湧き上がってくる。


「ちょうどいい、そこ。九鬼君と言ったか。見本として、そのご自慢の刀を持ってきてもらえないか」


「はっ、お安いごようで」


 鼻で笑うほど自信に満ち溢れているのか。それとも、慢心が鼻から零れ落ちたのか。どちらにせよ、九鬼と呼ばれた男は東堂先生の元へ歩いていく。

 口調や性格が滲み出た言葉の節々に関わらず、制服はピシッと規定のものに袖を通していて、遊びなんて一切していなかった。いかにも優等生。見た目からして、秀才だと思ってもいいくらい、漂う雰囲気は神聖なものではある。そのくせに、態度だけが乱暴なのだからギャップという意味では、暴君に無理やり衣服を着せているようなものだろう。

 その九鬼が手に携えていた真っ黒な鞘におさまった刀を、これまた丁寧に東堂先生へ渡す。それもかなり丁寧に。さも刀を献上する配下のごとく。


「私がこのディスプレイに刀を映せば、例え鞘越しでも刀の成分が分かるようになっている。ちなみに、その情報は各々が手にしている札、それを規定の装置に置けばいつでも閲覧することができる。所持している刀の本数や戦績なんかも反映されているので、暇さえあれば見てみるといい」


「で、先生。九鬼家の刀はいかほどで?」


 ニヤニヤと。その端正な顔立ちが残念なほど意地の悪さで歪んでいるのを東堂先生は、これまた無表情で受け流すように言い放つ。


「問題ない。以上だ」


「……ふん」


 九鬼は鼻をこれまた気に入らないと鳴らせば、そそくさと元いた場所まで歩いていく。

 自慢したかったのだろうが、成分結果が大きなディスプレイに映されるわけでもないし、皆に見せられるようなものではない。だからこそ、自慢したかったものが自慢できずにいじけたのだ。なんと子どもらしい精神だろうかと、一言で言い切ってしまうのはあまりに簡単すぎる。

 実際、名家の中には隙あらば自分語りと言わずとも、隙あらば自慢話をする者は少なくない。己の地位や権威をひけ散らかしたい者が一定数いるのは仕方ないことではある。特に、『九鬼』となれば、恐ろしいほどにその欲求とやらは強欲となりえる。


「ではこのように成分分析を行っていく! 各自、鞘から刀身を出すことなく持ってくるように」


 その号令を聞いては、東堂先生の目の前には一本の真っ直ぐな列ができる。それから離れるように九鬼と付き添いの男はニヤニヤと、その行列を見て悦に浸っているようだ。なんとも、なんとも。お安い奴らだろうか。

 かくいう、俺自身もここまで来て試験を受けないのはなんのために行ったの、と妹達から非難轟々の言葉を浴びせられると察しては、並ばないわけにはいかない。

 あんまり後ろだと目立ちそうだから、真ん中くらいになるように並べば、すぐさま列は捌かれ始めた。

 早いなぁ。

 いや、そうしなければほぼ毎日試験が行われるんだし、手際がいいというだけなんだろう。


「さ、次は――なんだ、四季か」


「なんだ、って結構な言葉じゃないですか」


「いや、珍しい奴が来たもんだと思ったからな。お前、最初の鍛冶師試験でしか刀を提出していないじゃないか」


「刀を作るのも時間が掛かるんですよ」


「それは一年間の言い訳にしては、大した鍛冶場精神だこと」


 そんな小言のために来たわけじゃないんだが、先生だけでない。周りの人も興味津々――とまでいかなくても、俺がいるというのは多少なりとも注目はされているようだ。

 噂だけが広まって、尾鰭背鰭がついた立派な人魚を一目見られるなら、いい機会だと思うかもしれない。

 実際は、ただの外国人向けに作られた人形だとは思うまいよ。


「で、これがお前の刀か」


「はい。早く分析して欲しいんですけど、後ろも並んでいますし」


「まぁ待て。すぐおわ――」


 そこで先生は言葉を詰まらせる。

 露骨に。

 嫌というほど。

 時間を止めては、雰囲気を険悪にする。

 いや、先生の表情からして問題があるとは真逆なのだろう。


「――お前、どうやってこの刀を打った?」


「普通に」


「材料は? どこで手に入れたやつだ」


「普通に学園支給のものですよ」


「…………」


 そこまで追及するなんて、と周りがざわめく。

 おかしいとは思っていた。

 刀自体、おかしいと勘づいていた。

 だが、それで試験を落ちることはないと思ってもいた。

 だから、気楽だった。

 だから、だろうか。


「いや、成分としては合格だ。合格なんだが……」


「なんですか、言いたいことがあるなら言ってください。先生らしくない」


「そもそも、この刀がこの形状で維持していること自体おかしいんだ。いや、合格なんだがな」


 そう何度も補足する。

 それでも気になるのだろう。

 先生という側面には、科学者や学者の意味が含まれているほどには好奇心の旺盛な人が多い。

 特に刀ともなれば、ロストテクノロジーの一種だ。

 それが、不可思議な状態ともあれば心惹かれない方がおかしい。

 だが、それでも先生の立場ゆえに合格印をディスプレイに押すことは忘れないようだ。


「この試験が終わったら、その刀を詳しく見せてくれないか」


 この一言が、原因だったなんて誰も分からないだろう。

 だが、先生の一言がきっかけで周りのヒソヒソ声にどよめきが生まれる。


「あの東堂先生が居残りだって!?」

「嘘だろ、試験が終わったらすぐに職員室に帰る人が!」

「四季家の刀だったよな!? どんな刀なんだよ」


 一瞬にして注目を浴びる。

 気持ちがいいというより、鬱陶しい出来事の予感の方が強い。

 今までの印象が手のひら返しされる感覚というのは、気分的に良くない。

 なにせ、これで印象が変わったわけではないし。

 むしろ、落ちる可能性の方が高いからだ。

 刀が刀だし。

 だから、注目や集中だって無い方が良かったのに。

 気に食わない連中とやらは、いつだって声がでかい。


「おい! 四季家」


 九鬼家。

 外野でニヤニヤしていて、磐石の地位に居座っていた存在がいつの間にか俺の目の前まで来ていたのだ。

 音もなく。

 存在が一瞬で消え、現れた意識の隙間を縫ってきたように。


「お前がなんでここにいるのかよく分からなかったし、到底考えられなかったことだと思っていたが、これで確信した」


「……あ、おい九鬼! 勝手にタブレットを取りおって!」


「いいだろ先生。この後どうせ閲覧可能になるんだし、今見たところで問題はない」


「私の所有物を取っていることの方が問題だろうが!」


 それはそうだ。

 でも、この一瞬の詰め寄りに先生のタブレットを奪い取って、更には成分分析の結果を見ることができる手腕とやらは天晴れと言うべきだろうか。

 流石、九鬼と言うべきか。

 もっと、穏便なやり方があるとは思うんだけどな。


「この刀で俺と手合わせしないか」


「……は?」


「九鬼! 試験の最中だぞ! 勝手なことをするなら失格に――」


「先生。この後は実際に模擬試合をする流れでしたよね」


「まぁ、そうだが……」


「じゃあ、コイツの模擬試合の相手は俺でも問題ないでしょ」


「馬鹿言うな! 初めての奴もいるんだ。模擬データを使っての鍛錬の説明とか、こっちにも段取りがあるんだぞ」


 あー、そういえばそんなのもあったけ。

 模擬データと呼ばれる全校生徒の蓄積されたデータを平均化したホログラムとの戦闘。

 それが模擬試合、もしくは模擬戦と呼ばれるものだ。

 相手がいなくても鍛錬ができる。

 データ自体は存在するから特定の相手との試合だって可能。

 そんな素晴らしい技術があったし、そのやり方の説明だってしなければいけない。


「じゃあ、勝手に先生が説明しておいてくれ。俺は俺でやることがある」


「あ、お前勝手に――!」


 【模擬戦が設定されました。該当者は所定の位置にて構えて下さい。該当者以外の人はただちに会場の外に出てください】


 突如先生の言葉を遮る無機質な音声。

 それが流れた瞬間、先生や周りにいた人は一瞬にして消え去った。

 いるのは俺と九鬼。

 たった二人だけ。

 真っ白な打ち付けの部屋に、俺と九鬼だけ。

 嫌な構図だ。


 

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